第二十七節 『追放騎士』
将官らを引き連れ天幕から姿を現した元ダイアス騎士団の長、ディスナード・ジャダ将軍は、整列した鎧武者らの前に進み出ると大声を張った。
「白鎧の騎士よ! 栄光のダイアス騎士団よ! 戒めは解かれた! この時、この場より、我らの忍従は終わる!」
指揮官の姿に、騎士団の男たちは歓声を上げるが、将軍が右手を上げると、ぴたりと静まる。
「我らは一度敗北を喫しすべてを失った。地位も、財産も、剣も、家族さえも、あの卑劣なる革命軍と異世界人に奪われたのだ!」
男たちの間で、鼻をすすり上げる音が響いた。
「だが! 奴らにも奪えぬものがあった! 誇りと、忠誠だ! 我らの忠義は、今もバレルモ・ジ・アスモ・ディアス国王陛下に捧げられている! 斬首台に散った陛下の無念をお晴らしするまで、たとえ泥水を啜ろうと生き延びる。貴様たちは皆その一心でこの場に立っているはずだ! そうであろう我が騎士たちよ!」
「「「「「その通りであります将軍閣下!!!」」」」」
武者たちは声を揃えて将軍の問いに応える。
将軍の声はイヤーカフによって四千程の将兵すべてに届けられている。
「ならば、まずは征服せよ! このブリュゴーリュは、ティファニアとの戦に敗れ奪われし国。ならば今度は我らが収奪しようではないか! そしてこの地を足掛かりとし、いつの日か必ずやダイアスを取り戻し、再びディエビアに覇を唱えるのだ!」
武者たちは武器を振り上げ喊声を上げる。
「勇者たちよ、いざ進まん! 失われたすべてを取り戻すまで歩み続けるのだ!」
「これより進軍を開始する! 各部隊は隊列を維持しつつ行軍せよ!」
副官の号令に続いて「応!」という声があがり、将軍とその直属の部隊を先頭に進軍が開始される。
騎士団ながら、馬に乗っているのは一部の将官のみで、ほとんどの武者は徒歩だ。
しかし、分厚い全身鎧に身を包みながら、その足並みにはまったく乱れがない。
「早速要塞を攻めますか?」
馬を寄せて来た副官に、将軍はチラと視線を向ける。
「……いや。ここに至るまでに糧食を消耗し過ぎた。装備で圧倒できたとしても、籠城されればこちらが先に干上がる可能性もあろう。まず南西の要塞はやり過ごし、南の村落で物資を手に入れる」
「堅実ですな。しかし、要塞のティファニア軍に背後を突かれる恐れもあるかと」
「それも狙いよ。村を焼けば奴らは逆上し攻め寄せて来るやもしれん。そこを殿軍に迎撃させる。総崩れとなった敵を追撃すれば、存外楽に要塞を落とせるやもしれん」
「なるほど。なればまずは馬を最優先で手に入れ精鋭による追撃部隊を組みましょう。いくら迎撃を成功させても、徒歩では迅速な追撃ができませぬゆえ。それと、村落の住民はいかがいたしましょうや」
「男手は物資の運搬に使え。若い女は兵に与えよ。多少の慰みにはなろう。年寄りと子どもは残しておいたところで一利もなし。村ごと焼けばティファニアへの挑発ぐらいにはなろう」
「よろしいので? ブリュゴーリュを奪うのであれば、生かしておけば臣民となる者共です。懐柔するという手もあるのでは?」
「はっ!」
副官の提言に、将軍は嘲笑を漏らす。
「かまうな。所詮この国は祖国を取り戻すまでの繋ぎに過ぎん。それに、誇り高きダイアス騎士団が、ブリュゴーリュの田舎者ごときをいちいち気遣う必要などない。力を示し恐怖で支配するのだ」
「御意に」
副官は将軍から離れつつ、イヤーカフに手を当て、各部隊長に向け支持を出す。
将軍は馬に揺れながら薄く微笑むと静かに呟いた。
「勝ちの見えた戦か……なかなか悪くないではないか」
一方、オメガとともに要塞を後にしたミツキは、丘の上に立って遠眼鏡を覗き、ダイアス騎士団の進路を確認すると、冷ややかな声で呟いた。
「はーん? そっちに向かうわけね」
「なんだあいつら? 要塞を攻めるんじゃねえのかよ」
疑問を口にしたオメガの声からは安堵が感じられた。
要塞にミューを残してきたからだろう。
「あっちは最寄りの村の方角だ。奴ら、まずは略奪から始める気だ」
「なるほどな。で、どうすんだ? オレが奇襲を仕掛けて一気に殲滅するか?」
