第三十一節 『憤怒』
ミツキに剣を突き付けられた指揮官らしき男は、散乱した護衛の亡骸を見下ろし生唾を呑むと、背後でライフルを構える副官らを手で制しながら答えた。
「い、いかにも、ワシがダイアス騎士団団長、ディスナード・ジャダ将軍である」
「へぇ、将軍かよ……で、アキヒトって異世界人はどこにいる? この軍に同行しているんだろう?」
「……なに?」
ミツキの質問を受け、将軍の表情が不快気に歪む。
「なぜ奴の名が出てくる」
「とぼけんな。おまえらの国に潜入していた奴からの情報で、そいつが現状おまえらの国を仕切ってるってのはわかってんだよ。ってことは、おまえら奴の手下だろ?」
ここへ来る前、そのアキヒトと遠距離通信での交渉を行ったミツキは、本人がこの軍を率いているものと考えていた。
しかし、ミツキの言葉を聞いた将軍は、喉元に剣を向けられているのも忘れ、紅潮させた顔を歪め声を荒げた。
「貴っ様ぁ……! 誉れあるダイアスの騎士たる我らが、あの賊徒の走狗だとぬかすか! これほどの侮辱を受けたのははじめてだ!」
「はぁ?」
鬼のような表情で己を睨み付ける将軍の反応をミツキは訝しむが、すぐにひとつの可能性に思い当たる。
「奴を〝賊徒〟などと呼ぶってことは……おまえらは前政権の勢力ってことか?」
将軍の顔が悔し気に歪むのを見て、ミツキは自分の推測が正しいと確信する。
「そうかよ……でもなんでそんな連中がブリュゴーリュに差し向けられてんだ? 結局アキヒトに言われるがまま侵略の尖兵になったってことじゃないのか?」
「ふん、なにもわかっておらんな貴様。我々は奴らによっては国外へ追放されたのだ。万民平等を謳いながら、前政権に組した者には容赦がない、それがあの賊共のやり方よ! ただ、追放といっても、ただ放り出されたわけではない。貴様らティファニアとあの逆賊どもの交渉が終るまで、拘束具で身の自由を奪われていたのだ」
拘束具というのは、制魔鋏絞帯のことだろうとミツキは察する。
要塞の上から兵士たちがそれらしきものを装着しているように見えたのは間違いではなかったようだった。
「国を追われる前、奴は交渉の結果次第で、我らの処遇を変えると言いおった。もし、貴様らが降伏勧告に応じるようであれば、我らは貴様らが明け渡した要塞に駐留し、奴らが進駐軍を送るまでの目付け役をさせられるところであった」
かつて武士階級だった不穏分子を厄介払いしつつ有効利用しようと考えたのだろうとミツキは察する。
「しかし、交渉が決裂した場合は、その時点で拘束具を外し、あとは自由にしてよいと奴はぬかしおった。その場合はおおかた奴らが軍を派兵するまで、尖兵として我らに暴れさせる腹積もりだったのであろう。よもや四千程度の徒歩の騎士ではティファニア軍を駆逐しブリュゴーリュを攻め落とすことなどできぬと判断したうえで捨て駒にしたというわけよ。餞別のつもりか、奴らの魔導兵装まで寄越しおった。しかし、たとえ奴らとの戦に破れ数を減らしたとて、我らはダイアスの最精鋭よ。このライフルさえあれば、たとえ四千程度の手勢であろうと、ブリュゴーリュを陥落せしめ占領し、本国を奪還するまでの拠点とすることも難しくはない、そのはずだったのだ!」
将軍はひと息に捲し立てると、射殺すような視線をミツキに向けた。
「それを、貴様の如き化け物に不意を突かれて命を落とすとは! 無念だ! まともに戦いさえすれば、我が騎士団が貴様なぞに後れを取るはずなどないというのに!」
将軍はこめかみに血管を浮き上がらせ、食い締めた口の端から血の筋を溢している。
このまま放っておけば、血の涙でも流しそうだなとミツキは思う。
それはそれで見てみたい気もするが、生憎それほど暇でもない。
ミツキは将軍に突き付けていた剣を引く。
