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第二十一節 『予測』

 ミツキの発言を受け、サルヴァは(まゆ)(ひそ)める。


「ふたりだけでってことかい? ちょっと待ってくれ、どういうことかな?」


 サルヴァだけでなく、その場の全員から(いぶか)し気な表情を向けられ、ミツキは小さく息をついてから言葉を継いだ。


「まず、なぜ連中は悠長(ゆうちょう)に平野へ布陣などしている?」

「なぜって……示威によって交渉を有利に進めるためだろう?」

「いや、たしかにこちらは先の戦いで銃についての知識を得てはいるが、結果だけ見れば圧勝している。先入観抜きに考えて、四千程度の敵に降伏すると考えるか?」


 国境地帯に布陣したという敵に対し、フィオーレのティファニア軍上層部が過剰反応しているのは、ミツキが銃の使い方と恐ろしさを大袈裟(おおげさ)な程に説明したからだ。

 以前の会議の後、鹵獲(ろかく)したライフルを使った演習を数度行った結果、ティファニア軍の将官はその脅威をよく理解している。

 しかし、ディエビア連邦側からしてみれば、先の戦闘のデータと鹵獲したライフルの研究によってティファニア側が銃の使い方を突き止めるところまでは予測できても、小規模な戦闘とはいえ一度勝利している相手に、こちらがそこまで警戒しているとは考えないはずだ。

 だから連中は、ティファニア軍が戦わずに降伏する可能性は低いと見積もっているだろうとミツキは推測する。


「ただ、ブリュゴーリュとの戦で大きな損害を(こうむ)ったティファニアが、未知の魔導兵装で武装した隣国の兵に油断することもないと考えるだろう。そして、今の我々にとって脅威となり得るのは、北から攻めてくる隣国のみ。となれば、当然多くの兵力を北方に割く。奴らはそう予測しているんじゃないか?」

「いや、しかし、それなら最初から交渉など申し入れずに北の砦を強襲して、拠点を確保、した方が……」


 そう呟いたサルヴァは、口を(つぐ)んで少しの間考えた後、目を大きく見開いた。


陽動(ようどう)?」


 サルヴァの口にした言葉に、集まった将官たちが騒めく。


「あり得ません! 隣国からの進入路は北方のみのはず!」

「と、ティファニア軍は考えるだろうと、敵も予想しているんじゃないか? そして、その裏をかけば、容易にフィオーレを陥落(かんらく)せしめ、北に出征したティファニア軍を国境の部隊と挟撃(きょうげき)することも可能だと考えるのでは?」


 将兵らが動揺(どうよう)する中、ミツキは拡げた地図を(のぞ)き込み、ブリュゴーリュの南を指差す。


「海路を使って軍を進めてくるとは考えられないか?」


 その言葉に、周りの男等は戸惑いの表情を浮かべる。


「それだけは絶対にないと断言できるな」


 そうサルヴァに言われ、ミツキは言葉を返す。


「それは、海が闇地と同様だからか?」


 海が魔獣の生息地だという知識をミツキは事前に得ていた。

 フィオーレの市場調査の過程で、海産物の流通がほぼ皆無だと気付いてソニファに(たず)ねたのだが、この世界では常識なのだという。


「そうだ。水棲(すいせい)の魔獣はもちろん、そいつらを捕食しようと狙う大型の飛行型魔獣が空を支配している」

「強力な魔法を使う魔導士や魔導兵装を積んだ船でも渡れないか?」

「まず、海中から穴を開けられる。船底に鉄板を()った船で航海を試みたことが過去にあったと聞いたことがあるが、沖に出る間もなく沈められたそうだ。海中の魔獣の中には熱や電撃への耐性を備えた個体も少なくないらしい。祝福持ちや異世界人でも渡海は無理だろう」

「そうか、じゃあ次は――」


 ミツキは南を指し示していた指を、右上に移動させる。


「国の南、フェノムニラ山脈を越えてくる可能性は?」

「……それもあり得ないだろう。頂上が視認できないほど高く傾斜(けいしゃ)も異常な程に急だ。人の手に負える山じゃあない。しかも、山肌には無数の魔獣が棲息(せいそく)している」

「山頂付近には巨大な龍の魔獣が棲み付いているという伝説もあります」

「伝説はともかく、人が越えられる山ではないし、仮に超えることができたとしてその後に戦争などできるとは思えない」


 今度はリズィに視線を向けて尋ねる。


「転移塔を使って他国から移動してくることはできませんか?」

「ふぁっ!? そそそれは、うぇっと、転移塔による長距離瞬間移動魔法には、そ、双方の施設の承認が不可欠でして、そう考えると、た、他国から相手国の承認なく移動してくるのは、簡単では、あっありません!」

