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第九節 『教導』

 看守の男の手から放たれた火球は、枯れ枝の山に直撃すると同時に四散し、ある程度距離を取っていたにもかかわらず大量の火の粉がミツキへ降り掛かった。


「だぁちゃちゃあっちいぃぃぃ!」


 ローブに燃え移った火を消すため、ミツキは地面を転げ回った。


「くっそ、おぉいマズいぞこれ!」


 燃え上がった裾の炎がなかなか消えず、バンバンと地面に叩き付けていると、唐突に冷水を浴びせられた。

 見上げると、看守の男がバケツを手にミツキを見下ろしている。

 濡れ鼠となったミツキの耳に、ケラケラと笑う声が届いた。

 看守の背後に目を向けると、大樹の影から出た女がミツキを指差し嗤いながら歩いてくる姿が確認できた。


「……え? なにこれ?」

「カカカ、まったく滑稽な男だ。火の粉を被ったおまえの怯えた表情ときたら、ブフっ、見られたものではなかったぞ」


 そう言ってまたケタケタと笑う。


「はあ!?」

「まあ、そう怒るな。これで攻撃魔法がどんなものか体感できただろう?」

「だからって、あんなサプライズは要らねえって! 危うく森林火災じゃねえか!」

「心配せずとも先んじて消火用の水を用意してある。見ての通り、今も看守が鎮火作業に奔走している。さぷらいず? というのが何かは知らんが」


 確かに、木の影に隠してあったらしき大量のバケツを使い、看守の男が飛散した炎に水を被せて回っていた。

 どうやら事前に仕組まれていたらしいと知り、ミツキは怒りを通り越して呆れた。


「ふん、私は別に茶目っ気を見せるために、こんな茶番を仕組んだわけではないぞ。今、看守の男に使わせたのは、一般的な攻撃魔法の中では最下級の威力らしい」

「今ので、最下級?」


 ずぶ濡れであることとは無関係に、ミツキはブルリと身を震わせた。

 犬男の炎とは比べるべくもないとはいえ、今の火球でも直撃すれば間違いなく消し炭になっていただろう。

 それでも最下級というのなら、最上級はどれ程の威力だというのか。


「実戦であんなものをいきなり使われれば、肝を冷やして戦どころではなくなるだろう。おまえはこれから、最低でも今の魔法程度の使い手を複数相手取りながら戦うことを想定して修行しなければならないわけだ」


 やり方は気に食わないが、女の警告は身に染みる思いだった。

 確かに、特別な力を使えさえすれば魔法を相手取ってもどうにかなると高を括っていた。

 何の心構えもなく戦場に出ていたら、力など使う間もなくリタイアすることになっていただろう。


「わかったよ、気を引き締める。で? 魔法のことはともかく、訓練はしないのか?」

「そんなわけがないだろう。こちらへ来い」


 女は僅かに残る焚火の前へと移動した。


「まあ、やることは簡単だ。この炎に意識を向け〝動け〟と念じるだけだ。私自身は神通を使えんので具体的な助言はできんが、自分に見えない手足があると想像して臨むと良いらしい」


 立ち上がり女の横へと移動する。

 そのまま膝を突き、炎を見つめ意識を集中する。

 心の中で「動け、動け」と念じてみるが、炎はゆらりともしない。


「意思を言語化するな。炎を動かす情景を想起し、同時にそうしたいと強く欲望しろ」


 この女は他人の心の中が読めるんじゃないかと訝りながら、ミツキは助言に従ってみた。

 目の前の炎が、左右に大きく揺らめく様をイメージする。

 ただ、欲望しろと言われても難しいので、炎を動かせないと自分は遠くないうちに死ぬと考え、己を追い詰めてみる。

 意識を集中させる合間に、どこかで水音が聞こえる。

 おそらく、未だ看守が消火作業を続けているのだろう。

 炎が爆ぜるパチパチという音、女の微かな息遣いまでも耳に届く。

 何やら妙に感覚が研ぎ澄まされているなと頭の片隅で思ったその時、変化が生じた。

 微かな耳鳴りとともに、視線を向けた炎の像が視界の中で浮かび上がるような印象を受けた。

 そして、次第に耳鳴りが大きくなるにつれ、炎の像が鮮明に、立体的に感じられ、そのまま掴み取れるような錯覚を覚える。

 いや、これは錯覚かと、ミツキは己に問う。

 もしかしたら、本当に掴めるのではないか。

 そう思い、実際に()()()()()()

