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第四十三節 『銃士』

 ミツキは塹壕(ざんごう)以外にも、対銃兵用設備の設置を提案していた。

 トーチカだ。

 本来は拠点防衛のために機関銃などを設置し敵を迎撃するための施設だが、当然ティファニアは重火器など保有していない。

 ただし、もともとこの世界には魔法という、威力に関しては近現代兵器にも引けを取らない遠距離攻撃の手段がある。

 詠唱がネックであるため、ライフルを敵に回して正面から撃ち合おうとすればまるで役に立たないが、裏を返せば、弱点さえ克服すれば非常に強力な戦力となる。

 詠唱時間を稼ぐだけであれば塹壕でも十分だが、多くの戦闘用遠距離魔法は本来、平地での運用を前提としているため、敵に向かって直線的に放たれるものが多い。

 そのため、塹壕内で迎撃に使える魔法となると、かなり種類が限られてしまうのだ。

 しかし、トーチカであれば、分厚い壁で銃撃を(さえぎ)りながら詠唱を完了させたうえ、本来銃眼(じゅうがん)の役目を果たす前方の開口部から、直接敵を狙い撃つことが可能なのだ。

 元々魔導士の少ないティファニア軍にとっては、貴重な戦力を安全に運用するためにも、有用な防衛設備になると考えられた。

 そして、実際にいくつかのトーチカは、最初に進軍してきた敵の先鋒に対し、魔法での迎撃を成功させていた。



 フィオーレの東側、塹壕陣地帯外縁部に設置されたそのトーチカ内でも、二級魔法を用いてディエビア連邦軍を退けた魔導士たちが自分たちの戦果を誇らしげに語っていた。


「平野を散開して迫る敵に対しては、やはり炎の広範囲魔法に限るな。水系統魔法は拡散して大地に吸われちまうし、地系統は地形が変わることが多く作戦に影響を及ぼしかねん。風系統は視認するのが難しいのは利点だが、余程魔力を集中させなければ大して威力を発揮できない。敵を個別に狙い撃つならともかく、広がった敵を一掃するのには不向きだ」

「はいはい、わかったわかった。つまりおまえの得意な炎熱系魔法が最強って言いたいんだろ? まあ否定はしねえよ。さっきの〝放炎拡熱焦(バビロ・スロイン)〟も見事だったしな」

「実戦で使うのは初めてだったがうまくいってよかったぜ。これも総督代行殿がゆっくり詠唱できる設備を考案してくださったおかげだ」


 彼らは浮かれていた。

 現在ブリュゴーリュを治めているティファニア軍は、元は民兵中心の軍がベースとなって組織されているだけに、魔導士の数が極端に少ない。

 しかも、ブリュゴーリュとの戦では、魔導士はあくまで援護や補助に運用されたため、現在の軍内での立場は決して強いとは言い難かった。

 特に、ブリュゴーリュとの戦の後に、新たに軍に加入した魔導士は、軍内での立場の低さに不満を抱いている。

 一般的に、魔導士は軍の中でも花形であるので、不遇な扱いを受ける意味が理解できないのだ。

 だからこそ、ようやく実戦で出番が回って来たことで、彼らは張り切っていた。

 今回の戦で大きな手柄を立てれば、軍内での魔導士の地位を向上させることができるはずだと彼らは考える。


「しかし、奴らがライフルとやらに頼る気持ちも少しはわかるってもんだ」


 トーチカを任されたふたりの魔導士の内のひとり、先程広範囲に向けた炎熱魔法でディエビア連邦の兵を焼き払った男が、魔法を放つための銃眼に近付きながら言った。


「どういうことだ?」


 相方であるもうひとりの魔導士に問われ、彼はほくそ笑む。


「敵からの攻撃を受けない安全な場所から一方的に攻撃できるんだ。圧倒的な優越感だよな。ま、だからこそ立場の逆転した連中の慌てぶりときたら見ものだったぜ。オレの魔法を喰らって為す術もなく燃されてく敵兵を眺める気持ち良さときたら、正直癖になる」

「そいつぁいいな。次に奴らが攻めてきたらオレにもやらせてくれよ」

「バカ言え。総督閣下にこの場の責任者を拝命したのはオレだろうが。体内魔素(スタミナ)の少ないおまえさんはあくまで補欠だろ。オレがガス欠んなるまで後ろで見学してな。もっとも、スタミナに関しちゃ魔導士部隊で十指に数えられるオレが干上(ひあ)がるなんざそうそうないだろうがな」


