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第三十五節 『好日』

 頭上に(かか)げた刀を後背へ振り下ろし、(すく)い上げるように前方に向けて振るう。

 地面から()き上がるように発生した斬撃の波は、海面の下を獲物目掛けて泳ぐ(サメ)の背びれのように地面を滑り敵の方陣へ向かった。

 本来の威力をそのまま発揮できれば、この初撃で敵戦力に致命的なダメージを与えられるはずだった。

 しかし、耀晶刀(ヴェリスサージュ)から放たれた〝壱式(いちしき)波濤(はとう)〟は、敵の方陣に接触した瞬間、壁にでも激突したかのように四散した。


「……防御魔法か」


 ミツキは苦虫を嚙み潰したような口調で(つぶや)く。

 これが、魔法を行使する軍による魔法防御の真髄(しんずい)ということなのだと実感させられる。


 仮にも軍を束ねていたミツキは、魔導士()()の使う防御魔法の効能程度は把握(はあく)している。

 そして、優秀な魔導士の防御魔法であっても、一対一であれば己の〝塵流(じんりゅう)〟による攻撃を(しの)ぐことなどできないという確信がある。

 だが、前方に見える敵軍は、おそらく複数の兵が防御魔法を重ねたうえ、方陣によって効果を上乗せしているのだろうとミツキは推察する。

 よくよく考えれば、かつて、街道で遭遇したアタラティア兵は武官を除いて正規軍人ではなかったようだし、ブリュゴーリュの騎兵たちは正気を失っていた。

 精鋭と言えるような軍と真っ向から()り合うのは初めてではないか。


「今までの相手とは一味違うというわけか」


 とはいえ、先程の攻撃がまったく効いていないわけではない。

 方陣の最前に配置された兵の何人かは、防御魔法を突き破った砂鉄を浴び、鎧の下から血を(あふ)れさせながら(くずお)れた。

 初撃で戦闘不能にできたのは両手で数えられる程度の人数だが、倒せずとも傷を負った者は少なくないはずだし、頭数が減るほどに防御魔法の厚みも減っていくのは明白だ。

 このまま攻撃を続ければ、敵の防御を完全に崩せるのは確実だろう。


「つっても、次は奴らのターンか」


 方陣に無数の魔法陣が浮かび上がると、ミツキは盾に飛び乗り再び大地を走り始める。

 同時に放たれた敵の攻撃魔法は、弾幕となってミツキに迫る。

 避けようと目を凝らすも、放たれた魔法は視認できない。

 おそらく、風の魔法かなにかだろう。

 詠唱時間の短い三級の風魔法なら、炎の魔法などに比べ殺傷力で劣る。

 しかし、その分速度で優れるうえ、サクヤやリーズのように〝魔視〟でも使えなければ目で確認することができない。

 ミツキは咄嗟(とっさ)に、じぐざぐに動き回ってやり過ごそうとするが、左腕と右腿を魔法が掠めバランスを崩しかける。

 案の定、魔法は砂鉄の鎧を散らし、肉を(えぐ)っている。

 盾の上で体勢を整えながら、ミツキは自分に言い聞かせる。


 落ち着け。

 傷は深くない。

 砂鉄の防御が魔法に弱いといっても、まったく効果が無いわけではないのだ。

 もし直撃していれば、手足が千切れ飛んでいたはずだ。

 とはいえ、たて続けに食らえばいずれ耐え切れなくなるだろう。

 ならば、まず己がすべきなのは、避けられるような状況を作ることだ。


「〝弐式改(にしきかい)煙霧(えんむ)〟」


 (まと)っていた砂鉄の多くを前方へ飛ばし、広域に拡散(かくさん)させる。

 自分の周囲を見えなくなるほど濃密に包む〝弐式・黒霧(くろぎり)〟とは異なり、より広範囲に砂鉄を飛散させる技だ。

 敵からの最初の銃撃を防いだのがこの技だが、魔法を防ぐことはできないだろう。

 しかし、今回は防御のために使ったわけではない。


 敵の放った不可視の魔法は、空間に漂う砂鉄を()き分けるようにミツキへ迫る。

 砂鉄を操るミツキには、その軌跡(きせき)がはっきりと感じ取れる。


「見えない魔法で一方的に撃ち殺すつもりだろうが、これなら!」


 ミツキは迫り来る魔法を緩急(かんきゅう)をつけた走りで巧みに(かわ)していく。

 一度攻撃の波を(しの)ぎ切れば、詠唱が必要な以上、次の攻撃に移るまで隙ができるはずだ。

 そう考えていたミツキだったが、予想外に敵の攻撃は途切れない。

 不審に思い敵の方陣を窺えば、魔法を放った者は後ろに下がり、その背後に控えていた者が続けて魔法を放っている。

 攻撃担当の魔導士を交代制にすることで、断続的に魔法を放っているのだろう。


「織田信長の〝三段撃ち〟かよ!」


 たしかに、これなら詠唱時間がネックという魔法の欠点を補うことができる。

 魔導士の少ない民兵中心の軍を率いてきたミツキには思いもよらない戦術だった。


「だが、いくら攻撃を絶やさなくても、今のおまえらの頭数じゃ弾幕の厚みが足りていない。〝煙霧〟による空間把握(くうかんはあく)と〝盾滑(じゅんかつ)〟の機動力を駆使すれば躱し続けるのは難しくないぞ」


