第三十九節 『発明家』
アキヒトとヒカリがマリ・ジュヴィラメリンとはじめて出会ったのは、ディエビア連邦南部に位置するガドルという国を反乱勢力とともに陥落させた後だった。
一国を相手取り、かつてない大規模な戦に勝利した革命軍だったが、当時の組織のトップや虎の子であった異世界人兵力の大半を失ったことで窮地に立たされることにもなった。
戦の後、異世界人たちのリーダー的な立場であったアキヒトが革命軍の長を継ぐこととなり、最初に着手したのが自分の世界の近現代兵器を作ることだった。
そのために、国中から技師や研究者を広く募ったのだが、その応募者の中にマリがいたのだ。
幼少期から非凡な知性を発揮した彼女は、主に付与魔法を使った発明により若くして名を馳せた。
しかし、彼女の発明品がいずれ国政をも脅かすと恐れた権力者は、強引な手段で国の魔道研究機関に雇い入れたうえ、僻地の研究所の閑職に追いやり飼い殺しにした。
自分の将来に絶望したマリは酒に溺れるようになったが、数年の後、革命軍によって政権が打倒されたことで解放されたのだった。
この時点で彼女は、田舎に帰ってゆっくりと余生を送るつもりだった。
しかし、アキヒトが募集に際して技術者に向け公開した銃やエンジンの機構を目にしたマリは衝撃を受け、一晩で火薬を用いずに使える銃の構想を図面付きで書き上げると、応募書類に添えアキヒトに宛てて送った。
運良く、それを直接読んだアキヒトは、その場で彼女をプロジェクトのリーダーに抜擢し、短期間で銃の開発に成功したのだった。
その後もマリはアキヒトとヒカリによって提供される現代文明のさまざまな道具を再現することに成功した。
なにしろあらゆる燃料と動力は魔素と魔力で代用できるのだから、あとは機構の設計さえできれば大抵のものは作りあげることができた。
中には複雑な魔法式を必要とするものもあったが、それはカルティアの魔法研究者であるエリズルーイ・フランの加入によって解決された。
やがてバーンクライブと密かに手を結んだ革命軍は、マリの手で作り出された武器の量産化に成功。
ダイアスを陥落せしめ、ディエビア連邦を革命に導いたのだった。
革命軍に参加した後、彼女の飲酒癖は収まりつつあった。
しかし、バーンクライブとの約定を果たすため旧ブリュゴーリュ領を奪取し、必要であればティファニアを武力によって制圧することが決まった直後から、再び酒に溺れるようになっていった。
いや、とヒカリは思い直す。
彼女が再び酒に依存するようになったのはさらに以前、自分やアキヒトにとっても衝撃的だったあの出来事がきっかけだったのではないか。
ダイアス陥落直後、国王であるバレルモ・ジ・アスモ・ディアスの死をもって政変は完了するはずだった。
だが、それだけでは済まなかった。
革命軍の兵で溢れる首都キューレットの中央広場、王の亡骸が片付けられたそこに連れて来られたのは、縄を打たれた王妃や側室、そして王の子ども達だった。
後にわかったことだが、王の家臣は保身のため進んで王族を差し出したらしかった。
女たちは衣服を剥ぎ取られ、ひとり残らず辱められていた。
王子や王女の中には、自分で歩くこともできない幼児もいた。
彼らは母親や侍女によって抱かれていた。
引き立てられてきた王族は、王が首を落とされた断首台の前に整列させられ、兵士等に銃を向けられた。
その成り行きを呆然と見守っていたアキヒトは、部下たちが銃を構えた瞬間我に返り、必死に叫んで制止しようとした。
これまでの戦いでも、戦闘終結後に捕虜への暴行や略奪に手を染めようとする兵はいたものの、アキヒトが綱紀粛正に努めてきたために、制止すれば素直に従った。
だが、悲願であったダイアス王の打倒によりタガが外れ、興奮のピークに達した兵たちには、もはやアキヒトの叫びは届かなかった。
獣のような雄叫びを上げる兵士たちの声にアキヒトの言葉は掻き消され、アキヒトとヒカリの目の前で女子どもは無惨に撃ち殺されていった。
それまで戦場に出ることのなかったマリも、勝利の報告を聞きその場に駆け付けていた。