 ボッボボという音を立て、炎が大きく揺らいだ。


「うわ! ほ、本当にできた!」


 驚いて集中が途切れた途端、炎は揺らぐのを止め、再び静かに燃え続けた。


「ねえ見てた!? できたよひとりで!」


 おもわず幼児のようにはしゃいでしまったミツキに、女は冷たい視線を向ける。


「はいはい、スゴイスゴイ。これでやっと赤子の這い這い一歩目といったところだな」


 女の冷淡な対応もまるで気にならない。

 最高にハイな気分だった。


「いやあ、わずか数分で力が使えるようになるとか、自分の才能が怖いなぁ」

「自信を付けるのはけっこうだが、力を使っている間のことを思い出してみろ」


 そう言われ、少し前の己を省みる。

 我ながら異常な集中力だと感じた。

 これが、女が脳に形成したという器官の影響なのか。


「おまえ、あんなにひとつのことに集中した状態で、戦えると思うのか?」


 ギクリとした。

 そう言われれば、炎に集中するあまり周りがまったく見えていなかった。

 距離を置いての奇襲ならともかく、白兵戦であの状態は命取りだろう。


「わかったか? 力を強く精密に使うことももちろん大切だが、力を使うことに意識を取られ過ぎないようにすることも必須だ。今後の訓練では十分に意識することだな」

「ああ、気を付ける……というか、ちゃんとアドバイス、助言もできるんだな」

「簡単に死なれてはわざわざ施術してやったのが無駄になるからな。明日以降の訓練も夜に、この場所で行うようにしろ。先程の監督官の口振りからすると、おまえ、昼間は忙しくなりそうだ。日暮れ以降にここへ来れば、看守と落ち合えるようにしておく。ある程度、おまえの指示に従うよう命令しておくから、着火等いろいろ手伝わせるといい」

「い、いや、もうあんな魔法は、ちょっと勘弁っつーか」

「別に攻撃魔法で火を付ける必要はない。日常的に使う火の魔法があるようだから、次からはそれで着けさせればいい」

「……ああ、さっきのはあくまで参考ってことね」

「さて、用事も済んだことだし戻るとしよう。残してきた野獣共に食料を食い尽くされては叶わんからな」


 そう言って背を向けた女に、ミツキは声を掛ける。


「ちょっと待った。一応、協力関係になるんだから、自己紹介ぐらいしておこう。オレはミツキだ。あんたは?」


 そう言ってから、しまったと後悔する。

 記憶が無いのだから、名前も憶えているはずがない。

 案の定、女はミツキに訝しげな視線を向けた。


「それはおまえの名か? 記憶が無い以上、自分で考えたというわけか。随分とヒマだな」


 言葉に詰まる。

 この女は、独房に入れられている間も虫や看守共を使って情報を集めていたのだという。

 女から見れば、確かに自分で自分の名前を考えるなど、暇人の行いと言う他ないだろう。


「そうだよ。めちゃくちゃヒマだったんだよ。それこそ自分の名前を考える程に時間を持て余してたんだよ。悪いか!」

「……いや」


 小さく呟いて、女は空を見上げた。


「観る月、美しい月? 三月、ではないか……ミツキ、ね」

「なんだよ」

「では、おまえに私の名前も考えてもらおうか」


 女の提案にミツキは驚いた。


「いや、何が〝では〟なんだよ」

「私はおまえに力を授けてやった。おまえは私に協力する予定だが、私への借りを返しきるまで生き延びられる保証もないからな。先払い分として名前を寄こせと言っているのだ。これで借りの万分の一でも返済できるなら儲けものだと思え」


 どうしてこうも偉そうなのかと呆れつつ、確かに力を使えるようになるなら、女への借りはそう簡単に返せるものでもないとミツキは考えた。

 要望通り名前を考えてやり、少しでも借りを返した気分になれるなら、自分の気持ちも多少は軽くなるような気がしないでもなかった。


「わかったよ……んん、そうだな」


 頭を捻りつつ空を見上げれば、夜空には僅かに欠けた月が輝いている。

 独房で月を見上げ、己の名を思いついたことを思い出し、ミツキはふと閃いた。


「サクヤってのはどうだ?」

「……サクヤ」


 女は口を噤むと、しばし考え込んだ。

 ミツキが黙って窺っていると、唐突に口の端を歪め、呵呵(からから)と笑いだした。


「おまえ、余程私が嫌いらしいな! おまえが月で私が朔夜とは、相容れぬ間柄と言うわけか!」

「い、いや、別にそういう意図は……」


 無かったとは言わない。

 しかし、まさか言い当てられるとは思わなかった。

 やはり、日本に所縁のある者なのだろうか。 


「ぅえっと、考え直すわ」

「いや、気に入った。なかなか皮肉が利いているのが好ましい。今から私はサクヤだ。よろしくミツキ」


 そう言って手を差し出すサクヤに、ミツキはおずおずと手を伸ばした。

 昔の日本に握手の風習はなかったはずだ。

 やはり過去の日本とはある程度異なる世界から来たのかなどと考えながら握ったサクヤの手は、驚く程に冷たかった。

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