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第二十九節 『塵流』

 超拡魔導(ちょうかくまどう)収納器(しゅうのうき)の口から、念動によって噴出された砂鉄が、ミツキの周囲に逆巻いた。

 同時に、ビゼロワで肉塊の化け物を倒して以降工夫を重ね、ようやく完成させた新たな戦法の名を(つぶや)く。


「〝塵流(じんりゅう)〟」


 ミツキを中心に竜巻のように渦巻く砂鉄が、声に反応するかのように中心に向かって収束(しゅうそく)していく。


「〝零式(ぜろしき)(まと)い〟」


 そう短く言ったミツキの体に、ひと固まりとなって布のように波打つ砂鉄が(まと)わり付いた。

 馬車百台分の砂鉄ということで、周囲の地面は黒光りする水面が広がり波打っているかのようなありさまとなっている。

 さらに、両手の耀晶刀(ヴェリスサージュ)の刀身にも砂鉄が凝集(ぎょうしゅう)し、長さも厚みも二回り以上増している。

 その剣を持ち上げると、普段の耀晶刀と同じく羽のように軽い。

 砂鉄は念動で操っているので、重さを感じないのだ。

 当然、身に纏うマントのような砂鉄も、重さはもちろん、不定形ということもあって、まったく動きの(さまた)げにはならない。

 ミツキは右手の刀を数回素振りしてから呟く。


「問題なさそう――っ!」


 遠方で甲高い金属音が立て続けに鳴り、ミツキは体に微かな衝撃を感じる。

 ダイアス騎士団が三度目の斉射(せいしゃ)敢行(かんこう)したのだ。

 先程、超拡魔導収納器の中身を放出した際、先に展開していた砂鉄も巻き込んでしまったため、今回は前方の空間で弾丸が止められることはなく、もろに射撃を浴びてしまった。

 しかし、ミツキは平然とした面持ちで、自分の体を見下ろす。

 すると、体を覆う砂鉄が(うごめ)き、めり込んだ弾丸がぽろぽろと(こぼ)れた。

 ただ一粒の砂鉄でさえ銃弾を弾くのだから、布のように集まった砂鉄の(まく)(つらぬ)けるはずもない。


 異変を目の当たりにし、さすがに危機感を覚えたのか、今度は中央以外の敵兵も断続的に射撃を始める。

 ミツキは()き出しになっている首から上の前面に砂鉄を展開しながら侵略者を眺める。

 サクヤによって与えられた力のひとつ、練気(れんき)が視力にまで作用しているのか、常人が遠眼鏡を必要とする程の距離で相対する者たちの表情まで視認することができた。

 遠距離から銃火器で一方的に撃ち掛けて来る敵兵らの高揚(こうよう)した表情を見渡し、ミツキは忌々(いまいま)し気に毒づく。


「どいつもこいつも戦争大好きですってツラしやがって……そんなに殺し合いがしたいなら望み通りにしてやるよ」


 右腕の刀を大きく振り上げつつ呟く。


「〝壱式(いちしき)波濤(はとう)〟」


 前方に向かって地面を(すく)い上げるように()ると、斬撃を受けた砂鉄が大きな波を生み、地を()うようにして敵へと向かう。

 その軌道上にいる敵の騎士たちは、回避(かいひ)する(いとま)もなく砂鉄の波に()ね飛ばされる。

 遠方に多数の人間のものと思われる血飛沫(ちしぶき)が舞い上がるのをミツキは視認する。


「悪くない威力だ」


 完成までには〝飛粒(ひりゅう)〟や〝飛円(ひえん)〟以上の時間を要した〝塵流〟だが、どうやら工夫の甲斐もあり実戦に通用するだけのものに仕上げることができたとミツキは確信する。


 砂鉄を用いた攻撃を習得するにあたり、ミツキが苦心したのが、あまりに自由度が高すぎるということだった。

 細かい粒子を集めれば、まるで液体や気体同然に扱うことができるのは大きな強みであるのだが、使い方に制限がないと人はかえってどう使うかを迷ってしまうものらしく、咄嗟(とっさ)の状況において対応がワンテンポ遅れてしまうのがこの戦法の課題だった。

 しかし、丁度その頃、ジャメサ・カウズに()われ剣術についての講義を行った経験が、砂鉄をより効率的に運用するためのヒントとなった。

 自由度が高すぎて使い方に迷いが生じてしまうのであれば、武道における型のように、用途に応じた既定(きてい)の運用法を(もう)けてしまえば良いのだ。

 そう考えたミツキは、これまでの実戦経験から戦場での様々な状況を想定し、柔軟に対応できるよう〝型式(かたしき)〟と称した複数の技を考案し、ようやく〝塵流〟を完成させたのだった。


