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第四十八節 『遅滞』

 城壁並みの高さにまで隆起した足場からは、意外にも簡単に降りることができた。

 エリズルーイの魔法で足場の先端すれすれにまで達していた水が、敵の魔法によって凍り付いていたからだ。


「……故郷の冬を思い出します」


 生家の近所にある池が、冬の寒さで凍結する光景をヴィラは回想した。


「子どもの頃は、獣の骨を底に固定した革靴で氷滑りの遊びを楽しんだものです」


 思い出を語り、彼女は場違いにもノスタルジックな気持ちになる。


「私は街育ちだったのでそのような経験はありませんわね。そんなことより、この状況では歩兵部隊に凍死者が出かねませんわ。すぐに本陣に戻り後方へ移動したうえで、次の指示を待ちますわよ」

「作戦は失敗ということですね。残念です。一気に戦を終わらせられたはずが、まさかあのような邪魔が入るとは」

「そう悲嘆するものでもありませんわ。少なくとも、時間稼ぎの役には立ちましたもの」

「時間稼ぎ?」


 上官の言葉に、ヴィラは(いぶか)し気な表情になる。

 歩兵による攻撃が、魔導兵器を準備するまでの時間稼ぎという情報は、士気に関わることゆえ一部の高官以外には知らせされていない。


「とっとと帰りますわよ。ここに居ては歩兵より先に私たちが凍え死にますわ」


 そう言ってエリズルーイは、手綱を引き高台の上から馬を降ろす。

 鳥馬は地面の冷たさと硬い質感に戸惑い、足踏みを繰り返した。


「戻る前に、ひとつお(たず)ねしたいことがあります。先程あなたは魔法を重複発動してみせた。あれはなんですか? 短縮詠唱でさえ歴史を塗り替える程の発明です。とはいえ、それだけならあなたが天才だからという理由で納得できなくもありません。しかし、先程のあれは度が過ぎている。ただ天才だから思い付けたなどという理由では、到底納得できるものではありません。隊長はカルティア人ということですが、よもやカルティアではあれが常識としてまかり通るほど魔法理論が進歩しているのですか?」

「……言っている意味が解りませんわね。私は特に物珍しい魔法など使っておりませんわよ」


 とぼけるエリズルーイに、ヴィラはおもわず声を荒げる。


「私の目の前で確かに使ってみせたではありませんか! あたなは魔法陣を多重展開して魔法を――」

「私が使ったのは、ただ威力が大きいだけの一級魔法に過ぎませんわ。二級魔法の重複行使など、あなたは見ていない。そうでしょう?」

「なにを、言って……あ、あれ?」


 上官からの指摘に、ヴィラは戸惑いの表情を浮かべる。

 つい先刻までの記憶を辿れば、たしかにエリズルーイが魔法を使っていた光景を記憶している。

 そう、()()()()()()()()陸に津波を起こし、ティファニアの塹壕(ざんごう)を攻めようとしたが、敵の魔法により凍らせられたため失敗したのだ。


「えっと? へ、変ですね、べつにおかしなことなど……も、申し訳ございません隊長、私はいったいなにをムキになっていたのか……」

「かまいませんわ。だってあなた、()()()()()()()()()()()()()()、もうお忘れでしょう?」

「はあ。えっと、なんのお話ですか?」


 エリズルーイは一瞬含み笑いを漏らすと、素早く馬の背に飛び乗った。


「べつになんでもありませんわ。それよりも、早く本陣へ戻りますわよ」


 駆け出したエリズルーイを追うため、ヴィラは慌てて自分の馬の背によじ登る。

 馬を走らせる直前、彼女はもう一度背後を振り返った。

 城壁のようにどこまでも伸びる氷の壁を見れば、敵の魔法の威力もさることながら、エリズルーイの魔法によって発生した馬鹿げた水量にも驚かされる。

 しかし、と思う。

 一級とはいえ、単発の魔法でこれほどのありさまになるだろうか。

 だが、ヴィラは、今度は疑念の答えを求めようなどとは思わず、ただ己の前を走る上官の背を無心で追うのだった。




「よくやってくれたね。実を言うと、あれだけの規模の水系統魔法を使われるとは予想していなかったんだ。おかげで肝を潰したが、さすがは〝氷冷の祝福者〟だね。キミの働きを知れば、ティアも鼻が高いだろう」


