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第二十二節 『国境』

 ティファニア軍の馬車に乗り込み、ミツキはブリュゴーリュ北部国境付近の要塞に駐留するヴォリス・ドゥ・ヴァーゼラットらと合流すべく、フィオーレから北に向かって移動していた。

 速度重視の軍用馬車の乗り心地は、以前、アタラティアの街道向こうに向かう際や、ティファニア王都でドロティアに会いに行く時に乗った賓客(ひんきゃく)用のものとは比べるべくもなかったが、ティファニアからアタラティアへ向かう際に押し込まれた囚人護送車を改造した車体に比べればはるかにマシだった。


 (ほろ)の隙間から外を(うかが)えば、かなりの速度が出ているのがわかったが、早馬と比べると到着は三日前後遅れるという。

 もし国境地帯への進軍が陽動だとすれば、このタイムロスはかなり痛い。

 それでも、馬車で移動することとなった元凶に、ミツキは忌々(いまいま)し気な視線を向ける。


「おうミュー、けっこう揺れるが酔ってねえか? つぅか、そろそろ喉乾いたよな? 今水だしてやっからちょっと待ってな」


 ミツキの目の前で、にやけ顔のオメガが、以前鳥獣屋から保護した大型犬、ミューを甲斐甲斐(かいがい)しく世話していた。

 これからたったふたりの戦力で最前線に出向こうというのに、緊張感の欠片もない。

 というか、普段あれだけガラの悪い犬男が、デレデレと雌犬にすり寄る姿は、滑稽(こっけい)を通り越して薄ら寒くすらある。

 オメガがべた惚れなのに対し、ミューの方は鳴き声ひとつ発せず、どこか素っ気ないのが、いっそう犬男の姿を情けないものと感じさせる。


「おい、あんまりかまい過ぎるなよ。ミューも少しうんざりしているみたいじゃないか」

「ああ!? んなわけねえだろ! テメエにオレとミューのなにがわかるってんだよ!」

「なにもわからねえしわかりたくもねえよ」


 ミツキは深く溜息をつく。

 これが、単にイチャついているだけなら、放っておけば良いだけだ。

 しかし、敵国が攻めてくるという状況で作戦に影響を及ぼしているのだから、ミツキは苛立ちを抑えるのに苦労していた。


 ミツキとオメガが北方の国境へ向かうと決した後、それを本人に伝えたところ、この犬男はミューの同行が作戦参加の条件だとごねたのだ。

 呪いで脅そうとしても、既にオメガはティファニア軍最高戦力の一角であり、この非常時に命を奪うなどできるはずもなかった。

 結局、問答している時間も惜しかったため、早馬での出立を(あきら)め、ミューを連れ馬車で北へと向かうことになったのだった。



 出発直後の馬車内で、ミツキはオメガに言った。


「おまえがミューを大切にしているのはわかっているが、戦に連れて行くのは彼女のためにならないだろ。彼女の身の安全を想うのなら、フィオーレに置いてきた方が良かったんじゃないのか?」


 浅薄(せんぱく)な行動を批難(ひなん)する発言に対し、オメガは意外な程に怜悧(れいり)な視線をミツキに返した。


「チッ! テメエ、オレがなにもわかってねえと思ってやがるな?」

「なに?」

「北の敵は陽動の可能性があるんだろ? だったら、むしろフィオーレに置いとく方が危ねえんじゃねえのかよ?」


 サクヤあたりにでも吹き込まれたのか、オメガは軍議の内容を知っていた。


「あくまでそういう可能性があるって話だ。それに、仮にそうだとしてフィオーレに被害が出ないよう、サルヴァ達が動いている」

「オレはティファニア軍の連中なんざ信用してねえんだよ。連中にミューを任せておけるか。たとえこれから向かうのが戦場でも、オレが付いてりゃぜってえミューだけは死なせねえ」


 そう返され、ミツキは驚いた。

 たしかに、オメガの(そば)程安全な場所も少ない。

 オメガなりに考えての行動だったらしい。



 その時の会話には、それなりに感心させられたものの、旅の間中、ミューにべったりな姿を見せられ続けると、悲壮な覚悟で戦場に向かう己がバカにされているようで、ミツキは不機嫌さを隠せない。

 非難がましいミツキの視線を受け、オメガは苦笑を浮かべて鼻息を吐く。


「ったく、人の恋路を素直に祝福できねえとはよ、テメエもさもしい男だなぁ、ええミツキよぉ。そんなにオレが羨ましいんならよ、テメエもそろそろ言い寄ってくる(メス)をつがいに選んじまえばいいじゃねえか。あのデカ女とか、じゃなきゃイカれ王女とかよ!」


