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第十七節 『青猫』

 会議から十日の後、ミツキはサクヤに呼ばれて城の地下施設に出向いていた。

 目の前には、(おり)を間に挟んで、拘束衣(こうそくい)を着せられた獣人が椅子に座らされている。

 元々留置場だった施設だけに、牢獄のいくつかは手付かずで残されており、彼女もそのひとつに入れられていた。

 やたらと大きな椅子には肘掛(ひじか)けが設置されているが、獣人の腕は胸の前で交差するように固定されている。

 また、背もたれの後ろから伸びたベルトが腹や首に回されており、どうやら椅子に縛り付けられているらしかった。


「信じられねえな」


 ミツキの背後でそう(つぶや)いたのは、念のため同行させたオメガだ。

 ここのところミューとの時間をなにより重視しているオメガは、声を掛けられても同行を渋ったが、結局は嫌々といった態度ながら承諾(しょうだく)した。

 ミューの件でミツキが散々便宜(べんぎ)を図り、犬とは思えぬ好待遇(こうたいぐう)で城に住まわせ、世話のサポートもしているので、ここのところオメガはミツキにあまり強くでることができないでいる。


「……信じられないって、なにがだよ?」

「マジで猫づらじゃねえか」


 オメガの答えを聞いて、おまえが言うのかとミツキは思う。

 犬づらも猫づらも大差はあるまい。


「で、なんかぜんぜん動かないけど、体内洗浄は済んだんじゃなかったのか?」


 ミツキは傍らのサクヤを横目で(うかが)いながら問う。


「ああ、終わった。しかし、洗脳が解けたからといって、大人しく言うことを聞くような気性でもなくてな。見ろ」


 そう言って、打掛(うちかけ)の袖を(まく)れば、真っ白な二の腕に赤い四本線が走っている。


「引っ掻かれたのか?」

「ああ、暴れて逃げ出そうとした。で、いつものアレで動きを封じて拘束した」


 サクヤの言う〝いつものアレ〟とは、額の目による金縛りのことだとミツキは察する。

 これまで散々ミツキに煮え湯を飲ませてきたサクヤの得意技だ。


「拘束している理由はわかったが、意識を失っているのはどうしてだ? ()()()の時間でもないだろ」

「ああ、拘束衣で動きを封じようとも、金縛りが解ければかまわず暴れ出すと容易に想像できたものでな。少々(しつけ)を施してやった」

「躾?」

「ああ、人の腕を引っ掻くような行儀(ぎょうぎ)のなっていないケダモノには必要な処置だろう?」

「な、なにをやったんだよ」


 おそるおそる(たず)ねるミツキに、サクヤは薄く笑みを浮かべてみせる。


「なに、大したことはしていない。私の魔眼で少々幻覚を見せてやったまでだ。ただ、幻覚といっても、視覚以外の五感にも作用する非常に高度な幻惑術だ。そいつで少しばかり怖い思いをしてもらった」

「いったい、どんな幻覚を見せたんだ?」

「さてな。私はこいつがもっとも恐ろしいと感じるものを見せたまでだ。実際になにを見たのかまでは、本人以外はわからん。ただまあ、余程恐ろしい体験をしたのは間違いない。なにしろ、術を解いても泣くわ(わめ)くわ失禁するわで話にならん。仕方がないので薬で眠らせたうえ外法で短期記憶を消したのだ」