 その筆頭である〝零式・纏い〟は、念動で操る砂鉄で体を包むことにより、防御はもちろん、身体機能以上の動きや力を発揮することができるという、攻防を補う技だ。

 しかも、砂鉄を纏った状態が他の複数の技を用いるうえで必要でもあるので、〝塵流〟を使ううえでの基点になる技とも言えた。

 次に用いた〝壱式・波濤〟は、砂鉄を纏わせた耀晶刀で地面にまで溢れた砂鉄を斬り付けることにより、斬撃を波として飛ばす技だ。

 ひとりふたりに命中したところで止まることはなく、戦場を切り裂くようにして直線状の敵すべてを攻撃できるのが強みだ。


「壱式はいい感じだが、零式はもう少し動き回らないと使い心地がわからないな。まあ、四千人も居るんだ」


 ミツキは次の動作のために身を屈め、前方の敵軍へ鋭い視線を送る。


「まだまだ試させてもらおうか」



 一方、かつてダイアスの守護を任された騎士たちを率いる将軍、ディスナード・ジャダは、自分の右手を通り抜けていった敵の攻撃魔法の威力に言葉を失っていた。

 視線を落とせば、己の乗る鳥馬の足元に、魔法の直撃を受けた部下の肉片が(ひしゃ)げた(よろい)の一部とともに転がっている。

 威力ばかりではない。

 首を(ひね)って後方を窺えば、先頭の部隊の右翼側を貫いた魔法は、後方に続く部下たちを斬り飛ばしながら地平にまで抜けている。


「な、なんだ、今の魔法は」


 遠眼鏡を(のぞ)けば、敵のティファニア兵は、まるで濃密な影を纏ったかの如き姿で(たたず)んでいる。

 武家の名門として、長きに(わた)りダイアスの魔導戦士たちを束ねてきた将軍は、攻撃魔法への造詣(ぞうけい)が極めて深かった。

 しかし、たった今見せ付けられた魔法はかつてどの戦場でも見たことはなく、どんな魔法書にも()っていなかった。

 己の知らぬマイナーな魔法もあるだろうと将軍は考える。

 だが、あれ程の威力のものとなれば、広く知られていないはずなどない。


「あ、あり得ん……あんな、あ、あんな凶悪な威力の魔法をワシが知らぬなどということがあるのか?」


 狼狽(ろうばい)を隠せない将軍に、副官が青褪(あおざ)めた表情で馬を寄せる。


「閣下、私はずっと彼奴(きゃつ)を観察しておりましたが……奴は小さく口を動かしただけで、詠唱(えいしょう)を行っておりませんでした」

「……なに?」


 部下の言葉に、将軍は息を()む。


「〝祝福持ち〟か!?」

「おそらくは」


 なるほど、と将軍は納得する。

 〝祝福持ち〟の中には、当人しか扱うことのできない固有魔法の使い手も(まれ)に存在する。

 つまり、奴はレア中のレアというわけだ。

 そう考えれば、相対するティファニア兵がただひとりで出てきたのも蛮勇(ばんゆう)とは言い切れない。

 先程の魔法の威力を(かんが)みれば、勝算ありと考えて立ちはだかっているのだろう。


「銃が効かないのも、奴が魔法で防いでいる可能性が高いな。だがそれならこちらもやり方を変えるまでよ」


 将軍はイヤーカフに手を当て動揺(どうよう)する部下たちに呼びかける。


『全軍に告ぐ。これより魔法戦闘に移行する。大隊ごとに六菱方形陣を展開し大規模魔法による――』

「か、閣下! 彼奴が動きます!」


 部下の叫びに言葉を止めた将軍は、前方に視線を向けると目を見張った。

 敵の周囲に集まっていた黒い何かが、細い筋となり空に向かって伸びている。

 その先端に乗るティファニア兵の姿に、将軍は命令の途中だったことも忘れて(わめ)いた。


「奴め! いったい何の真似だ!」


 長く伸びた黒い線はひたすら高度を上げながらも前方、つまり騎士団の方へ伸びてきている。

 一部の兵は、恐怖心にかられたのか命令を出してもいないのに上空へ発砲するが、銃弾は届いていない。


「ど、どういうつもりでしょうか!」

「ま、まさか――」


 将軍が予想を口にしようとした瞬間、黒い筋は上昇から下降へと動きを変化させ、弧を描くような軌道(きどう)で展開した軍の中心付近へと突っ込んできた


『くっ! 退避(たいひ)だ、退避せよ!!』


 将軍の叫びに兵が反応する暇もなく、獲物に襲い掛かる蛇のような勢いで、黒い筋が騎士団の中心付近に直撃する。

 衝撃波とともに黒煙のようなものが周囲に飛散し、巻き上がった土煙と黒い何かが晴れると、その中心で闇を纏い巨大な刀を両手に携えた男が屈めた体をゆっくりと起こした。

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