 本陣に戻ったクロゼンダを天幕内で迎えたサルヴァは、冷却魔法で敵の起こした津波を凍らせた部下を手放しで褒め称えた。


「……水は冷気を伝達する。たまたま相性が良かっただけだ。それより――」


 普段はあらゆる物事に無関心な態度を取る部下の、めずらしくもの問いたげな視線にサルヴァは微笑を浮かべたままに首を傾げる。


「……隊長は、奴らの攻撃を読んでいたのか?」

「ああ、いやあれは、私ではなくミツキが予測していたんだ」


 クロゼンダは、以前、自分の主君の庭園で醜態(しゅうたい)を晒した異世界人を思い出す。

 件の男はあの出来事の後、ティファニア軍の中核としてブリュゴーリュ軍を打ち破り、占領した隣国の総督代行にまで昇り詰めたのだという。

 にわかには信じられなかったが、自分の主君である姫と上司である目の前の男が、妙に執着していたことを鑑みれば、あり得ない話でもないと思う。


「元々塹壕はミツキの発案だからね。弱点も把握済みというわけさ。ちなみに敵の魔法攻撃は、水系統以外に瘴気系も想定されていた。その場合、敵が使ってくるとしたら〝腐毒霧散(ロトル・ヴェナス)〟もしくは〝緑酸溶布(シジャ・イム)〟あたりか。どちらも禁呪の類だが、まあ戦争ならなりふり構わず使われる可能性も十分にあっただろう」

「……そっちで攻められたら、どうするつもりだったんだ?」

「キミ以外に風の使い手も待機させていた。彼女も、ミツキと同じ異世界人さ」


 相変わらず抜け目のない男だと、クロゼンダは思考する。

 ブリュゴーリュとの戦の後、ティファニア王都に戻ると国王セルヴィスを傀儡にし、そのシンパを密かに粛清して来た狡猾さは、戦場でもいかんなく発揮されているようだった。

 異世界人の知識と力も加われば、未知の装備と得体の知れぬ魔法で攻め寄せるディエビア連邦軍にも、案外楽に勝てるのではと思わされる。

 そんな部下の気持ちを知ってか知らずか、サルヴァはさも楽し気な声音で卓の上に広げた地図を見ながら呟く。


「なんにせよ、あの氷壁のおかげで東側の敵の進路を広く塞ぐことができた。〝祝福持ち〟の魔法による氷なら簡単には融けないしね。仮に魔法で溶かせたとしても、あれだけの氷に押し潰された大地に溶けた水が染み込めば、ぬかるみになって行軍には不向きだ。足を取られている間に弓で狙い撃ちさ。となれば、敵は北か南、あるいはその両方に分かれて攻めて来るだろうけど、初戦の敗退に大幅な進軍ルートの変更となれば、作戦を立て直すのにも時間が掛かるのは間違いない。この状況は願ったりだね」 




「願ったりですよ、この状況は」


 エリズルーイの魔法による塹壕陣地帯への攻撃が失敗したとの報告を受けたアキヒトは、まるで感情を乱す様子もなく呟いた。


「時間稼ぎにはなりますからな。ま、攻撃を成功させ一気に叩けるのが理想ではありましたがね」


 参謀のディマの言葉にアキヒトは同意する。


「次の攻撃までの間に、魔導兵器の準備を進めつつ、歩兵部隊の立て直しも図れます。おそらく、ティファニア軍は時間が自分たちの味方をしてくれると考えているのでしょうが、(じき)にそれはまったく逆だったと思い知るでしょう」


 参謀本部の面々は、アキヒトを見つめながら鷹揚(おうよう)に頷いた。


「では、少しの間、戦闘は休止となりますかな」

「いえ、あくまで攻めの姿勢は見せておきたいところです。そこで、歩兵本隊の立てなおしを図る間に、余力のある部隊で攻め落としておきたい施設があります」


 そう言って、アキヒトは卓に広げられた地図の一点を指差した。

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