 そう呟きながら、魔法を躱す間の僅かな隙に砂鉄の斬撃を立て続けに飛ばす。

 方陣の最前で防御魔法を展開する魔導士は、攻撃を重ねる度に倒れる人数が増えていく。

 同時に攻撃魔法を担当する敵兵にも被害が及び、弾幕はますます薄くなってく。


「……頃合いか」


 敵の方陣の厚みが半分程度となったところで、ミツキは左右に動いて攻撃を躱すのを止め、敵陣へ向かって突進する。

 ダイアスの騎士たちはミツキ目掛けて集中的に魔法を放つが、残った兵数以上に魔素を激しく消耗しているうえ、既に満身創痍(まんしんそうい)となっているため、もはやミツキを仕留められるだけの魔法を束ねて放つことができない。

 散発的に放たれた魔法をすり抜けながら、ミツキは身に纏う砂鉄をまとめて周囲に展開する。

 壁のように巻き上がった砂鉄に、騎士たちはミツキの姿を見失い攻撃の手が止まる。

 一瞬の隙を突き、一気に間合いを詰めたミツキは、砂鉄の壁を突っ切り、方陣の正面に姿を現した。

 その身と刀には、砂鉄の壁を突っ切る際に、再び砂鉄を纏っている。

 騎士たちが慌てて手をかざすのと同時に、ミツキは右手の耀晶刀(ヴェリスサージュ)を振り上げる。

 そして展開された無数の魔法陣から攻撃魔法が放たれるよりも一瞬早く、掬い上げるような斬撃を放っていた。


「〝壱式改・狂濤(きょうとう)〟!」


 直進する斬撃を放つ〝壱式・波濤〟をアレンジしたその技は、前方に渦巻く砂鉄の波を発生させ、巻き込んだ敵の身を粉々になるまで引き裂く。

 元の技よりも射程が短くなる分、前方の広範囲を攻撃できるため、密集陣形を組む相手には効果覿面(てきめん)だった。

 砂鉄のミキサーが数秒で終息すると、その跡の地面はクレーターのように抉れ、上空まで巻き上げられた敵兵の体がばらばらと周囲に降り注いだ。


「さて、仕上げだ」


 方陣の端に配置され難を逃れた残敵が、抜剣しながら殺到する。

 それをミツキは、ポーチから取り出した鉄球を放ち、自分に斬り掛かる前に一掃した。


「……終わりだ将軍」


 戦場に立つ敵の影がないことを確認すると、ミツキは方陣の後ろに控えていたジャダ将軍に視線を向けた。

 将軍は無惨(むざん)な屍を(さら)す部下たちを見回してから呟く。


「化け物め」

「まあ、この際否定はしないよ」


 ミツキは身に纏った砂鉄を散らすと、耀晶刀を持った両手をだらりと下げたまま将軍へと歩み寄る。


「約束通り、あんたで最後だ。決着を付けようじゃないか」

「……貴様が圧倒的な強者であることは認めよう。しかし、だからといって最後まで油断すべきではなかったな」

「あ?」

「今だ!」


 将軍が叫ぶと同時に、首を傾げたミツキの背後に転がる無数の屍の中から、短槍を持った武者たちが身を起こし、背中を晒した敵に殺到した。


()った!」


 しかし、敵の槍が背中や首を貫く寸前、ミツキは振り向きもせずに呟く。


「〝肆式(よんしき)虎鋏(とらばさみ)〟」


 その刹那(せつな)、先程散らされ地面に()かれていた砂鉄が、肉食獣の顎のような形状を作って刺客たちの左右から起き上がり、その身をまとめて挟み込んだ。

 無数の牙に身を貫かれた刺客たちは、鎧が(ひしゃ)げ骨が砕けるめきめきという音を響かせながら、全身から血を吹きださせ潰されていく。

 その中のひとり、先程角笛を吹いた副官が、目と鼻と口から血を(こぼ)しながら、将軍に向かって叫んだ。


「閣下ぁ! お先に、失礼いだじまずぶっ!」


 その断末魔(だんまつま)を最後に、刺客たちの悲鳴は止み、その身は砂鉄に()まれていった。


「……読んでいたのか?」

「伏兵は戦略の基本だからな」


 無表情で答えるミツキに将軍は嘆息すると、腰の宝剣を抜き払って構えた。


「最後に伝えておく……礼を言うぞ異世界人よ」

「礼、だと?」


 (いぶか)しむミツキを見て、将軍は口元に自嘲(じちょう)的な笑みを浮かべる。


「得体の知れぬ武器を持った民兵如きに敗北を(きっ)し、主君も守れず祖国も追われ、我らはもはや誇りも信念もなく復讐のみを(かて)に生きるほかなかった。しかし、貴様という強敵と出会えたことで、最後は騎士らしく散ることができる」


 そう言って、大きく踏み込み振り下ろされた将軍の剣を左の刀で受け止めつつ、ミツキは右の刀を袈裟懸(けさが)けに斬り下げ鎧ごと将軍の身を両断した。

 将軍はよろよろとミツキの(かたわ)らをすり抜けると、空を見上げながら最後に呟いた。


「ああ……死ぬには、いい日だ」

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