 後ろで相方が舌打ちするのを聞き、男は緩んだ顔で銃眼を覗き込む。


「さっさと次の攻撃始まらねえかな。今度はまた別の魔法で――」


 彼がそのセリフを言い終わらぬうちに、野菜か果物を踏み潰したような音が狭いトーチカ内に反響した。

 背後で聞いていた男がビクリと身を震わせ、銃眼を覗き込みながらしゃべっていた相棒を窺えば、その身がぐらりと傾いで斜め前方に倒れ込む。


「なっ! お、おい、どうした!?」


 咄嗟(とっさ)に駆け寄った男は、抱き起した相方の顔を見て息を呑む。

 額の左側を中心に頭部が(えぐ)られていたからだ。

 頭を支えた右手にこぼれた脳髄の温もりを感じ、反射的に手を引っ込めつつ、男は悲鳴交じりの声をあげた。


「うわあ! な、なんだ!? いったいどこから――」


 次の瞬間、首に衝撃を感じ、男は倒れそうになるのを床に手を付いてどうにか耐える。

 しかし、気管と動脈を断たれたため、一瞬で意識が遠退(とおの)いた。

 それでも、どこから攻撃を受けたのか、敵の正体を見極めようと、辛うじて体を右に向けた。

 死を目前にして妙に()えわたった意識の中、彼は銃眼の向こうに視線を向けながら思考する。

 まさか、人の頭部程のこの穴を通して相方と己を射撃したのか。

 だが、仲間の魔法で焦土(しょうど)と化した大地に敵兵の姿は確認できない。

 その時、地平線の辺り、砂粒ほどに見える程距離を取っている敵陣のあたりが一瞬光ったように彼には見えた。

 そしてその正体について考える(いとま)さえなく、仲間と同じように額を吹き飛ばされ、彼は後方へ倒れ込み頭の中身をぶちまけた。



「…………仕留めた」


 まるで(ほうき)の柄のように銃身の長いライフルを下ろし、ディエビア連邦新政府軍の銃士にして被召喚者でもあるフレデリカが中腰の体勢のまま小さく息をついた。


「お見事です」

「ああ?」


 遊撃任務に就いている自分に応援を要請してきた友軍の中隊長からの賛辞(さんじ)に、フレデリカは野獣のような視線を向ける。


「ナメてんのかテメエ?」

「はっ!? い、いえ、とんでもございません!」


 元は地方の民兵の指揮官で、今回の戦から志願兵として新政府軍に参加したその男は、革命軍時代からの幹部だという女から剣呑(けんのん)な目を向けられ動揺(どうよう)する。

 なにか失言でもしたのだろうか。

 ひょっとしたら、先程の称賛(しょうさん)を嫌味と勘違いされたのかもしれない。

 だとしたら完全な誤解だ。

 男は弁明しようと口を開きかけるが、一瞬早くフレデリカが舌打ちし、低めた声で話しだした。


「あのなぁ、こっからあのトーチカまでせいぜい八百ヤードってとこだ。対象が動いてりゃ当てるのは至難(しなん)だろうが、敵はあの十インチ四方程度の銃眼から顔を覗かせると決まってんだ。オレはそこを狙ってじっとしてりゃいいだけだろが。外す方が難しいんだよ。わかったかボケが」

「は、はあ」


 男にはフレデリカの言葉の意味がほとんどわからない。

 それよりも、女とは思えぬ粗暴(そぼう)な口調ばかりが気になった。


「んじゃ、オレはもう行く。後はせいぜいうまくやれや」

「えっ!? お、お待ちください! 中の魔導士を排除しても、代わりの魔導士がやって来れば再び魔法攻撃を受けます! ここに留まり援護してはいただけないのですか!?」

「なんでオレがそこまで面倒見てやらにゃならねえんだ、ああ? ライフルならテメエらも持ってんだろうが。オレの持ってる狙撃用程の性能はなくても、ちょっと近付きゃ穴にブチ込むぐれえ別に難しくもねえだろ」

「無理です! 少なくとも私には、この距離からだと狙いをつける以前にあなたの言う穴を視認することもできません! 部下たちも同じです!」


 フレデリカは面倒そうに顔を(しか)めると、ひらひらと手を振りながら背を向ける。


「わかったわかった、オレんとこのスナイパーを寄こしてやる。それでいんだろ?」

「は、あ、りがとうございます」

「ああ、それとテメエ――」


 立ち止まって振り返ったフレデリカは、なにか言い掛けてから(うつむ)き加減に首を振った。


「いや、なんでもねえ。じゃあな」


 不審気に首を傾げる男を残し、フレデリカは一度後方へ下がるべく歩き出す。

 トーチカへの対処は自分が鍛えた狙撃手の精鋭を各所に派遣すれば問題ないと彼女は思う。

 しかし、塹壕がある以上、当面自分の出番はなさそうだ。

 それまでは、後方で楽をさせてもらおう。

 そんなことを考えながら、無意識に懐を漁っている己に気付く。

 前の世界で(たしな)んでいたのか、()煙草(たばこ)が欲しくてたまらない。

 先程の男にも、おもわず持っているかと(たず)ねかけた。

 だが、生憎(あいにく)こちらの世界には、大麻のようなものはあっても、純粋に煙草と言えるものは存在しない。


「戦争が終ったら、アキヒトに作らせるか。あいつぁいろいろ知ってるしな」


 そんなことを呟きながら、口寂(くちさび)しさを紛らわすため、雑嚢(ざつのう)から干し肉を取り出し口に含んだ。

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