第二十四節 『降伏勧告』
『驚いたな、本当に日本人なのか?』
「じゃなきゃ日本語なんて話せないだろ? オレはティファニアの被召喚者でブリュゴーリュ進駐軍総督代行のミツキって者だ」
『総督代行? それは、けっこうな地位じゃないか。キミがそんな立場に就いてるってことは、ティファニアは異世界人に対して懐柔策を採ったというわけか。うらやましいな』
「……うらやましいだと」
知った風な口を利く奴だとミツキは思う。
こいつがどれだけ苦労を重ねてきたのかなど知らないが、己とてうらやまれるほど楽をしてきたわけではない。
脅され、奪われ、死にかけ、血と泥に塗れてどうにかここまでたどり着いたのだ。
面罵してやろうかという気持ちを押し殺し、ミツキは努めて冷静に返答する。
「国をひっくり返すほどの目に遭った人間からはそう見えるのかもな。アキヒトってのはあんたのことだろ?」
『ボクのことを知っているのか。国外への情報流出には気を配っていたつもりだったけど、あの獣人から情報を得たのか、それとも他に間者が入り込んでいたのか』
「ソースについては秘密だが、他にもいろいろ知ってるぜ? おたくらがバーンクライブと組んでることとかな」
『へえ、それは――』
今度は驚いた風には見えない。
銃を鹵獲されている以上、そこは予想されていると考えていたのだろうとミツキは推察する。
『話が早いな。それに、ティファニア側の代表者がキミなのも、よく考えれば好都合だ。国境の兵士たちの装備は見たかい?』
「ああ、ライフルだろ? 通信機まで装備しているかは確認できていないが」
『しかも、送り込んだのはダイアスの最精鋭だ。戦になって勝ち目がないというのは、キミなら理解できるだろ? でも、降伏してくれれば血を流さずに済むんだ。それにキミのこともティファニアのことも悪いようにはしないと約束しよう。どうかな?』
アキヒトは穏やかな物腰で降伏を勧告する。
たしかに、状況を考慮するなら、白旗を上げるのが賢明なのかもしれない。
だが、国境に兵站も持たない軍を待機させ、離れた場所から一方的に降参をすすめてくるこの男が、ミツキはどうにも鼻持ちならない。
いや、そもそも、ライフルを目にした時から、それをこの世界に持ち込んだ人間のことを好きになれるとは思えなかった。
ミツキは息をつきながら、落ち着けと自分に言い聞かせる。
私的な感情に振り回され選択を誤ることは許されない。
まずは相手の意図を確認するべきだ。
「〝悪いようにはしない〟じゃわからないな。具体的にあんたらが何を欲していてオレたちがどうなるのかを明確に示せよ」
『ああ、それもそうだね』
交渉を続ける姿勢を見せたからか、アキヒトの表情が微かに緩む。
『まず、キミたちにはブリュゴーリュから退いてもらう。ボクたちの望みのひとつは、ブリュゴーリュの鉱山資源と製鉄技術だ。知っての通りディエビア連邦は人を売り物にしていた国だが、ボクたちが前政権を打倒し奴隷制を廃止したことで、皮肉にも国が人を抱えきれなくなってしまった。そこで解放奴隷をブリュゴーリュに労働力として入植させ、バーンクライブと共同で開発している魔導機器を量産するための工場を各地に建設する。現地で採掘、加工された金属資源をそのまま使えるというわけだね』
自分たちがあれだけの血を流して勝ち取ったブリュゴーリュをリスクも払わず資源もろともに寄こせという。
映像を映している魔導機器に鉄球をぶち込む衝動を抑えつつ、ミツキは先を促す。
「続けてくれ」
『ティファニアについては現王家による自治を認めよう。ただし、王耀晶の製造技術についてはすべてを開示したうえ、うちの国とバーンクライブとともに量産にも協力してもらう。あれがあれば魔導機器の性能は飛躍的に向上するらしいからね』
「王耀晶はティファニア王家にとって秘中の秘だ。外交カードの切り札でもある。それをわかってて言ってるんだろうな?」
