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第二十六節 『思惑』

 国境地帯に展開するダイアス王国騎士団本陣の天幕内にて、壮年の騎士が床几(しょうぎ)に腰を下ろしていた。

 騎士団の象徴である白い全身鎧は、所々に金象嵌(きんぞうがん)(ほどこ)され、この男が特別な地位に就いていることを(うかが)わせる。

 (いか)つい顔の下半分は(ひげ)(おお)われているが、短く刈り上げた頭髪はやや後退しており、無数の傷に覆われた額が、風貌(ふうぼう)の恐ろしさをさらに強調している。

 腕を組んで目を閉じ、静かに時を待っていた騎士の着けたイヤーカフに、若い男の声で通信が入る。


『待たせたねジャダ将軍。先ほどティファニア側の代表者との交渉を終了した。彼らは降伏勧告(こうふくかんこく)を受け入れないそうだ』


 将軍と呼びかけられた男は、ゆっくりと目を開けると、鎧の発する金音とともに床几から立ち上がる。


『あなたにとっては朗報(ろうほう)だな。約束通りあなたとあなたの部下の(いまし)めを解くよ。(リベイラ)


 その言葉に反応し、将軍の腹部に取り付けられた制魔鋏絞帯(せいまきょうこうたい)が大きく開いて外れ、地面に落ちて金属質な音を立てた。

 一瞬の間を置き、天幕の外でもすべての騎士たちの足元で同様の音が鳴る。

 将軍は口を引き結んだまま視線を下ろし、自分の行動を制限していた拘束具(こうそくぐ)を見つめる。


『これにてあなたたちは晴れて自由の身だ。と言っても、国へ戻ることは許されない。当然、バーンクライブもあなたたちを受け入れはしない。あなたたちには前進する以外の道は残されていないわけだ。しかし、今のあなたたちにはボクの提供(ていきょう)した武器がある。威力は、身をもって知っているだろ? それを使ってあなたたちが新たな居場所を勝ち取れることを遠くから祈らせてもらうよ』


 その言葉を最後に、通信は途切れた。

 将軍は足元に落ちた制魔鋏絞帯を蹴り飛ばすと、忌々(いまいま)し気に(つぶや)いた。


「今に見ておれよ小僧。ワシを解き放ったこと、必ずや後悔させてやる」


 その直後、天幕内に数人の鎧武者(よろいむしゃ)()け込んでくる。


閣下(かっか)!」

「ディスナード・ジャダ閣下! ご命令を!」


 自ら率いる軍の士官らに囲まれたディスナード・ジャダ将軍は、部下の顔をひとりひとり見回してから声を張り上げた。


「奪うぞ! 新しい我らの国を!」




 同時刻、遠く離れた場所にある大きなテントのような場所で、通信を終えたアキヒトが疲れた表情でイヤーカフを外していた。

 ミツキとの交渉が決裂したためか、深いため息をつき、消沈した表情でしばしの間口を(つぐ)む。


「お疲れ様ですアキヒト様」


 話し掛けられて視線を上げたアキヒトに、水で満たされた(さかずき)が差し出される。

 アキヒトの目の前に立っているのは、今回の作戦から新しく幕下(ばくか)に加わったニコ・ラープザンという魔導技官(まどうぎかん)だった。

 ディエビア連邦の東端(とうたん)にあるファセッタ出身の若者で、魔導施設での労働経験から魔導機器への造詣(ぞうけい)が深く、その経歴とスキルを評価して軍の魔導技師長であるマリ・ジュヴィラメリンの下に付けている。

 先程までも、通信機器の調整のため、ティファニア代表者との通信会談に際し人を払っていたテント内にただひとり(ひか)えさせていたのだ。

 真面目で利発(りはつ)な青年ではあるが、少し空気の読めないところがあるとアキヒトは(ひょう)している。

 たしかにしゃべり続けて喉が渇いているが、同郷人だというティファニアの代表者に(ののし)られ気分が沈んでおり、できればそっとしておいてほしかった。

 しかし、己も軍を率いる立場である以上、感情的に対応することなどできないと自分に言い聞かせ、アキヒトは笑顔を向ける。


「ありがとう」


 受け取った杯を(あお)ると、(しゃべ)り続けていた喉が(うるお)った。

 杯を下ろすと、ニコが自分に視線を向けているのに気付き、アキヒトは首を(かし)げる。


「どうかした?」

「あ、あの、少し疑問に思うところがありまして」

「なにかな?」

「武器を持たせて放逐(ほうちく)した王国軍ですが、こちらの予定通りブリュゴーリュに攻め入るとは限らないのではありませんか?」

「ブリリアへ取って返すと?」

「あ、いえ。奴らが追放される際にブリリアの軍備を目の当たりにしている以上、引き返すとは思えません。そもそも、ぎりぎりの物資しか与えていない以上、ブリリアまで食料が持ちません。無論(むろん)、バーンクライブへ向かう程愚かでもないでしょう。私が心配しているのは、奴らがティファニア軍に投降(とうこう)するのではないかということです」

