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第四十一節 『すれ違い』

 天幕を出たヒカリの目に最初に映ったのは、小城程はあろうかという大きさの円筒形の機械だった。

 彼女は今回の作戦を可能にした大型魔導機械の残骸をじっと見つめる。



 ブリュゴーリュへの侵攻については、かの国がティファニアと戦を繰り広げている最中からディエビア連邦で計画が進められていた。

 当初は南方の海路を迂回する案と、フェノムニラ山脈を越える案、その両方を試していたのだが、どちらも不可能だという結論を下さざるを得なかった。


 海中と海上の空を支配する魔物たちは、いかなる魔法や兵器をもってしても退けることができなかったし、大陸でもっとも高いといわれる山脈に送った調査隊も、誰ひとりとして戻らなかった。

 そこでアキヒトが立案したのが、地下を掘り進めてフェノムニラ山脈を越えるという計画だった。

 そのために必要だったトンネル掘削機は、アキヒトからおおまかな構造を伝えられたマリが設計し、バーンクライブにて建造されることになったが、そのあまりの大きさゆえ移送が困難と判断され、作られたパーツをディエビア連邦にて組み上げる方法で完成させることができた。

 シールドマシンはそのあまりの大きさゆえに稼働させることも困難だったが、ダイアス王の遺産の中から発見された王耀晶(ヴェリスティザイト)によって動力の問題は解決された。


 先々代のダイアス王が当時は友好関係にあったティファニアより送られたというその王耀晶は、指輪の装飾に使われていた。

 パチンコ玉程度の大きさしかないその透明な石が、巨大な建設機械を稼働させ、数百キロメートルに達すると思われるトンネルを掘り抜いたことで、ヒカリはティファニアだけが精製できるという魔素の結晶体とやらの価値を実感した。

 魔導機器で他国を圧倒しようと目論(もくろ)むバーンクライブからすれば、喉から手が出る程に欲しいはずだ。


 とは言え、そのままフィオーレまで掘り進めることはさすがにかなわなかった。

 王耀晶を消耗し尽くしたという以上に、掘削機がもたなかったためだ。

 硬い岩盤を掘削するために、エリズルーイによって〝軟化〟の付与魔法が施された掘削面は、辛うじて山脈の地下を掘り抜いたものの、もはやボロボロで使い物にならない。

 マリによると内部もガタガタで、動かすことすらできないのだという。

 こうして、ディエビア連邦新政府軍本陣のど真ん中に、役目を終えスクラップと化した建設機器が、まるで巨大な魔獣の屍のように横たわっているのだった。

 その背後に(そび)えるフェノムニラ山脈の威容を目にする度、山越えができなかったのも当然だとヒカリは痛感させられた。

 天を衝く程の標高は、その(ふもと)に布陣した新政府軍の戦の準備に大きく影響を及ぼしている。

 日照時間が極端に短いため、日中でなければできない魔導兵器の整備作業が大幅に遅延しているのだ。

 だからといって、日没後に照明など使えば、ティファニア軍に本陣の位置を悟られてしまう。

 しかし、敵の領内に大軍を率いて侵入した以上、ティファニア軍から発見されるのは時間の問題であり、もたついているわけにはいかない。

 そこで、軍の上層部は歩兵のみでの進軍を決定した。

 ライフルと通信機を備えた歩兵部隊だけでも、フィオーレを制圧できる可能性は高い。

 まんがいち接戦になろうと、歩兵が時間を稼ぐ間に、切り札となる魔導兵器の準備を進めることができる。

 先程マリが言った「フィオーレへの攻撃が始まる」というのは、この歩兵部隊によるものだ。

 対魔法戦闘でライフルが絶大な威力を発揮するのは、先の革命戦争で証明されている。

 戦局は一方的なものになるだろう。


 自軍の兵士が敵を一方的に撃ち殺していく様子を想像し、ヒカリは青褪(あおざ)めた表情で陣内を進んだ。



 アキヒトの居所はすぐに見つけることができた。

 彼は宛がわれた天幕の中で椅子に座り、歩兵部隊からの連絡をひとり待ち続けていた。


「……アキくん。ちょっと話したいんだけど、いいかな?」


 アキヒトは、天幕内にヒカリが入って来ていたことに気付かなかったようで、一瞬驚きに大きく目を見開くと、すぐに目を逸らしつつ曖昧(あいまい)に頷いた。


「今ならまだ間に合うよ。攻撃を中止して」


 ヒカリに言われ、アキヒトは視線を外したまま呟く。


「間に合うわけない。たぶんティファニアももう勘付いてる。なんで今になってそんなこと言うんだよ」

「それは、アキくんが私を避け続けてきたからでしょ!? 私がこの作戦に反対してから、露骨に遠ざけられてたし、ディマさんやディアンさんも意図的に私を関わらせないようにしてた!」

