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第三十六節 『声北撃南』

 地面に倒れ伏した将軍の亡骸(なきがら)を無表情で見下ろしながら、ミツキは小さく舌打ちしてから(つぶや)いた。


「恨み言でも言ってくれた方が良かったよ」

「なに死体に話し掛けてんだ?」


 背後を(うかが)うと、いつの間にかオメガがやって来ていた。


「ご苦労さん。〝炎叫(えんきょう)(すい)〟、見事だったぞ」

「たりめえだ。ありゃ対異世界人を想定して考えたんだぞ。負け犬如きにゃ過ぎた技なんだよ。しかし、テメエの方はなかなか楽しめたみてえじゃねえか。あれだけボコボコにされていた状況から立て直したうえ、組織立った反撃ができるたぁ予想外だったぜ」


 犬男を横目で窺いながら、こいつとは価値観が合わないとミツキは考える。

 今まで幾度となく死線を越えて来たが、命懸けの戦いを楽しめた経験などミツキにはなかった。


「こいつらはディエビア連邦という大国の中でも最強の騎士団だったんだぞ? 強くて当たり前だ。オレが圧倒できたのはライフルの事前情報を得ていて自分の能力ならほぼ無効化できるとわかっていたからだ。しかも、こいつらは革命軍との戦いで数を減らしていたうえ、国から追放されるまでの間に練度も志気も大きく下げていたはずだ。最盛期(さいせいき)の連中と最初から魔法戦をする羽目になっていたら、結果はわからなかっただろうよ」

「随分と評価するじゃねえか。やる前はクソ虫みてえに毛嫌いしていたのによ」

「事実を言っただけだ。こいつらが心底嫌いなのは変わっちゃいない。しかし、途中までは圧倒できると高を(くく)っていたが、終わってみればいつも通りぎりぎりの勝負だった」