「……いや。オレが奴らの進路に回り込んで仕掛ける。おまえは気付かれないよう奴らの軍の斜め後方に回って待機してくれ。んで、指定のタイミングで〝炎叫・錐〟を撃ち込んでくれ」
「ああ!? なんだその回りくでえ作戦は!? 一気に燃やしちまった方が手っ取り早いだろうが!」
いや、とミツキは思う。
今回の敵は、おそらくオメガと相性が悪い。
〝炎叫〟や〝炎叫・錐〟ならたしかに先手で大打撃を与えることは可能だろう。
ただ、どちらも大技ゆえ、発動の瞬間に足を止めたうえ、一瞬の溜めを必要とする。
そして、敵の得物は射程の長いライフルだ。
練度の高い兵であれば、最初の攻撃から位置を特定し、次の攻撃の準備に移る途中のオメガを狙撃できるかもしれない。
トリヴィアがいない状況で銃撃を受けるリスクは可能な限り避けたい。
一方、ミツキの新しい戦闘スタイルであれば、攻撃と防御を同時に行うことができる。
今回の敵との相性は決して悪くないと考えられた。
とはいえ、その考えを正直に伝えたりはしない。
人間に負ける可能性など示唆すれば、オメガの性格上、ムキになって突撃でもしかねない。
「おまえはブシュロネアもブリュゴーリュも人間の兵士なんて相手にならなかっただろ? 今まで苦戦したのは甲冑の巨人と兎野郎だけ。〝炎叫・錐〟だって強敵を想定した技のはずだ。今更人間の軍を相手にしたって得るものなんてないだろ。でも、オレはブシュロネア兵相手に手こずった経験があるからな。新しい技を習得した今、ひとりで大軍相手にどこまでできるか試してみたいんだ。今回は任せてくれよ」
「まあ、そりゃそうだな。ミューの件でもテメエにゃ世話んなってることだし、そこまで言うなら今回は譲ってやらあ」
オメガは実力を認められまんざらでもない様子で承諾する。
適度におだてるのが、この犬男を操るうえでのコツだとミツキは理解していた。
「しかし、奴らの前に回り込むには、テメエの脚じゃ間に合わねえんじゃねえのか? 一度要塞に戻って馬に乗るのか?」
「いや、それじゃ遅い。でも問題ない。移動手段は用意している」
ミツキは要塞を出る際にヴォリスから借りた大盾を地面に放り投げた。
上になった裏面にとび乗ると、訝し気な顔のオメガに振り向く。
「急ぐから〝炎叫・錐〟を撃つタイミングは移動しながら伝える。頼んだぞ?」
そう伝えた直後、砂埃を巻き上げミツキの姿がオメガの前から遠ざかる。
その背を見送りながら、オメガは呆気にとられた表情で呟いた。
「……なんだ、今のは?」
「ん?」
ダイアス王国軍の先頭を進む親衛隊の騎士が、遠眼鏡を覗き込み戸惑った表情で足を止めた。
「どうした?」
「いえ、それが――」
馬上から将軍に問われ、騎士は一瞬言い淀んでから答える。
「進路上に誰かいます」
将軍は腰から遠眼鏡を取ると前方を窺う。
離れた平野に、青と白の軍服のような服を纏った男がただひとり佇んでいる。
「どこから沸いた? 剣を帯びているということは、まさか交戦の意思があるのか? 愚かだな」
「あの服は、ティファニア軍の軍服のようです」
「確かか?」
「要塞を見張っていた物見からの情報と一致します」
「では要塞から先回りして来たのか? しかし、なぜ単騎で……」
遠方の人物が抜剣したのを見て、将軍が小さく目を見開く。
「剣身が青く光っている……特注品だな。ということは、雑兵ではあるまい」
遠眼鏡を下ろすと、右手を上げながら馬を止まらせる。
続けて騎士団の歩みも止まった。
「なるほど。おそらくティファニア軍に参加している貴族かなにかだろう。村への進行に気付き、正義感にかられでもしたのか、身の程知らずにも一騎駆けして来たというところであろうよ。味方が誰もついてこなかったとは哀れだな」
「馬は逃がしたのでしょうか。剣を抜いたということは決闘を所望しているのかもしれません。応じますか?」
馬を寄せて来た副官に問われ、将軍はせせら笑う。
「馬鹿を言え。間抜けに付き合ってやる義理などなかろう。それよりも、試し撃ちに丁度良い。親衛隊、撃ち方用意!」
将軍の号令に反応し、先頭を進んでいた部隊が二列に展開しライフルを構える。
「頭を撃ち抜いた者には褒美を与える。それと、剣には当てるな。あれはワシがもらう」
そう言って将軍は右手を頭上に掲げると振り下ろしながら叫んだ。
「放て!」