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第三十七節 『帰陣』

「……四日もか」


 ミツキは、ヴォリスをはじめ集結した要塞駐屯軍の幹部たちに愕然(がくぜん)とした表情を(さら)していた。


「はい。正直、このまま意識が戻らないのではないかとも覚悟しておりました」


 そう言ってヴォリスは、もはや何度目かもわからない安堵(あんど)溜息(ためいき)をついた。


 〝四日〟というのは、ダイアス王国騎士団を殲滅(せんめつ)した後、ミツキが意識を失っていた日数だ。

 先程起こされた際にサクヤが呆れていたが、事情がわかれば、それも当然だとミツキは思う。


「すまん心配をかけた。〝塵流(じんりゅう)〟を実戦で使うのは今回が初めてだったが、まさかこれ程消耗するとは予想外だった」


 フィオーレに進軍しているディエビア連邦軍の数は二万を超えるとサクヤは言っていた。

 ということは、先日の騎士団と同じペースで能力を使えば戦闘の途中で意識を失う可能性は高い。

 次の戦闘では、砂鉄を解放する超拡魔導(ちょうかくまどう)収納器(しゅうのうき)の数を減らすべきかとミツキは思案する。


「いや、こないだみたいに殲滅する必要がないなら、むしろ短期決戦狙いで増やすべきなのか? でも相手の武装次第ではもっと消耗が……」

「ミツキ殿?」

「あ、ああ、いやなんでもない。寝起きで少しボーっとしてただけだ」


 〝塵流〟の使用には不安が残るが、敵を見てもいない状況でどう使うかを判断したりなどできない。

 そんなことよりも、今は一刻も早くフィオーレに戻るべきだ。


「早馬の手配はしてくれたか?」

「もちろんです。ただ、今すぐ出発するのであれば、最初の宿場町までは馬車で移動していただきたい」

「なんでだよ? 時間がないんだぞ」

「ミツキ殿は四日間何も口にしておりません。病み上がりのうえに体力も失っている状態では、馬に乗るのも危険です。まずは食事をとり移動の間に少しでも体力を回復してもらわねば、無事フィオーレに到着したところで力を発揮できませんぞ」

「うっ……それも、そうか」


 言われた途端に空腹を意識し、ミツキの腹の虫が鳴く。


(かゆ)を用意させますので、まずは出立前にお召し上がりください」

「わかった。それとオメガ」

「あぁん?」


 ヴォリスたちの後ろで壁に寄り掛かっていたオメガが、話を振られて(うつむ)けていた顔を上げる。


「これから急いでフィオーレに戻るが、ミューはここに置いていけ」

「んだとぉ!?」


 オメガの両目が吊り上がり、放たれた熱気で周囲の温度が数℃上昇する。

 ヴォリスをはじめとした将官たちはその反応に震え上がるが、リアクションを予想していたミツキは冷静な表情を崩さない。


「冗談じゃねえぞミツキ! そりゃどういう了見(りょうけん)だ!?」

「どうもこうもあるか。フィオーレを攻めて来ているのはディエビア連邦の本隊だ。これから戦場となる場所にわざわざ連れ帰って危険に晒してどうする」

「だから、それについちゃこっちに来る前に話したはずだろうが!」

「国境に出現した敵が攻めて来るのは交渉が決裂した後だと予想できていた。つまり、先に要塞に入ってミューの安全を確保したうえで戦えたわけだ。しかし、オレ等がフィオーレに戻る頃には戦は始まっているはずだ。フィオーレに戻れても安全とは言い難いし、そもそも街に入れるとも限らない。でも、国境の敵は既に殲滅してこの要塞は安全だ。彼女の身を(おもんばか)るなら、連れて行くより置いてくべきだとわかるだろうが」