自分の作った武器が、生き難い世界を変革するとだけ考えていた彼女は、それが無抵抗な人間の処刑に使われる場面を目の当たりにして衝撃を受けたのだろうとヒカリは考えている。
ヒカリとアキヒトにしても同様だった。
自分たちが正義だなどと信じていたわけではない。
ただ、一方的に召喚されたうえ虐げられてきたこの世界で、自分たちと同じように苦しめられていた人々と力を合わせ、状況を変えようと必死に戦ってきただけだ。
しかし、それまで信頼してきた仲間たちが正気を失ったかのように豹変し蛮行に及んだあの時から、自分たちの中でなにかが狂ってしまったとヒカリは感じている。
アキヒトは表面的には以前と変わらないように振る舞っている。
だが、ヒカリの目には何かを諦め、事務的に行動しているようにその姿が映った。
少なくとも、以前のアキヒトであれば、こうも簡単に隣国への出征を決めはしなかったと彼女は考えている。
ブリュゴーリュ領への派兵は、バーンクライブの王であるアルハーン・リ・ディア・バーンクライブスの要請に従い決定した。
前政権の打倒後は、異世界人不在のバーンクライブが北の三大国へ対抗するための軍備を整えるまでの間、ディエビア連邦新政権が代理の戦力となるというのは、事前に取り決めてあったことだ。
それだけの条件を呑まなければ、革命軍への全面的な支援は受けられなかった。
もし約定を反故にしようものなら、どんな報復を受けるか知れたものではない。
だから、今回の派兵は仕方のないものだとも言えた。
しかし、かつて圧政に苦しむ人々を開放し導いていた頃のアキヒトであれば、自分たちと無関係の隣国への侵略行為をどうにか避けようとしたはずだとヒカリは確信している。
だが、今回の侵攻の可否を決める会議で、強く反対したのはヒカリひとりだけだった。
大国との同盟関係を重視する幹部らは強硬に侵攻を勧めたし、兵たちの多くも新たな戦いに意欲的だった。
同盟国のため、自国のさらなる発展のためと言えば聞こえはいいが、ヒカリの目には彼らが現代兵器という圧倒的な武力を得て調子付いているようにしか見えない。
一度勝利の味を占めた武装勢力は、往々にして次の戦場を求めるものだ。
トモエとフレデリカも反対はしなかった。
封建時代の日本と開拓時代のアメリカから召喚されてきたふたりにとって、武力をもって国や土地を勝ち取るというのは当たり前のことだった。
エリズルーイが賛成した理由はヒカリにはよくわからない。
そもそも彼女に関しては、自分たちを召喚した理由からして不明だった。
上品な物腰と自分たちに好意的な態度もあり、ヒカリは彼女のことが嫌いではなかったが、どこか信用しきれないところも確かにあるのだった。
「間もなくフィオーレへの攻撃が始まるってさ」
そうマリに話し掛けられ、ヒカリは我に返る。
寝起きで少しぼうっとしていたらしい。
「戦争を止めたいなら、すぐにでもアキヒトくんを説得しなきゃ間に合わないよ? 開戦直前の今なら彼の取り巻き連中も散ってるだろうし、最後のチャンスなんじゃないかな」
そう言うマリ自身は、今回の侵攻に賛成も反対もしなかった。
ひょっとすると自分以上に戦争を厭うているかもしれないのに、止める素振りもない彼女のことがヒカリには理解できない。
「それがわかっているなら、マリさんもお酒ばかり飲んでいないで私と一緒に説得してください。今の私の言葉なんて誰も耳を貸さないってことぐらい知っているじゃないですか。でも、前の戦の勝利の立役者であるあなたの声なら皆耳を傾けるんじゃないですか?」
マリは小さく「ははっ」と笑う。
「なにが可笑しいんですか?」
「私みたいなのの話こそ誰も聞きやしないよ。ヒカリちゃんの言う通り、ただの飲んだくれだからね」
「だったらお酒を――」
「それに」
マリはヒカリの反論を言葉を被せることで遮った。
「そもそも私は今回の戦争に反対するつもりはないよ」
ヒカリは一瞬言葉を詰まらせてから尋ねる。
「ど、どうして……」
ビーカーを満たした液体をちびりと舐めてから、マリは答えた。
「それが、私の選んだ道だからね」