途端に背後の副官らが下ろしていたライフルを持ち上げるが、将軍は再度手で部下を制した。
「なんの真似だ? 言っておくが、降伏などせんぞ? もはや我らに帰る場所などない。かといって、二度と下賤の者共に降るつもりもない。そしてワシを殺したとて、もはや部下を止めることなどできぬ。だが、そうだな、対等な条件での同盟ということであらば考えてやらぬでも――」
「お望み通りにしてやるよ」
「……なに?」
眉を顰める将軍に、ミツキは薄く笑って見せる。
「不意打ちで死んだんじゃ納得できないから、正面切って戦いたいんだろ? いいよ、やろうぜ? オレとあんたの軍で、徹底的に殺し合おうじゃないか」
「き、さま、正気か!? どれだけ強力な魔法を使う〝祝福持ち〟だろうが、いやむしろ強力な魔法である程に力の消耗は激しい! 貴様ひとりで我らと戦えばすぐに乾涸びることなど自明の理であろう!」
「だからどうした」
ミツキの視線を受け、気圧されたように将軍が仰け反った。
「おまえらは侵略者でオレはティファニア軍に籍を置く身だ。だったら戦う以外の選択肢なんてないだろうが」
「待て! 待つのだ! 同盟を結ぶなら矛を収めるのもやぶさかではないと言うておろうが! 今ディエビアを牛耳っておる奴ばらは一筋縄ではいかぬぞ!? 我らと手を組んで損はあるまい!」
「おまえら進軍先の村をどうするつもりだった?」
「な、なに?」
底冷えするような声で問うミツキに、将軍は一瞬口籠ってから返答する。
「兵糧を徴発するつもりではあった。しかし、後々拠点とするつもりの国の民を蔑ろにはせぬ。住人に必要な分の食料は残して立ち去るつもり――」
「家に火をかけティファニアへの見せしめとする」
ミツキの呟きに、将軍がぎくりと身を固くする。
「男には荷を運ばせ、女は兵の慰み者にする。老人と子どもは使い道がないから皆殺し……だったか?」
「な、なにを、言って」
狼狽える将軍は、刀を地面に突き立てたミツキが、砂鉄の内から取り出し地面に放ったものを見て大きく目を見開いた。
「それは……我が軍の通信機!? なぜ貴様がそれを!」
「我が軍の、ね。どうせそれもアキヒトから貰ったもんだろ?」
ミツキは将軍の顔を窺い冷笑する。
「オレが奴とどうやって会談したのか忘れたのか? うちの軍の魔道技官は優秀でな。オレがフィオーレから馬車でこっちへ到着するまでに、先に届けられていたそいつを調べてある程度の使い方はわかってたんだよ。だから要塞を出る前に説明を受け、ここへ向かう途中それを使っておまえらの通信も傍受できてたってわけだ」
ミツキの顔から冷たい笑みが消えた。
表情の失せた顔に目だけを大きく見開き将軍の顔をじっと見つめる。
「襲った村の住人が命乞いしたらおまえら襲うのを止めたか? そんなわけないよなぁ。だったらこの期に及んでヒヨるなんて都合の良い真似が認められるわけないだろ。オレはおまえらが武器を捨てて降伏しようと皆殺しにするよ。信用だってできないしな。同盟がどうとか言ってたな。どうせ要塞に迎え入れたところで奇襲でも仕掛けるつもりだったんだろ? なにが誉れ高き騎士だ。おまえらみたいな奴らが一番嫌いなんだよオレは」
将軍は顔を屈辱に歪め、副官らを抑えるため背後に突き出していた手をゆっくりと振り上げる。
「それとな将軍、あんたをすぐに殺さないのは、指揮官を失ったおたくの部下が早々に逃げ出さないようにするためだ。指揮系統さえ生きてりゃ、まあとりあえず兵士は戦おうとするからな。だから、あんたを殺すのは最後に取っておくよ」
将軍は手を振り下ろすと同時に叫んだ。
「撃てえぇ!」
命令を受けるまでもなく、ふたりの会話の間に戦闘の準備を整えていたダイアスの武者たちが、ミツキ目掛けて再びライフルを斉射し、平原に断続的な金属音が響き渡った。