「あ? ぎりぎりだ?」

「それとな、ヴォリスに伝言を頼む。要塞の兵たちを使って、ここいらに散乱している敵の装備を回収しろ。放っておいて野盗にでも拾われたら面倒なことになるからな」

「なに言ってんだ? んなこたぁテメエで直接――!?」


 オメガが不満そうに言う途中で、ミツキは膝から崩れ落ち、両手を地面に突く。


「おい! どうしたミツキ!」

「……心配ない。ビゼロワん時と同じだ、一度に力を使い過ぎた」


 といっても、肉塊の化け物との戦闘とは異なり、頭が割れるような傷みはない。

 しかし、視界が白く染まり、意識を保ち続けられそうにない。

 それなりに長い時間戦い続けていたとはいえ、超拡魔導(ちょうかくまどう)収納器(しゅうのうき)十本分の砂鉄でこれかとミツキは薄れる意識の片隅で思う。

 技としては実用レベルにまで磨き上げることができたものの、予想以上に消耗が激しい。

 先程の戦闘で力を使い果たしたということは、より強大な戦力を相手にした場合、途中で力尽きる可能性もあるだろう。

 無論、単独で軍を相手取るような機会がそうそうあるとも思えないが、尖兵を潰されたディエビア連邦新政府軍の今後の動向はまったく予想がつかない。

 そして、奴らが銃を使う以上は、再びミツキが矢面(やおもて)に立たねばならなくなる可能性はゼロではない。


 ミツキは技の仕上がりに対する不満と今後の戦局への不安に表情を歪めながら、辛うじて意識を繋ぎ止めつつオメガに向かって声を絞り出す。


「あと、フィオーレまでの宿場街に、早馬を配置させておくよう、伝えてくれ。少しでも、早く、帰れ、る、よう、に……」


 しかし、最後まで言い切ることなく、その口は動きを止めた。

 己を呼ぶオメガの声を遠くに聞きながら、ミツキの意識は闇へと沈んでいった。




『――……キ――……ミ…キ………………ツキ……』


 まるで壊れかけたラジオのように、途切れ途切れ聞こえてくる声を耳にして、ミツキの意識は微かに覚醒(かくせい)する。

 だが、思考は定まらず、自分が意識を失っていたということさえわかっていない。


『――……ツキ……きろ………ミ…キ……』


 声の主が女であることに気付く。

 少女のような可憐(かれん)で少し(はかな)げな声音だが、どういうわけか耳障りとも感じる。

 というか、どこかで聞いたことのある声だ。

 ミツキは声の主を思い出せないかとぼんやり思考する。

 そして、声を聞き取ろうと意識を向けたからか、途切れ途切れに聞き取っていただけの言葉の意味をミツキの耳ははっきりと捉える。


『起きろミツキ! フィオーレ東方よりディエビア連邦の軍が迫っている! オマエの予想通り国境の軍は(おとり)だ!』

「はっ、な、なんっ!!!?」


 ミツキは叫び声をあげながら、寝台の上に横たえていた身を跳ねさせると、勢いあまって床に落ち体をしたたか打ち付けた。

 しかし、痛みなど無視し、うつ伏せのままもがくようにして上体を起こしながら、喉に手を当て声を発した。


「サクヤか!?」

『ようやくお目覚めか? 仮とは言え己の統治してきた都が敵の侵略に(さら)されようとしている時に随分と吞気なものだな』

「ちょ、ちょっと待て! 状況がよく――」


 左手で喉を押さえつつ、右手を床に付いて身を起こす。

 床には複雑な模様を織り込んだ絨毯(じゅうたん)が敷かれており、見知らぬ部屋の調度品もそれなりに高級なもののように見える。


「石壁で窓のない部屋……どこだここ?」

『寝惚けているようだな。おまえは今、北方の国境付近に位置する要塞にいる。そこは客室だろう。こんな日中にもかかわらず爆睡していた理由は知らんがな』

「要塞?」


 ミツキは眠る前の記憶を思い出そうと頭を働かせる。

 数秒考え、ダイアスの騎士たちを殲滅(せんめつ)したことに思い至る。


「戦闘で消耗して意識を失ったんだ」

『それで今まで気絶していたのか? 呆れたものだな』


 ほとんどひとりで一軍を相手にしたというのに、もう少し労ってくれても良さそうなものだと、ミツキは不服を覚える。


「そういうおまえは今どこにいるんだよ。蟲で通信してきたってことは、そう遠くにはいないんだろ」

『私はフィオーレだ。おまえの居る要塞までの間に複数の眷族(けんぞく)を配置して通信を経由している。そんなことより、私がさっき言ったことは聞こえていたな?』

「ああ、嫌な予感ばかりよく当たる。東からってことは、やっぱりフェノムニラ山脈を越えて来たのか?」

『さあわからんな。しかし、眷族と視覚を共有し遠方から窺った限りでは、峻険(しゅんけん)な山を越えて来たようには見えなかった』

「数と装備は?」

『後方部隊を含めた総数は不明だが、進軍してきている連中に関していえば二万はかたいな。武器はほぼ全軍がライフルを装備しているがそれ以上の情報はわからん。偵察のために放った眷族を近づけ過ぎると結界の様なもので排除される。おそらく敵の魔導士の仕業だ』

「二万以上か」

『奴らは部隊を分け、東方より散開しながらフィオーレに迫っている。徒歩(かち)ゆえに進軍速度は遅いが明日にでも戦闘が始まるだろう。私もこの後すぐに本陣へ向かう』


 ティファニア軍の装備は弓、もしくは剣や槍だ。

 当然、ライフルに対抗するのは難しい。

 魔法であれば射程の差は埋められるが、詠唱中に撃たれるのがオチだ。

 先日壊滅させたダイアスの騎士団も、それだけのアドバンテージがあったからこそ得意の魔法を捨ててまでライフルでの攻撃を選んだのだ。

 正面からまともにぶつかれば、ティファニア軍は半日ともたないだろう。


「準備は整えてあるんだろうな?」

『問題ない。出立前おまえから指示されたことはすべて済ませてある』

「よく間に合ったな」

『工兵だけでなく使える人員はすべて投入し、交代制で夜間も通して工事に当たったからな。それでもギリギリだったがどうにか仕上げることができた』

「よしよし、それなら簡単に壊滅することはないだろう。とにかく、無理に攻めなくてもいいから遅滞戦闘に務めてくれ」

『打って出るなと?』

「おまえが虎の子を出してくれるなら話は別だが、どうせそんなつもりはないんだろ?」

『……なんの話をしているのかさっぱりわからんな』


 とぼけやがってとミツキは思う。

 対ブシュロネア戦と対ブリュゴーリュ戦を通してサクヤは自分の戦うところを友軍に(さら)していないが、いずれも単騎で敵軍を壊滅させるという結果を残している。

 特に、ブリュゴーリュ軍を相手にした作戦では、あの精強な騎兵部隊と異世界人をただひとりで殲滅せしめている。

 しかも、敵の異世界人が突出した実力者だったということは、ビゼロワで接収した資料やテトの証言からも明らかだ。

 そういった情報からミツキは、サクヤが自分たちも知らない切り札を隠していると確信するに至っている。

 そして、この女の性格から、余程追い詰められたりでもしなければ、その切り札を使うことはないということも理解している。


「まあそれについてはいい。とにかくオレとオメガが戻るまで最小限の犠牲で持ちこたえてくれ」

『おまえたちが戻ればどうにかなると? 随分な自信じゃないか』

「国境の軍は四千程度とは言え元はダイアスの最精鋭だったと判明した。そっちの連中は元は民兵だろ? 奴らよりも練度が高いとは思えない。そして、装備しているのが奴らと同じライフルだというなら、オレとオメガで横腹を突けば壊滅的な打撃を与えられるはずだ」

『散開していると言ったはずだが?』

「だったら、敵の頭を潰せばいいだろ。とにかく、相手の装備は今のティファニア軍の手に負えるもんじゃない。無駄に兵を死なせるなよ」

『そこまで言うならおまえに従おう。私の屍兵も先の戦で使い切ってしまったことだしな。で、戻るのにどの程度掛かる?』

「意識を失う前の指示通りにヴォリスが動いてくれているなら、早馬を乗り捨てながら戻れるはずだ。最短で六日から七日といったところだな」

『わかった。とにかく急いで戻れ。遅れれば遅れるだけ部下が死ぬということを忘れるなよ?』


 そう言ってサクヤの通信は途切れた。


「……嫌な言い方」


 尻を叩いたつもりなのだろうが、もう少し言葉を選べないものかとミツキは思う。


「まあ、でもムカつくが確かにその通りだ」


 ミツキは部屋のドアまで歩くと大声で人を呼んだ。

 すぐにでも準備を整え、フィオーレに向かわなければならない。

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