「……鬼かよ」


 サクヤならもっと穏便に対処できたのではないかとミツキは考える。

 おそらく腕を引っ掻かれたのが気に食わなかったのだろう。

 不気味に微笑むサクヤに視線を向け、つくづく怒らせたくない相手だとあらためてミツキは実感する。


「いやでも、記憶を消しちゃったら意味なくないか?」

「たとえ記憶を失ったところで、恐怖心というのは無意識下に刷り込まれるものだ。目が覚めれば私がなにをしたか覚えておらずとも、程良く私を恐れ、従順になるはずだ」


 そう言ってサクヤは、袖の内から取り出した()()()のようなものに、指先に灯した鬼火を近づける。

 あたりに煙が漂い、鼻を突くような刺激臭にミツキは顔を(しか)める。


「な、なんだこれ?」

「気付けの香だ。猫女が目を覚ますぞ」


 そう言う間にも、猫女は意識を覚醒(かくせい)させ、(うつむ)けていた顔を持ち上げる。


「……うぅ」


 施設内の灯りを受け、ゆっくりと開いた猫女の瞳孔(どうこう)がキュッと細くなる。

 ますますもって猫らしいとミツキは思う。


「ここ、は?」


 緩慢(かんまん)な動きで周囲を見回していた猫女の視線がサクヤに留まり、その身がぎくりと強張る。


「お目覚めだな。気分はどうだ?」


 問い掛けるサクヤに視線を釘付けた猫女は、口をパクパクと動かしてから小さく声を漏らした。


「――ッヒ」

「ひ?」


 どんな言葉を発するのか注目していたミツキたちは、続く猫女の反応に目を見張った。


「ヒュッ……ヒューッ! ヒューッ!」


 猫女は大きく開けた口から不快な音を()らしながら大きく身を仰け反らせる。

 限界まで見開かれた目は恐怖の色を映し、目と口の端から涙と唾液を(あふ)れさせている。


「おい、過呼吸を起こしてるぞ! なんでこんなに(おび)えてるんだよ!」

「ふむ。予想以上に処置が効いているようだな。まるで死刑執行人でも前にしているような反応だ」

「どこが〝程良く〟だ! 完全に心的外傷(トラウマ)もんじゃないか!」

「なるほど、そういう手もあるか。次はこれをミツキに……」

「はぁ!? なんでオレの名前が出てくるんだ! とりあえずおまえが居たら話にならないから牢の鍵を置いて姿を消してくれ!」

「おい、ミツキ! この女漏らしちまってるぞ!」

「ウソだろ!? オメガはちょっとひとっ走りしてアリアを呼んできてくれ。相手が異世界の獣人じゃ城の使用人に任せるわけにもいかないから」

「ったく、仕方ねえな」


 こうしてサクヤを追い払ってから急遽(きゅうきょ)呼び出したアリアに猫女を任せ、ミツキ達も一旦外に出た。



 施設の扉の前でオメガとともにしばらく待っていると、中からアリアが顔を(のぞ)かせた。


「整いました」

「あ、ああそう。悪いな手間をかけて」


 元居た世界の芸人のようなアリアのセリフにやや困惑しながら、ミツキは彼女の後に続いて再び地下施設に足を踏み入れる。

 牢の中には汚れた拘束衣から着替えた猫女が、先程とは打って変わって不遜(ふそん)な表情で椅子に座っていた。

 その服装を見て、ミツキは戸惑う。


「おいアリア、どうしてこの女はメイド服を着てるんだよ」

「はいミツキ様。私はおいぬ……こほん、オメガ様より事情を聞かされ、そのまま引きずられるようにここへ連れて来られたのでございます。なにか着替えを見繕(みつくろ)おうと思いましたものの、オメガ様があまりに急かされるので、とりあえず手近にあった私物から一着(つか)んで駆け付けた次第でございます。決して私の趣味で持ち寄ったわけではございません」

「……あんたのメイド服かよ」


 しかも、スカートの裾の一部に、ミツキの目の下にも印字されているティファニア国を示す幾何学模様(きかがくもよう)が刺繍されていることから、ブリュゴーリュとの戦の前、アリアからねだられてミツキがオーダーメイドで作らせた戦闘用のメイド服だとわかる。

 予備も含めて六着を進呈したはずなので、その中の一着だろう。


 どうやら猫女はアリアよりもバストサイズが大きいらしく、胸元の生地が大きく引っ張られ横向きの(しわ)が寄っている。

 ただし、谷間の強調された胸元は青い毛皮に覆われており、なにかものすごくマニアックなジャンルのコスプレのような出で立ちになってしまっている。

 さらにミツキの目を引いたのは、コルセットの上から取り付けられた巨大な鉤爪(かぎづめ)のような金具だ。


「あの腹の装置って……」

「はいミツキ様。制魔鋏絞帯(せいまきょうこうたい)でございます。制服と一緒に持参(じさん)いたしました」


 かつて、被召喚者の中でも魔力量の多い者に取り付けられていた拘束具だ。

 符丁(ふちょう)を口にするだけで腹を気絶するほどに()め上げる。

 ミツキ以外の選別通過者四名は、皆これを腹に付けられていた。

 最近では、オメガに頼まれ身請(みう)けしたミューにも、これの簡易版(かんいばん)のようなものが取り付けられていたのをミツキは思いだす。


「なんで、こんなものを」

「この方は皆さまとは異なり、呪いによって行動を戒められておりません。よって、安全策として装着させていただきました。ブリュゴーリュに向かうこととなったとき、こんなこともあろうかと、本国より携行(けいこう)いたしましたものでございます」

「用意のよろしいことで」


 それにしても、異世界人相手によく取り付けたものだとミツキは感心する。

 先の戦では、オメガを倒したブリュゴーリュの被召喚者に、不意打ちとはいえ致命傷を負わせたと聞いていたが、どうやら使用人としてだけでなく戦闘者としても一流なようだ。


「さて」


 ミツキはメイド服姿の猫女に向かって一歩踏み出す。

 サクヤ相手に随分(ずいぶん)暴れたらしいが、制魔鋏絞帯の効果か今は大人しくしている。


「ブリュゴーリュの被召喚者、〝青猫〟ってのはあんたのことだな?」


 女は今度は怯えることもなく、ミツキに細長い瞳を向けた。


「おまえは、()()?」

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