 そう言ってげらげらと笑うオメガに、ミツキは敵と相対するよりも先に、殺意を抱くのだった。




「御到着、お待ちしておりましたミツキ殿! 遠路の行軍、さぞやお疲れと存じます。まずは食事と湯を用意しておりますので――」

「そんな暇ないだろ。すぐに敵軍の様子を見る。(やぐら)へ案内してくれ。それから歩きながら現状を報告、会談についても説明を頼む」


 九日をかけて国境の要塞にたどり付いた一行を出迎えたヴォリスは、ミツキの殺気立った様子に息を呑んだ。

 到着した時点で既に戦の気構えができあがっている。

 ブシュロネアとブリュゴーリュ、ふたつの国との戦で勝利の立役者となった英雄のただならぬ気迫に、アタラティアの若き将の背筋が伸びる。


「はっ! 失礼いたしましたっ!」


 一方、馬車内で苛立ちを(つの)らせたミツキは、無意識に刺々(とげとげ)しい口調でヴォリスに応対しながら、迎えられた城内を足早に進んだ。


「敵は国境付近に展開したまま微動だにしません。日の昇っている間は、あの妙な武器を構えたまま全軍が隊列を維持し、すぐにでも戦を始めるような有様ながら、自国領内からは一兵たりともブシュロネア側に足を踏み入れません」

「使節は?」

「はっ。最初に交渉について一方的に申し入れてきた後、敵陣に戻ってから一度もやって来ておりません。ただ、最初に来た際、妙な魔導機器を置いていきまして、なんでもその装置で遠距離会談を行うとか」

「罠じゃないだろうな。装置を起動した途端に爆発したりとか」

「部隊の魔導技官に見せましたが、その可能性は限りなくゼロに近いとの判断でした」

「敵についてはわかった。こちらの対応は?」

「御命令通り、監視と偵察のみを継続し、要塞内の兵には戦闘準備をさせたうえで待機させております。下士官には周囲の地形の再確認を徹底させ、参謀を中心とした将兵には敵の侵攻を予測したうえでの――」

「わかった、それについてはいい。そのまま継続してくれ」

「了解いたしました」


 報告がひと段落したところで、階段を上り切ったミツキとヴォリス、その取り巻きの将兵らは櫓の物見台に出る。

 眼前に広がる光景を目にして、ミツキは呟く。


「壮観だな」


 要塞からおそらく一キロと離れていない国境地帯に、白を基調とした鎧を(まと)った兵士たちが布陣している。


「誰か遠眼鏡持ってないか?」

「はっ! これをお使いください」


 ヴォリスの部下から差し出された望遠鏡を覗き込み、ミツキは敵陣を見渡した。


「なかなか見事なものじゃないか」


 整然と隊列を組む兵士たちは、身じろぎひとつしない。

 よく見れば、ほぼすべての兵がライフルを装備している。

 右手で銃床を支え肩に担ぐ姿は、なかなか堂に入っているが、鎧にライフルという組み合わせには違和感を覚えなくもない。


「あの白い鎧と軍旗から、おそらくはダイアスの王国騎士団かと思われます。ディエビア連邦最強の軍団と言われております」

「たしかに、強そうだ」


 いくつもの修羅場を潜ったことで、ミツキは軍の質を見る目も養われていた。

 レンズ越しに見る敵軍は、少なくともブシュロネア軍よりは余程精強に見える。

 それどころか、ティファニア王国軍にも見劣りはしまい。

 洗脳によって半ば人間を辞めていたブリュゴーリュ騎兵に比べれば迫力は感じないが、その分規律は徹底されているように見える。


「しかし、そんな連中がどうして……ん?」


 ミツキは敵兵の鎧の胴回りに意外なものを発見し首を傾げる。


「あれは、制魔鋏絞帯(せいまきょうこうたい)に見えるな。どういうことだ?」


 あの拘束具を付けているということは、誰かに行動を制御されているということか。

 傭兵や徴発した雑兵ならともかく、正規兵が行動を縛られているというのは、いったいどういうことなのか。

 いろいろ推測はできそうだが、いずれにせよ戦をする以上、まずは戦力の分析が先決だろう。


 ミツキは望遠鏡を下ろしながら呟く。


「兵は精強そうだが、輜重(しちょう)が少なすぎるように見えるな。身軽そうではあるが……」

「それは、彼奴(きゃつ)らが兵站(へいたん)を持たないゆえでありましょう」

「なに?」


 ヴォリスの発言に、ミツキの肩が小さく動いた。


「それはつまり――」

「おそらく、ご想像通りかと」


 ミツキの表情から感情が消える。

 つまり、連中は進行途中の街や村からの略奪によって、糧秣(りょうまつ)(まかな)うつもりということだ。


「……はは」


 小さく笑いを()らしたミツキを横目で窺ったヴォリスの背に悪寒が走る。

 ミツキは敵軍を(なが)めまわしながら、低めた声で呟いた。


「そういうことなら、遠慮なく(みなごろし)にできるな」

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