第十二節 『会談』
ディエビア連邦の北西に位置する国、ブリリアの首都王宮内の一室で、二組の男女が顔を突き合わせていた。
一方のソファに腰掛けるのは、ディエビア連邦宗主国、ダイアスの臨時代表にして、連邦を革命に導いた旗頭でもあるアキヒトという異世界人の青年だ。
その傍らには、同じ世界出身のヒカリという名の少女も同伴している。
さらにふたりの背後には、ダイアス王の護衛の異世界人を一蹴した女のひとり、トモエが控えている。
得物は帯びていないが、実は無手でもかなりの使い手であり、要するにふたりの護衛として付き従っている。
彼らに相対するように、卓を挟んで革張りの椅子に身を沈めているのは、十代後半程度の年若い男だ。
緑の瞳に褐色の肌、頭髪は黄色に近いブロンドで癖がやや強く、緩めのツイストパーマをかけているような髪質だ。
アキヒトと比べてもひとまわり程は背が低く、顔立ちも幼さを残している。
服装は、黒の上質な生地で作られたスーツのようなデザインのセットアップを着込んでいる。
白いシャツの胸元には、瞳の色に合わせたのか、深緑のクラバットが巻かれ、シックな服装に華を添えている。
組んだ足先で光沢を放つドレスシューズにしても、明らかに高級品ということがアキヒト達にはわかった。
この洒落た若者こそ、大国バーンクライブを即位からたったの三年で産業革命に導き、その二年後には量産した魔導兵装の全軍配備を実現させた若き王、アルハーン・リ・ディア・バーンクライブスだった。
さらに、その背後には、深紅の瞳と青白い肌色、純白の髪を後頭部で編み上げた、長身の女が控えている。
容貌は儚げだが、その身はバーンクライブの軍でも親衛隊のみが着用を許されている黒い制服に包まれている。
両肩にエポレットを配したダブルのジャケットに、パンツは腰部から腿にかけてが極端に広がっており、その裾はロングブーツの中に押し込まれている。
ジャケットの下に覗くシャツとタイも黒で統一され、生地の縁には皮革を用いたパイピングが施されている。
黒一色の中に、ボタンをはじめとした金具の銀だけが、照明を反射して強い光を放っている。
女は名をファナ・ローラルといい、アルハーンの警護として常時影のように寄り添っていた。
何らかの〝祝福持ち〟という噂だが、詳細はアキヒトたちも知らない。
ただ、魔導士嫌いのアルハーンが、〝祝福持ち〟を連れていることから、彼女がいかに特別な存在であるかは容易に察せられた。
書類を捲っていたアキヒトは、内容の確認を終えると、大きく息をつきアルハーンの顔に視線を向けた。
「注文の品、確かに受領いたしました。まさかこの短期間で本当に仕上げていただけるとは驚きです。感謝いたします陛下」
「他ならぬアキヒトの頼みだからな。立場上、余は本国に友と呼べる者がおらん。国籍にとらわれない、異世界人の貴様だけが余の友なのだアキヒト。その友たっての頼みであらば聞き入れんわけにもいくまいよ」
「……身に余る光栄です」
屈託のない笑みを浮かべる少年王に、アキヒトも親し気な表情を向ける。
が、アルハーンの善意を額面通り受け取るほど、アキヒトはお人好しではない。
この好奇心旺盛な王が、自分のことを気に入っているのは間違いないとは思う。
しかし、好条件での軍事支援は、単に自分にとって都合の悪い存在を手を汚さずに消したいからに他ならない。
アキヒトらがギロチンにかけたダイアス王、バレルモ・ジ・アスモ・ディアスにしても、異世界人の力をもって周辺国に攻め入ろうとしていたのが、革命後の調査で判明している。
一方、バーンクライブの魔道機甲兵団は大陸屈指の戦力を誇ると聞くが、どういうわけか同国ではカルティア人による異世界人の召喚が行われていないらしかった。
それゆえに、異世界人という未知の脅威を擁した周辺国との戦争は避けたかったはずだとアキヒトらは確信している。
とはいえ、だからこそディエビア連邦各地の反政府軍に対し密かに武器を横流ししていたバーンクライブの工作員と接触し、同国中央と交渉の場を設けることにも成功した。
そこで、よもや直接国王と話を付ける羽目になるとは思わなかったが、アキヒトが元居た世界の科学知識や技術に価値を見出したアルハーンは、彼が発案しその仲間が設計した武器の量産を引き受け、結果ディエビア連邦の革命は成功した。
そして現在、アキヒトは軍事支援の条件としてアルハーンと結んだ約定を果たすため、更なる軍備増強に追われている。
今回アルハーンがやって来たのも、アキヒトがバーンクライブへ発注していた装置の引き渡しのためだ。
もっとも、開発した機器を渡すためだけに、わざわざ同盟国へ出向いていることから、己を友と呼ぶアルハーンの言葉のすべてが偽りというわけではないとアキヒトは受け取っている。