「ボクがそう指示したんだ。ヒカリを関わらせたくなかったから。本当はこっちにも来てほしくなかった。どうして着いて来たんだ?」

「私以外にアキくんを説得できる人なんていないからだよ! それに、ずっと一緒にいるって言った!」


 アキヒトは額に手を当てて嘆息すると、ようやくヒカリと目を合わせる。


「今まで散々戦ってきたのに、どうして今回に限ってそんなに頑なに反対するんだ? アルハーンと約束した以上、ボクらはティファニアを降伏させブリュゴーリュを占領しなければならないんだ。彼の性格はよく知っているだろ? 約束を違えるようなことがあれば、バーンクライブを敵に回すことになる」

「前の戦争は、私たちが生きていくためには絶対に必要なことだった。ダイアス王や他の国の王族は異世界人を人として扱わなかったから。奴隷たちへの扱いも、見て見ぬふりなんてできなかった。戦争を正当化することなんてできないけど、それでもあの頃の私たちには、どうしても革命を成し遂げる必要があった。でも、これから戦争を仕掛ける国の人たちが私たちに何かした? 全然関係のない国の人たちを自分たちの都合で殺そうとしているんだよ私たちは」

「だったら……どうすれば良かったんだ」

「だから、講和を――」

「対等な条件の同盟なんかじゃダメなんだよ! キミだってわかってるだろ!?」


 アキヒトの剣幕に、ヒカリは体を硬直させる。

 常に穏やかさを失うことのなかった彼が、これ程感情をあらわにするのははじめてだった。


「ティファニアと戦をしたブシュロネアやブリュゴーリュがどうなったかを考えれば、隙を見せられるような相手じゃないんだ。だから北の大国と戦になる前に、奴らの力を削いでおかなければならない。でも、ボクだって戦争なんてしたいわけがない。だから、拘束していたダイアス騎士団を利用して、奴らが降伏するよう仕向けたよ。それも結局は突っぱねられたけどね」


 降伏勧告が聞き入れられなかったというのは、ヒカリも聞いていた。

 決裂後のアキヒトの行動は早かった。

 騎士団の拘束を解き北方から攻めさせたうえ、翌日には本隊から歩兵部隊を侵攻させている。

 騎士団とはその時点で連絡を絶っているため、北方の戦局は不明だが、ライフルを装備させた軍人たちは無自覚に陽動としての役目を果たしていることだろう。

 つまり、既に戦端は開かれている。


「わかっただろ? もう、手遅れなんだよ」


 苦し気に呟いたアキヒトに、それでもヒカリは問わずにいられなかった。


「……アキくんは、本当にそれでいいの? 敵も味方も、たくさん人が死ぬんだよ?」

「悲しいですが、我が国の未来のためには必要な犠牲ですよ」


 答えたのはアキヒトではなく背後からの声だった。

 ヒカリが振り返ると、天幕の入り口でディマ・ゲスパーがアルカイックスマイルを浮かべふたりを見つめていた。

 ヒカリは無意識に一歩後退る。

 元々ダイアスの宰相だったこの男は、革命軍を首都に引き入れた功績で今も要職に就いている。

 文官としては極めて優秀で、アキヒトの補佐としてよく働き、新政権に欠かせない人物となっている。

 しかし、ヒカリはこの男が苦手だった。

 糸のような目の隙間から僅かに覗く瞳は、蛇のような狡猾さを感じさせ、視線を向けられるだけで身が(すく)んだ。


「ディマさん、どうかしましたか?」

「歩兵がティファニア軍と会敵したようです」


 アキヒトの問いに答えたディマの言葉に、ヒカリは絶望的な心持になる。


「通信装置を切っておられたようでしたので直接お知らせにあがりました。まずかったですかな?」

「いえ、ありがとうございます。手間をかけさせてすみません。すぐに参謀本部へ向かいます」


 椅子から立ち上がったアキヒトは、ヒカリの横をすり抜けると、天幕の出口へと足早に進む。


「アキくん!」

「ライフルで圧倒すれば彼らもすぐに降伏するよ。それまでヒカリは自分の天幕で待っていてくれ」


 早口にそう伝えると、アキヒトは天幕を後にした。

 アキヒトの背に向けて伸ばされたヒカリの手はむなしく空を掻き、彼女は薄暗い天幕にひとり取り残された。

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