 本音を言えば早馬に乗せ運べないから連れて行きたくないのだが、今言ったことも嘘ではない。

 オメガは一瞬声を詰まらせるが、すぐにゴネだした。


「だったら、オレは戻らねえ! テメエひとりで帰れ! オレはミューとここに残るからな!」

「ダメだ。今回の敵に勝つにはおまえの力が必要となる可能性がかなり高い。だからおまえにはなにが何でも戻ってもらう」

「ざっけんな! オレにとっちゃフィオーレの連中よりもミューの身の安全の方が圧倒的に優先されるんだよ!」

「あのなあ!」


 ミツキは頭を掻きながらオメガを(にら)み付ける。


「おまえ自分の置かれた立場を忘れてんじゃないか!? オレ等には死の呪いが掛けられてんだろうが!」

「だからどうした! 戻んなきゃ殺すとでも言いてえのかよ!」

「そうじゃねえよバカ! フィオーレの防衛にはレミリスも参加するんだぞ! あの女が戦死したらその時点で呪いが発動してオレ等も道連れってことだよ!」


 オメガの顔色が変わる。

 ミツキは、会話の内容がわからず戸惑いの表情を浮かべる将官たちを掻き分けてオメガに近付くと、他の人間には聞こえぬよう耳元で(ささや)く。


「つまりとっとと戻らにゃオレもおまえもいつ死んでもおかしくないってことだ。んで、おまえが死んだらミューはどうなると思うよ。もしミューのためとか言って命令に従わずにこっちでおまえが死ねば、その原因となったミューはティファニア兵から恨まれ(なぶ)り殺しにされるだろうな。だがな、仮におまえが死んでも、ティファニアのために戦おうという姿勢を見せておけば、おまえが残したミューは丁重に扱われるだろうよ」

「て、てめえ!!」


 口の端から炎の吐息を漏らしながら己のシャツの胸元を()じりあげるオメガに対し、ミツキは両手を肩の上に挙げながら言い聞かせる。


「落ち着けよ。別に脅そうってんじゃない。事実を言っているだけだ。要はとっとと戻ってディエビア連邦の奴らを片付け、すぐにミューを迎えに戻れば円満解決するって話だ」

「ぐっ……!」


 忌々(いまいま)し気に表情を歪めるオメガの手を払うと、ミツキは突然(いさか)いを始めたふたりに狼狽(うろた)える将官らに振り向き問い掛ける。


「この中で犬を飼ってる奴はいるか?」


 将官たちは戸惑った表情で互いを見回したが、やがてひとりふたりと挙手し、すぐに全員が手を上げた。


「え? そうなの? なんで?」


 目を丸くするミツキに、ヴォリスが進み出て説明する。


「武家の人間にとって狩りは(たしな)みですので、高級武官であれば狩猟用の犬を飼っていない者の方が珍しいのです」

「ああ、そういう……じゃあ、使用人などに任せずに自分で世話のできる者以外は手を下ろしてくれ」


 今度はほとんどの者が手を下ろし、ヴォリスを含め三人だけが残った。


「よし。オレ等がフィオーレに戻った後、迎えに来るまでの間ミューはおまえらに預ける。部下や使用人の中に、より犬に慣れた者がいるなら、そいつらに世話を任せてもいい。ただ、しっかり監督はするように。傷ひとつ付けでもしたら、オメガがティファニアの敵に回ると思え。オメガもそれでいいな?」


 ミツキの問いには答えず、オメガは顔を背け大きく舌打ちする。

 否定しなかったのをミツキは承諾と受け取った。


「お、お待ちくださいミツキ殿! おふたりは急ぎ戻られるにしても、我々も後からフィオーレへ援軍に向かうべきではないのですか!?」

「いや、おまえらにはこのままこの要塞に残ってもらう。フィオーレのサルヴァ達にはライフルを装備した敵への対抗策を授けてきたが、おまえらは何の準備もしていないだろ。皆で自殺しに行くようなもんだ」

「軍人である以上、命を捨てる覚悟はできております。それよりも、友軍の危機を傍観(ぼうかん)するなど()()()()の名折れです」

「心意気は買うが、今回の戦に勝ったところで完全に危機が去るわけでもない。(いたずら)に兵を消耗するなんて()骨頂(こっちょう)だ。おまえらが戦いたかろうが援軍に向かうことは許さん」


 それに、とミツキは思う。

 オメガの手前口には出せないが、この国境地帯へ再び攻め込まれる可能性もゼロではないはずだ。

 だから、要塞の兵を動かすことなどできないのだ。


「……承知いたしました。それならば、せめておふたりが戻るにあたってのサポートに力を尽くさせていただきます。馬車と荷物の準備を速やかに終わらせますので、いま少しお待ちください」

「わかった。オメガ、その間にミューと別れを済ませておけよ」

「テメエに言われるまでもねえ!」


 オメガはミツキを見ようともせず部屋を出ていく。

 すっかり()ねてしまったが、戦場で力を合わせねばならない以上、フィオーレに着くまでにどうにか機嫌を(うかが)えないかと思案する。


「いや、心配するのはそこじゃないな」


 サクヤは無事に準備が済んだと言っていたが、それがどれだけの効力を発揮するかは敵次第だ。

 最悪、フィオーレに戻ったら、既にディエビア連邦軍によって占領されているというケースも決してあり得ないわけではないのだ。

 せめて敵の戦力が自分の想定の内に収まっているようにと、ミツキは祈るばかりだった。

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