第十八節 『密偵』
「オレはティファニアの被召喚者でミツキという者だ。紆余曲折あって、ブリュゴーリュ占領軍の副将として、総督代行を任されている。で、後ろの犬っぽいのがオメガ。あんたの着替えを用意したメイドがアリアだ」
「……ウリュオーリュ占領軍」
猫女はしばし黙って俯いた。
「つまり、ウリュオーリュは、ティファニアに負けたのか」
「ああ」
答えながら、ミツキは小さく身構える。
まんがいちサクヤの不手際で洗脳が解けていなかった場合、猫女が襲い掛かってくることを警戒したのだ
しかし、猫女は含み笑いしつつ呟いた。
「いい気味ら」
どうやら、洗脳は問題なく解けたようだった。
〝いい気味〟とは、今まで洗脳され利用されてきたことに腹を立てているからこそのセリフとミツキは受け取った。
「あの化け物はろうした?」
「化け物? ブリュゴーリュ王に寄生していた奴のことか?」
猫女は小さく頷く。
「オレが殺した」
「おまえあ?」
猫女はミツキをしげしげと見つめてから嘲笑を浮かべる。
「冗談らろ?」
「冗談でもなんでもねえんだよクソ猫が」
ミツキの背後でオメガが唸り交じりに言う。
ミツキを侮辱されたと感じ、腹を立てたらしい。
意外な反応だが、悪い気はしないとミツキは思う。
「テメエのお仲間の異世界人共は、オレ等ティファニアの被召喚者が残らず殺してやったぜ。んで、あの肉の化け物を粉々にしたのは間違いなくこのミツキだ」
「残らうらと?」
猫女が、猫づらゆえミツキにはわかり難かったが、訝し気な表情を作る。
「それは、〝千軍妃〟もか?」
「ああ? 誰だそりゃ?」
「赤い肌に青い髪の女ら」
「それなら、たぶんサクヤが相手をした奴だろう」
「あれも殺したのか? 信りられない。ろんな奴らそのサクヤというのは」
「おまえの洗脳を解いた女だ。正気に戻ってからだと、さっきちょっと会っただろ。白い肌と銀髪に紫の瞳の小娘だよ」
「ふぇ!? そ、そんなのと会わ!? 会う!? あわわうぅ……」
「ちょ、ごめん今のなし! 会ってない! 会ってないよな!」
ミツキは頭を抱えて震えだした猫女に対し咄嗟に声を掛けた。
また失禁でもされてはかなわない。
しばらく震えていたものの、ミツキの語り掛けが奏功したのか、猫女は徐々に落ち着きを取り戻した。
「す、すまん、なにやらとても嫌なことを思いらした気あして、急に頭あ痛くなったんらか、もうらいよううら」
「あ、ああ、大丈夫か。それは良かった」
猫女の舌っ足らずな言葉づかいに、ミツキは確認の意味も込めて相手のセリフを復唱する。
どうも声帯がこの世界の言語に適していないのか、濁音の発音ができないらしい。
それも仕方ないだろうとミツキは思う。
まったく別の世界から無作為に連れて来られた以上、むしろ言葉をしゃべれるだけでも珍しいぐらいだろう。
「で、だ。ブリュゴーリュとティファニアについてはだいたい理解してもらえたと思う。あんたをわざわざ隣国の追手と交戦してまで回収したのは、あんたが持ち帰った情報を知りたかったからだ」
「情報か」
猫女は俯き溜息をつく。
「イィエイア連邦とアーンクライウが北部諸国統一のため軍事同盟を結んらというのは先に報告したから知っているな?」
ミツキは小さく頷く。
「正直、それ以外にはあまり大した情報は持ち帰れなかった。何故なら私たちは元々前政権への調査を命りられていたからら。れも、ライアスに潜入しているあいらに、反政府組織による革命あおきて、調査はすえて無駄になった」
「前政権の?」
猫女の発言に、ミツキは小首をかしげる。