「ああ、なるほど」


 たしかに、もしそうなれば、最悪ティファニア軍とダイアスの元王国騎士団の連合軍を相手にしなければならなくなるという可能性すらある。


「でも、それはない」


 アキヒトはきっぱりと否定する。


「理由を(うかが)っても?」

「ああ、まず、連中にはボクたちの作戦はなにも知らせていない。奴らには、ただブリュゴーリュを占領したティファニアが目障りだということ、ゆえに降伏勧告に応じなければ彼らを攻めてほしいこと、そして勝ち取った土地は好きにしてよいということだけを伝えてある。だから、奴らはボクたちも()()()に来ているとは知らない。よってボクらを害するための行動には出ない、ということは前提(ぜんてい)として理解してくれ」


 つまり、元ダイアス王国騎士団は、少なくともアキヒトらを打倒するという目的のためにティファニア軍へ降ったり、情報をリークする可能性はまずない。

 首肯(しゅこう)するニコに、アキヒトは言葉を()ぐ。


「ボクはディエビア連邦各地を巡ったが、中央であるダイアスから離れる程に身分格差は(ゆる)いと実感させられた。キミの故郷のファセッタははっきり言って東の果ての僻地(へきち)だ。奴隷と平民の身分差も、さほどではないと感じたな」

「はあ……えっと、すみません、話の流れがよく――」

「まあまあ聞きなよ。そんなファセッタ出身のキミからすれば、前政権下でのダイアスの階級の厳格(げんかく)さはきっと異常とさえ感じられただろう。特に騎士階級や貴族階級の人間ともなれば、自国の平民や奴隷はもちろん他国の人間も家畜程度の存在としか認識していなかった。実際に彼らと戦ったボクらだからわかるんだけど、生半(なまなか)なことでは彼らは自分たちの見下す相手に降ったりしないよ。それこそ、銃で圧倒して心をヘシ折りでもしなければね」

「そういうものですか?」

「ああ。ボクらに身柄を拘束された彼らは、憤死(ふんし)でもしかねない有様(ありさま)だったよ。実際、恥辱(ちじょく)に耐えかね自殺した者も多数いたぐらいだ。だから、彼らはもう二度と家畜同然と見下す相手に屈しようとは考えないだろう。しかも、今の彼らは、かつて自分たちを敗北に追いやった武器まで装備しているんだ。降伏(こうふく)する理由がない。それどころか、手に入れた武器(オモチャ)を使ってみたくてうずうずしているだろうさ」


 ニコは納得したことを示すためか、何度も頷いてみせた。


「なるほど、革命戦争で勝利したアキヒト様たちだからこそ、奴らがどう動くのかがわかったというわけですね。しかし、位置を考えれば先にフィオーレを落とされる心配はないとしても、いずれ奴らと交戦することになるのではありませんか? もちろん、こちらの準備が完全に整いさえすれば、奴らなど敵ではないでしょうが」

「さて、どうかな……」


 斥候(せっこう)からの報告によれば、ティファニア軍はフィオーレから軍を出撃させていないという。

 アキヒトがミツキとの交渉において、降伏勧告を受け入れるだろうと考えて話を進めたのもそのためだ。

 軍を派遣(はけん)しないということは抗戦(こうせん)の意思がないと考えたのだ。

 しかし、ああまではっきりと自分たちの勧告を突っぱねた以上、何らかの対策があると考えるべきだろうとアキヒトは思っている。

 なにしろ、あのミツキという男は、己と同じ世界から召喚された人間なのだ。

 召喚された異世界人が()れなく高スペックであることを考慮(こうりょ)するなら、どんな策を巡らせているかわかったものではない。

 いずれにしろ、フィオーレにティファニア軍が居残っていることを鑑みれば、自分たちが予想よりも手こずることになる可能性は高く、(おとり)である元王国軍の心配などしている場合ではない。


「納得できたのなら、仕事を頼みたいんだけどいいかな?」

「あ! は、はい、失礼いたしました長々と!」


 元々正規の軍ではないためか、特に新参(しんざん)の兵や士官は、軍属でありながら階級への配慮に欠けているとアキヒトは感じる。

 たとえ装備で圧倒しても、戦争を勝ち抜いたティファニア軍を相手にしようというのに、これでは不味いのではないか。

 参謀として同行したディマ・ゲスパーと相談し、引き()めを図るべきか。

 内心で考えながら、アキヒトは空になった杯をニコに渡しつつ指示を伝える。


「通信の中継部隊に設備を引き払ったうえ合流するよう指示を送ってくれ。もうティファニアの代表とも王国軍とも連絡を取る必要はないからね。それと、ボクがここで待っているって参謀に伝えてくれる?」

「承知いたいました!」


 ニコがテントから出ると、アキヒトは大きく息をついた。

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