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第三十四節 『角笛』

 ミツキが視線の先に捉えた戦場に響きわたる音の発生源は、将軍の(かたわ)らに(ひか)える副官と思われる兵士が吹いている角笛だった。

 巨大で渦巻くような形状のそれは、おそらくは魔獣の角を加工して作られたのではないかとミツキは想像する。


「いや、でもなんでこのタイミングで角笛?」


 戦場で吹くということは、おそらく兵士たちへの情報伝達を目的としているのではないか。

 しかし、敵軍の通信はイヤーカフによって行われているはずだ。

 今更あのようなアナログな手段に頼る理由がわからない。


「それとも、なにか魔法的な効果があるのか?」


 たとえば、この腹に響くような重低音は、もしかしたら味方を鼓舞(こぶ)する効果でもあるのかもしれない。

 だとすれば無駄な足掻(あが)きだとミツキは思う。

 これだけ徹底的に力の差を見せつけたのだ。

 使うタイミングがあまりに遅いと言わざるを得ない。


 そう思考する間にも、角笛の音色は複雑な旋律(せんりつ)(かな)でていた。

 自分の世界の角笛がひとつの音階しか出せないことを思い出し、こちらでは楽器としてより発達したのだろうとミツキは推察する。


「ん?」


 視界に捉えた光景に、ミツキは(まゆ)(ひそ)める。

 先程まで混乱に(おちい)っていた敵兵たちが、動きを止めミツキの動きを(うかが)っている。

 一度はライフルを捨て、(うずくま)っていた者たちまでもが、再び得物(えもの)を拾い立ちあがっていた。


「やっぱり鼓舞する効果があるのか?」


 しかし、意外だとミツキは感じる。

 もはや心折れた者までもが戦意を取り戻すとは、(あなど)れぬ効果だ。

 (もや)で洗脳されたブリュゴーリュ兵のように、狂暴化に加え身体能力まで向上させるような代物(しろもの)であったとすれば、落ち着いて対処しなければ足元を(すく)われかねないだろう。

 しかし、敵兵は正気を失うどころか、奇妙なほどに整然とした動きで戦場を駆け出す。


「な、なんだ?」


 ミツキは連動するように動き回る敵集団の先頭に〝飛粒(ひりゅう)〟を撃ち込むが、弾け飛んだ仲間の屍を踏み潰しながら男たちは戦場を走り続けた。


「こいつら、さっきまでと動きが違う。なんなんだいったい」


 ほとんど勝負の決まりかけた状況から、一瞬で立て直したどころか、これまでの混乱が嘘のように落ち着いている。


「まさか、あの角笛で操っているのか?」


 兵士たちの意思ではなく、サクヤの蟲憑(むしつ)きや屍兵(かばねへい)のように、集団に命令を与え操っているのだと考えれば辻褄(つじつま)は合うとミツキは思考する。




 しかし、実のところ、そんなミツキの憶測はまったくの見当違いだった。

 その角笛は、元々ダイアス王国軍の指揮に使われていたものだが、魔法の効果など一切なかった。

 だから、アキヒトから与えられたイヤーカフが全軍に配備されお払い箱となっていたのだ。


「性能が抜群だからといって、慣れぬ道具になど頼るべきではなかったな」


 副官の吹く角笛が戦場の部下たちに与えた効果を目の当たりにし、将軍は苦笑せずにはいられなかった。

 角笛を使ったのは、単にイヤーカフの通信が兵たちの耳に届いていなかったからだ。

 角笛による命令の伝達であれば、兵たちの体に染み込んでいるはずと考え使ってみたのだが、その効果は驚異的だった。

 笛の音は、単に命令を伝えるだけでなく、兵士たちが敗北と祖国からの追放によって忘れていた王国の守護者としての矜持(きょうじ)を取り戻させる効果を発揮した。


 こんなことなら、イヤーカフどころかライフルも捨て、最初から魔法で戦っていれば結果は違っていたのではないかと、将軍は思わずにいられない。


「今更だな。戦場に〝もし〟はない。こうなった以上は、残る兵力だけで戦うほかない」


 そう(つぶや)き、将軍は角笛を吹き続ける副官に次の命令を伝えた。




「チッ! こいつら!」


 ミツキは首を巡らせながら顔を(しか)める。

 敵の武者たちは自分を取り巻くように動き回り、とうとう包囲を完成させていた。

 広範囲を攻撃できる〝弐式(にしき)黒霧(くろぎり)〟からの〝参式(さんしき)旋風(せんぷう)〟や〝陸式(ろくしき)鉄鞭(かなむち)〟の間合いの外ゆえ、まとめて倒すことができない。