「しかし、上からでは無理だから、今度は下からとは、やはり貴様の発想はぶっ飛んでおるな!」
「そんな突飛な発想を荒唐無稽と笑わず、実現可能なものとして受け入れてくださった陛下と、こちらの要望通りの装置まで組み上げてしまうバーンクライブの技術者も大概かと存じます」
アキヒトの回答を聞いたアルハーンはケタケタと笑うが、笑い事ではないとアキヒトは思う。
ディエビア連邦を革命にまで導いた武器の開発と量産はもちろん、バーンクライブの工房はアキヒトのあらゆる提案をほぼ完璧に実現してきた。
実のところ、その大半は形にすらできまいと踏んでいただけに、アキヒトはバーンクライブの技術力の高さを称賛するよりもそら恐ろしいと感じている。
この世界では、精密機械に必須となる動力を蒸気機関や電力に頼ることなく、魔力を用いてかなり容易に補えるというのも大きいのだろう。
問題は国家間の文明に格差があり過ぎることなのだとアキヒトは考える。
アキヒト達を召喚したディエビア連邦の文明レベルは、カルティアから提供されたという魔導機器を除けば、中世レベルだといえた。
だが、バーンクライブは近代レベルの開発力と生産技術を持ち、アキヒトらが知識やアイディアを供与すればしただけ急激に進歩していくのだ。
そして、テクノロジーというものは、積み上げた分だけ、さまざまな分野への応用が可能となり、文明レベルを爆発的に引き上げる要因ともなり得る。
それは己の世界の近現代文明の成立を振り返れば明らかだとアキヒトは考える。
ゆえに彼は、己の行動によってバーンクライブがこの世界の超先進国となり、やがて覇権主義へと走るのではないかと憂慮していた。
ただ自由を勝ち取るために始めた自分たちの戦いは、とんでもない所へ向かおうとしているのではないか。
会話の合間にも、沸き上がる不安に胸の内をざわつかせていたアキヒトは、応接室の扉がノックされた音に振り返る。
宮殿内の人間には、余程のことがない限りアルハーンとの会談を妨げぬよう、強めに通達していた。
つまり、余程のことがあったということか。
アルハーンに謝罪したうえで一度退出しようとアキヒトが向き直ると、隣国の王が先に口を開いた。
「なにか火急の要件のようだな。余のことは気にせず応対するが良い」
「申し訳ございません陛下。ヒカリ、あとを頼むよ」
「うん、任せて」
地球の現代文明に多大な関心を抱くアルハーンの話相手は、アキヒトだけでなく同じ時代から召喚されたヒカリにも可能だ。
また、ヒカリの温和な性格はアルハーンに気に入られてもいるようだった。
ただし、話題については、アルハーンは軍事や科学技術を好む傾向にあるので、やはりヒカリよりもアキヒトとの会話を希望しているのも理解していた。
アルハーンは少し席を外した程度で機嫌を損ねるような人物ではないが、それでも大事な後援者だ。
できるだけ早く戻ろうと、気持ち急ぎ目でドアに向かったアキヒトは、扉の向こうにいたのが意外な人物だったため、一瞬戸惑いの表情を浮かべた。
「ディマさん? どうしたのですか?」
そのディマ・ゲスパーという三十代後半ほどの男は、元はダイアスの高官でありながら、圧政を布く王に反発して革命軍に情報を流し、王都キューレットへ引き入れた人物だった。
革命後は、政を行って来た人間の多くが処分されたため、人手不足の状況の中、特に内政面でアキヒトをよく補佐していた。
容貌は、痩せ型で目が糸のように細い以外はこれといって特徴のない顔だ。
服は暗い紫のゆったりとした長衣で、ワイドパンツの下に覗く足には黒い短靴を履いている。
ディマはアキヒトの耳元に顔を近づけると、囁くように伝える。
「例の被召喚者と思われる獣人を追跡していた部隊との連絡が途絶えました」
「……そうですか。イヤーカフの反応は?」
「すべて喪失しております。しかし、反応を見失う前に、ブリュゴーリュ方面に移動していることを確認いたしました」
「あの獣人は、返り討ちにした相手の装備を奪ったりしてはこなかった。つまり、別の何者かが邪魔をしたと考えるべきでしょう。イヤーカフの移動は、返り討ちにした追跡部隊の装備が鹵獲されたから。そしてブリュゴーリュ方面に向かったということは……ティファニア軍にあの獣人を確保されたと見るべきですね」
「はい。ですから緊急でお知らせしたのです」
「……たしかに、少しまずいですね。予定を繰り上げた方が良いかもしれません。ディマさん、アルハーン陛下からいただいたものの手配を急いでください。組み上げ次第、急ぎ作業に取り掛かるように。それと、拘禁中の王国騎士団を動かす準備もお願いします」
「ということは」
「ええ、もう少し先の予定でしたが、ティファニアと、ことを構える準備を始めましょう」
一礼し、いそいそと立ち去るディマの背を見送るアキヒトの表情は、憂鬱な感情に沈んでいた。