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第四十二節 『塹壕』

 フィオーレに駐留するティファニア軍と東より散開して侵攻するディエビア連邦新政府軍が戦闘を開始したのは、ミツキがサクヤから通信を受け北部国境地帯の要塞を発った翌日だった。


 フィオーレとフェノムニラ山脈の間には広大な平野が広がっており、遮蔽物となるものはほとんど存在しない。

 ライフルの弾道を(さえぎ)るものがない以上、ディエビア連邦側が有利なのは明白だった。

 しかも、アキヒトらは魔導士対策として、〝魔視〟の魔法を付与された観測手を複数同行させていた。

 敵が魔法で迎え撃とうとしても、〝魔視〟によって先に察知できれば、詠唱中に狙撃することが可能だ。

 ライフルに唯一対抗できる魔法への対策が万全である以上、ティファニア軍は一方的に蹂躙されることになる。

 ディエビア連邦新政府軍の指揮官らはそう考えていた。

 だから、目の前の光景が、彼らには信じられなかった。



「どういうことなんだ、この状況は!」


 怒りに顔を赤らめそう叫んだのは、ディエビア連邦新政府軍で前線指揮を任されたディアン・ファイエクという男だった。

 栗色の髪を短く刈り上げた四十がらみの巨漢で、厳つい顔の額には先の革命戦争で負った大きな傷痕が消えずに残っている。

 服装は、他の兵士たちと同じくカモフラージュ柄のツナギにタクティカルベストのようなものを着ており、腰回りには円筒形の手榴弾を装備している。

 革命軍の古参としてアキヒトからの信頼も厚いこの男は、先の革命戦争ではライフルを装備した兵士を率いダイアスの騎士団にも勝利していた。

 だからこそ、彼にとってこの状況は受け入れ難かった。

 あんな簡単な対策で、自軍の兵たちが手も足も出なくなるなどあり得るのか。


「なんなんだ、あれは? あ、穴? いや、溝、なのか?」


 遠眼鏡で敵陣を窺っても、ティファニア兵の姿は視認できない。

 そのかわりに、大地に穿(うが)たれた溝の中から放たれた矢が、先陣を切る部下たちの頭上に雨あられと降り注いでいた。

 矢に射抜かれ次々と倒されていく部下を目の当たりにし、ディアンは嚇怒(かくど)する。


「くそっ!! ただ溝に隠れただけでライフルの射撃を一切受け付けんだとっ!? そんなバカげた話があるか! しかもだ! 敵の武器はただの弓矢ときた! 国内最精鋭の魔導戦士を(よう)するダイアスの騎士団をも圧倒した我らが、なぜあんな原始的な戦法と武装の相手にいいようにされているんだ!!」

「落ち着いてくださいディアン様。何か妙です」


 隣で自分を(いさ)める副官に、ディアンはますます声を荒げる。


「妙!? 妙だと!? そんなことは見ればわかる! この戦のために開発された最新鋭のライフルで装備した我らが一方的に攻撃されているのだからな!」

「それは、敵がライフルに対抗するための戦術を編み出しているからです。それはなぜですか?」


 部下に問われ、再び怒鳴り返そうとしたディアンは、寸前で口を(つぐ)むと、(うつむ)いて(わず)かな間思考してから(つぶや)く。


「ティファニア側にライフルの情報が漏れていた? いや、たしかブリュゴーリュの被召喚者を追跡していた部隊の装備が鹵獲(ろかく)されたのだったか。それを元に我らへの対抗策を立てたということか?」

「かもしれませんが、それにしても解せないのは、こちらの侵攻への備えができすぎているということです。あの溝、ここから遠眼鏡で見ただけでも、かなり遠方まで網の目のように掘られているのがわかります。つまり、こちらの作戦は敵に読まれていたということではないでしょうか」


 ディアンの顔色が変わる。


「情報が漏れていたというのか!?」

「わかりません。あるいは、北方の国境地帯に送った騎士団が(おとり)だと気付いた者がいたのかもしれません」

「むうぅ」


 唸り声をあげる上官に、副官は続けて意見を述べる。


「それと、敵の放つ矢もおそらくは特別製です。バーンクライブから提供された我々の野戦服は、本来なら矢など通さないはずです。それがまるで防げておりません。しかも、射程が長すぎる。ライフルの射程ぎりぎりの距離なのに、矢が届いて来るなど考えられません。弓と矢のいずれか、あるいは両方かもしれませんが、何らかの魔法を付与された特別製と推測されます。実戦に投入するだけの数を(そろ)えるにはかなりの時間を要したはずです。いったいいつから準備をしていたのか……」