「簡単ではない、ということは不可能でもない?」

「そ、そうですね。たっ、例えば、他国の工作員が、転移塔を占拠し、機構と術式に細工を施すことで強制的に承認させることは不可能ではありません。たっただ、それにはかなり専門的な知識が必要となります」

「バーンクライブは技術大国だと聞く。あるいは、ディエビア連邦には異世界人の召喚を仕組んだカルティア人がまだいるかもしれない。その場合、彼らが転移塔の操作をできる可能性は?」

「ある、と思います。起動に必要な常駐魔導士は、脅すか洗脳魔法で操ればこと足りるでしょうし……」


 リズィの回答を聞き、サルヴァが近くの部下に顔を向ける。


「ブリュゴーリュ各地の転移塔の常駐魔導士を避難させたうえ、機能を停止させるよう最寄りの進駐軍に通達しろ。中央転移塔にはフィオーレから直接部隊を派遣させるんだ」


 命令を受けた兵士は、敬礼すると会議室を走り出る。


「ティファニアの転移塔は、ブリュゴーリュからの侵攻を受けたことで、西側の副王領のものしか残っていない。国内の関所の検問もかなり厳しくなっていることを考慮すれば危険はないと思うけど、念には念を入れて後で本国に通達し対処させよう。ただ、転移塔を使っても大規模な軍は送れないだろ?」

「大人数は送れなくとも、強力な力を持った被召喚者を数人送っただけでも国をひっくり返すことはできるだろ。それに気づいたから、あんたも慌てて部下に命令したんだろ?」

「そうだね、しかし、これで北以外の経路から進軍される可能性は潰せたはずだが――」


 サルヴァは口元を押さえ、ミツキを上目遣いに見つめる。


「安心はできないな」

「ああ。正直な話、バーンクライブという後ろ盾を得ているディエビア連邦のアキヒトとかいう異世界人が、ライフル以外にどの程度のものを開発できているのかがオレにはわからない」

「それはつまり、仮にキミの世界の文明を完全に再現できたとすれば、北方以外のルートからの侵入も可能ということかい?」

「ああ、そりゃ間違いない」


 というか、そもそも地球人の現代文明の兵器を完全に使えるとすれば、例えば弾道ミサイルなどを使うことで、進軍するまでもなくブリュゴーリュやティファニアを攻撃、壊滅できるはずだ。


 鹵獲したライフルの機構から判断するなら、敵の武装はせいぜい近代レベルだとミツキは考えている。

 とはいえ、サルヴァの予想通り、ディエビア連邦が前政権を倒した時点で既にライフルの量産を終えていたとするなら、現在の最新装備がどの程度のものなのかは想像がつかない。


「わかった。そこまで考えたうえでふたりだけで向かうというのなら北の連中に対しては勝算があるのだろう? 交渉役もキミに任せようじゃないか。敵の頭目がキミの同胞だというならたしかに適役ではあるしね。ただ、キミは我々を決して裏切れないということも忘れないように」

「わかってるよ」


 最近では脅されるようなこともなくなったが、四人にかけられた呪いが解かれたわけではない。

 同胞に助けを求めても待っているのは死だけだと、サルヴァは釘を刺しているのだ。


「しかし、まんがいち奴らが別ルートからフィオーレに侵攻してくるとして、どこからやって来るのか予測も立てられないのは少々まずいな」

「それについては私に任せてもらおう」


 将兵たちを()き分けて、サクヤが姿を現す。

 彼女が軍議に参加していたのに気付いていなかったミツキは、驚きの声をあげる。


「おまえ居たのか? あ、そうか、小さすぎて気付かな――ってぇ!」


 言葉の途中でサクヤに(すね)を蹴られ、ミツキは悶絶(もんぜつ)する。

 意外にも、背丈が低いことを気にしていたらしい。


「私が各方面に眷族の蟲を放って監視しておこう」

「それは助かるね」

「ただ、敵の襲撃は察知できても、あの武器への対処法がなければ、軍を残したところで結局はいいようにやられるだけだぞ?」

「それについては、オレに考えがある。まあ、あくまでライフル対策に過ぎないんで、相手の装備次第では結局は苦戦することにはなるだろうが」


 そう言って、ミツキは事前に考えていた戦術をサルヴァ達に伝える。


「なるほど。それならライフルで攻められても対抗できそうだ。ただ、すぐにでも準備を始めないと間に合わなくなるかもしれないな」

「ああ。兵士に限らず、使える人間はすべて投入して準備に取り掛かった方が良い。オレはオメガに声を掛けてすぐに出発するから、ヴォリスには使い魔を飛ばし、オレたちが到着するまで防衛以外の戦闘行為を禁ずると通達しといてくれ。ああ、それとな――」


 ミツキはソニファへ向き直ると指示を付け足す。


「シェジアたちを呼び戻せ。こっちに置いといても厄介だから放っておいたが、南部の平定はとっくに済んでいるだろ。バカンスは終わりだって伝えといてくれ」

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