『あれだけのエネルギー資源を一国の王家が独占しているという状況はあまりに不健全だ。ボクたちはこの世界の文明を次のステージに進めたいと考えている。そのために王耀晶の技術開示は不可欠なんだよ』
なにが〝次のステージ〟だと、ミツキはアキヒトの言葉を厭悪する。
文明の発展など異世界人の己らが口を出す問題ではあるまい。
こいつはいったい何様のつもりなのか。
「さっきから、うちの国にとって利になるようなものがなにひとつ示されていないな。ずいぶんと一方的な話だと思わないか?」
『いいや、ティファニアにも大きな利点がある。キミはディエビア連邦やバーンクライブ、ブリュゴーリュやティファニアが大陸南部の国ということは知っているかい?』
「ああ」
『大陸中央や北部には、バーンクライブ以上の国力や武力を有する国がカルティアを除いても少なくとも三つは存在している。そして今、世界的に異世界人の召喚が行われた結果、大陸全土に戦火が広がりつつある。今のままでは、いずれ北方より他国からの侵略を受ける。そうなれば、ボクたち南部諸王国は共倒れとなるだろう。だからこそ、ボクたちは手を取り合い戦力を増強し戦に備えなければならない。無論、いずれはキミ等にも同盟国として参戦してもらうだろうが、戦争になってもティファニアやブリュゴーリュは即座に戦火に晒されることはない。より北に位置するバーンクライブとディエビア連邦が盾になるからね。つまり、今ボクたちに降るということは、将来的にはキミたちの安全に繋がるわけさ』
「……なるほど、北より迫る脅威から護っていただけるってわけだ。国土防衛をアメリカに依存する日本みたいなものか」
『ははっ! そうそう、やっぱり日本人相手だと話が早いな!』
同郷だからこそわかる冗談だとでも思ったのか、アキヒトは破顔する。
しかし、口の端を釣り上げたミツキの目がまったく笑っていないことに、気付いていない。
『おっと、もうひとつ条件があったな。恭順の意を示すため、ティファニア王家には質を出してもらわなければならない』
「……質、だと?」
『うん。なんといったか、お姫様がひとりいただろ? それをバーンクライブに差し出してもらう。べつに殺そうってわけじゃない。あくまで保険さ。王耀晶とお姫様の身柄、支払うものはたったそれだけだ。それだけで、ティファニアは将来の脅威から守られるんだ。お互いにとっておいしい話だということがわかってもらえたと思う』
ドロティアを遠ざけられるというのは、ミツキ個人としては悪い条件ではない。
あの異常者に付きまとわれずに済むならせいせいする。
「ふはは」
想像し、おもわず笑いが漏れる。
しかし、いくら生理的に受け付けなくとも、彼女によって命を救われ、戦うための手段を与えられ、今の地位におさまっているのも事実だ。
そんな恩人を保身のため敵に売り渡すなど、道理に反すると言わざるを得ない。
それに、そもそもサルヴァが許すはずもない。
あの男は、たとえ全ティファニア国民を戦火に巻き込むことになろうと、ドロティアを守ろうとするだろう。
また、ドロティアのこと以外にも大きな懸念がある。
この男は、実のところ、バーンクライブとディエビア連邦がティファニアを降さねばならない本当の理由について明かしていない。
そして、そのことに対し、ミツキは強い不信感を抱いている。
同胞づらで相互利益を説くアキヒトが、ミツキにはペテン師に見えていた。
ミツキが笑ったことで、提案を前向きに受け取ったとでも思ったのか、アキヒトはにこやかに問い掛ける。
『さて、それじゃあ答えを聞かせてくれるかな? ああ、この場で即答が無理なら、いったん持ち帰って検討してもらってもかまわないよ?』
「いや、その必要はない。総督からは、オレが判断できるならそのまま返答してしまって良いと許可を得ている」
『へえ、信用されているじゃないか。で、どうかな?』
「……ああ」
ミツキは笑顔を作りながら短く言い放った。
「答えは〝馬鹿め〟だ」