 〝飛粒〟と〝壱式(いちしき)波濤(はとう)〟で局所的な攻撃を続けてきたが、敵兵は一方的に攻められ多くの仲間の死を目の当たりにしても(ひる)むことがなかった。


「死兵って奴か……厄介だな」


 一瞬、オメガに手伝わせようかと思うが、すぐにその選択を却下する。

 いくらオメガが素早くとも、ライフルで弾幕を張られれば、致命傷を受ける可能性がある。

 攻撃力と素早さはトリヴィアに勝るとも劣らないが、防御力については心許ないというのは、これまでの戦の結果が証明している。


「あいつをこんなつまらない戦で失うわけにはいかないな」


 ミツキが独力でこの場を切り抜ける覚悟を決めるのとほぼ同時に、周囲を取り巻く敵兵たちが一斉に小規模な魔法陣を展開した。

 先程までは難なく避けることができていた低威力の魔法だ。

 しかし、取り囲まれ動きを封じられ、全周囲から一斉に放たれれば避けようもない。

 ミツキを捉え損ねた魔法は包囲の反対側の味方に向かうはずだが、そんなことはお構いなしなようだ。


「角笛吹いただけで豹変(ひょうへん)し過ぎだろこいつら」


 ミツキは盾に乗ったまま身を屈める。

 自分を確実に仕留めるため、武者たちは一斉に魔法を放つはずだ。

 そのタイミングを見極めるため、視覚と聴覚に全神経を集中させる。


 角笛が音色が微かに変化すると同時に、ミツキを包囲する男たちは一斉に魔法を放った。

 その瞬間、ミツキの周囲の砂鉄が大きく(うごめ)いた。


「〝拾壱式(じゅういちしき)陞龍(しょうりゅう)〟!」


 盾の下から上空に向け、柱のように伸びる砂鉄に突き上げられ、ミツキは盾ごと上空へと逃れる。

 眼下では吹き上がった砂鉄に無数の火球が炸裂し、包囲の中心で断続的に爆炎が広がっている。

 そして、一拍を置き、誘爆(ゆうばく)(まぬが)れ包囲網の反対側へと抜けた無数の攻撃魔法が、武者たちの描いた人の輪を襲った。

 炎に焼かれ風に切り裂かれ氷の(つぶて)に射抜かれ、ミツキを取り囲んでいた敵兵の半数程が大地に伏した。

 しかし、難を逃れた者は上空を見上げて手をかざし、再び詠唱を始める。

 落下中を狙われれば、さすがにひとたまりもない。

 しかし、ミツキはこの状況も読んでいた。


「〝拾弐式(じゅうにしき)弾雨(だんう)〟」


 柱のように突き上げられた砂鉄は、一瞬にしてその形状を崩しミツキの周囲に逆巻(さかま)いたかと思うと、次の瞬間には無数の針のような形となって地上に撃ち落とされる。

 まさしく雨のように降り注ぐ鉄針は、航空機からバルカン砲でも撃ったかのように地上の敵を掃討(そうとう)した。


 盾に乗ったまま地上へ落下するミツキは、地面にぶつかる前に地上から捲き上げた砂鉄によって身を浮き上がらせ、ふわりと着地した。


「手こずらせてくれたな。でも今ので兵力の多くを削れた。さっきみたいな攻撃はもうできないだろ」


 そう呟きつつ戦場を窺ったミツキは、残った敵が一ヵ所に集結していることに気付いて眉を吊り上げた。


「あれは……方陣か?」


 そういえば、とミツキは思い出す。

 元々この世界の戦場では、魔法の効果を最大限に発揮するための方陣を()いた状態で、互いに防御魔法を展開したうえでの遠距離魔法の撃ち合いから戦端(せんたん)が開かれるのが一般的なのだと聞いていた。

 つまり、ダイアスの騎士たちは、残存戦力をまとめ上げ、ミツキにとっての鬼門である魔法戦闘で決着を付けるつもりなのだ。


「さっきの奴らは時間稼ぎ……いや、二重に策を巡らせていたということか」


 最初のお粗末な戦いぶりからは想像もできないような冷徹な対応だ。

 おそらく、これがこの男等の本領なのだろうとミツキは察する。

 扱い慣れない近代兵器での武装は、騎士たちにとってはむしろ(かせ)となっていたようだ。


「ようやくクライマックスだが、ここからは油断できないな」


 ミツキは上空から地上に撃ち放った砂鉄を捲き上げると、再び自分の周囲に纏わりつかせつつ敵の方陣に向き直った。

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