 副官の進言により事態の深刻さに気付いたディアンは、苦虫を噛み潰したような表情で言う。


「敵が一筋縄ではいかんということはわかった。一旦兵を下げるしかあるまい。各部隊長に通信で伝えろ」

「はっ」


 部下が各部隊への伝達を行っている間、ディアンはフィオーレの方角に鋭い視線を向けながら呟いた。


「これまでの敵とは違うというわけか」



 一方、地面に深々と掘られた溝の縁から、恐る恐る顔を出したティファニア軍の前線指揮官、ティスマス・イーキンスは、敵の後退を見届けると大きく息をつきながら土壁にもたれかかり、ずるずるとへたり込んだ。


「本当に追い返しちゃったよ。さすがはミツキのダンナの案だな」

塹壕(ざんごう)、だったっけ? 最初はこんなので、あの魔導兵装に対抗できるのかって思ったけど、信じられないほどハマったね」


 先程まで、等間隔に配置した部下の弓兵隊とともに矢を射掛けていたエウル・クーレットが、弓の状態を確認しながらティスマスの呟きに応じた。

 声の調子は普段とまったく変わらないが、ジュランバーで民兵軍に参加して以来の付き合いであるティスマスには、戦闘開始前よりも大分緊張がほぐれているのがわかった。

 無理もない、と彼は思う。

 敵はもちろん自軍の戦術さえ、まったく未知のものなのだ。

 しかも、エウルが任された弓兵隊は作戦の要だ。

 その責任を思えば、プレッシャーは相当なものだとわかる。


「しかしまあ、考えてみれば単純な対策だよな。弾は一直線に飛んでくるんだから、地面に穴掘って隠れれば、そりゃ当たらないわけだ」


 そう笑顔で言って、ティスマスは寄り掛かった土の壁を頼もし気に手で叩いた。



 北の国境へ出立する前、敵の陽動作戦を疑ったミツキがサルヴァたちに提案したのが、フィオーレの周囲に塹壕を掘るという対策だった。

 ミツキの意図を正確に理解したサルヴァは、工兵ばかりでなくすべての軍人、さらには街の住人たちまで導入し、交代制で工事を行った。

 その結果、十二日間という短期間で、フィオーレを網の目のように取り囲む迷路じみた塹壕陣地帯を築くことに成功していた。

 これにより、ライフルを装備した歩兵によって遠距離から一方的に攻撃できるというディエビア連邦側のアドバンテージはほぼ失われた。

 ただし、ティファニア軍としては、塹壕だけでは攻撃の決め手に欠けると言わざるを得なかった。

 塹壕の縁まで接近を許せば、頭上から射撃を浴びせられることにもなる。

 ティファニア軍に必要なのは、接近する敵歩兵を遠距離から仕留められる武器だった。

 そこで、急遽作戦に使われることとなったのが、先のブリュゴーリュとの戦の後、半ば壊滅したビゼロワや各地の軍事拠点から接収した、ブリュゴーリュ軽騎兵の使っていた矢だった。

 矢羽根に魔法を付与された特殊な矢は、驚異的な飛距離を飛ぶうえに、ミツキらの前にブリュゴーリュによって殲滅(せんめつ)されたティファニア正規軍騎士の鎧を撃ち抜くほどの威力を発揮した。

 それになにより、射角を付けて放つことのできる弓矢であれば、塹壕内から撃ち掛けることも可能だった。

 直線の弾道ゆえ地下に隠れる敵を撃てないライフルに対し、ティファニア軍の放った強力な矢は、放物線を描いて敵の先鋒の頭上から降り注ぎ、大打撃を与えたのだった。


「この調子で敵が撤退するまでぬる~く防衛できれば言うことないよな」


 ティスマスはそう軽口を叩いたが、そんな簡単な戦ではないということはエウルもティスマス自身もなんとなく悟っていた。

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