「でも、あんたを追っていたのは、現政権の兵士たちだろ?」
「そうら。手うられは帰れないと考えた私たちは、革命軍の立ち上えた現政権の、主に戦力について調えようと考えた。前政権を打倒するほろの軍事力はウリュオーリュにとっても脅威となり得るらろうからな。そこれ、私たちは奴らの軍事施設への潜入調査を試みた。しかし、奴らの警備は前政権とは比較にならないほろ厚く、発見された私たちは秘密保持のために追われる身となった。激しい追撃をろうにか交わしなあら、せめて入手した分の情報を持ち帰ろうと必死に逃え回って所定の経路で本国に戻ろうとしたというわけら」
「軍事施設?」
「ああ。新政府軍はアーンクライウから提供された武器を備えた奇妙な軍隊らった」
「ライフル、あんたを追跡していた兵士が装備していた武器だな?」
「あれらけやぁない。もっと巨大な武器が大量に運い込まれていたんら。その使用用途を調えようとしたんらあ、結局無理らった」
「もっと巨大な武器、だと?」
「ああ。おそらく魔導兵装の一種れはないかと思われる。れも、ああも馬鹿レカいんりゃ、〝兵装〟って感いれはないな。魔導〝兵器〟と言った方あ適当らろう。といっても、ろう使うのかまるれ見当もつかなかった」
野戦砲かなにかだろうかとミツキは想像する。
あるいは、それよりもっと厄介なものかもしれない。
先日の会議での想像を踏まえ、ミツキは奴らがどんな兵器を揃えているのか気が気でない。
「ああ、そういえあ」
猫女は思い出したように言う。
「イィエイア連邦革命軍をまとめあえ、現政権の代表を務める男は、我々と同り被召喚者ら。名前はたしか、アキヒトとかいった」
「……アキヒト、か」
ミツキの世界の日本人名と考えて間違いなさそうだ。
だとすれば、そいつがこの世界に近現代兵器の情報を持ち込んだと見るべきだろう。
「奴自身は非力な人間らったようらあ、周囲に複数の異世界人を連れている。私と行動を共にしていた被召喚者を殺したのも、その中のひとりら」
「行動を共にしていたというのは〝翼槍〟だな?」
「そうら。この世界の人間と似通った容姿の異世界人らったあ、背中に翼が生えていて、空を自由に飛い回れた。らから、偵察や潜入はお手の物らったし、槍を持たせれあ、空からの一撃離脱戦法で無類の強さを発揮した」
〝翼槍〟のことを語る時、猫女の声は、少し高揚しているようにミツキには感じられた。
洗脳中に命じられた任務とはいえ、ともに死線を潜る中で、彼女たちなりに信頼関係を築いていったのかもしれないとミツキは想像する。
だが、彼女の表情はすぐに曇った。
「れも、鳥に成りすまして空高くから敵の様子を窺っていたあいつは、あの妙な武器れ、一発れ仕留められて墜落した。死体を確認したわけやぁないら、撃たれたうえにあの高度から落下して助かるわけもない」
「その時、あんたの相方を仕留めたのが、敵の被召喚者だと?」
「ああ、間違いない。そいつあアキヒトの護衛に付いているのも確認している。この世界の人間によく似ているあ、服装からして完全に浮いていたから、おそらく異世界人らろう。やたらと目の良い女れ、最初に私たちにきういたのも奴ら」
「あんたの相方は、その時どの程度の高さを飛んでいた?」
「鳥に成りすましていたくらいらから、地上からは翼のシルエットが辛うりて確認れきるくらいの高さら」
それ程に高高度の飛行物を一発で仕留めるということは、余程の腕前だろう。
そいつも自分と同じ世界出身で、ライフルを使った狙撃の技能を持っているのかもしれないとミツキは考える。
あるいは、射程を考えれば、銃も特別製かもしれない。