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第十一節 『弓箭』

 リーズの視線の先には、先程彼女に狙いを付けて攻撃してきた敵が倒れていた。

 それだけではない。

 魔視で視認していた十名近い敵の半数以上が、リーズが草むらから飛び出して木陰に隠れ、目眩(めまい)を覚えて(ひざ)を着きながらも再び戦場へ視線を向けるまでの(わず)かな間に倒されていた。


「え? だ、誰がこんなこと――」


 そう(つぶや)く間にも、飛来した矢が遠方の敵の首を貫き、射られた者は隠れていた木の幹にもたれかかるようにして身を崩した。

 矢が飛来した方向を視線で辿(たど)ったリーズは、(はる)か遠方の樹上に小柄な人影を認めて目を見張る。

 あの距離からピンポイントで命中させたのか。

 樹上の人物の魔力色は、戦場に散らばる敵味方とは異なり、深い緑青色だ。

 その色から、乱戦の只中(ただなか)という状況に相応しくない冷静さが(うかが)える。

 技術といい感情のコントロールといい、兵士として明らかに傑出(けっしゅつ)している。


「……すっご。あ、でもまずいかも」


 リーズは一ヶ所に集結した三人の敵兵が樹上の味方に向かって駆け出したのに気付く。

 同じ場所から続けて狙撃を行ったため位置を特定されたのだろう。

 敵兵たちはリーズに背を向けるように走っている。

 射抜こうと弓を構えかけるが、木々が邪魔で命中させる自信がない。

 周囲を窺いつつ、後を追うため木の影から飛び出す。

 しかし、仮に狙撃が可能な位置まで追いついても、敵は三人だ。

 最初のひとりは仕留めることができても、あとのふたりから反撃を受けるかもしれないし、先に樹上の味方を殺されるかもしれない。

 そんなことを考えながら身を低くして駆けていたリーズは、樹上の人物が一度に三本の矢を(つが)えるのを視認し絶句(ぜっく)した。

 まさか、一度に三人射る気だというのか。

 おもわず足を止めた瞬間、放たれた三本の矢は吸い込まれるようにして三人の敵の顔面を貫いた。

 疾走中だった敵は、後方へ宙返りでもしたように吹っ飛び、動かなくなる。


「信じられない。なんて人なの」


 あんな曲芸染みた技を実戦で、それも自分に接近する敵に使うなど正気とは思えなかった。

 リーズも弓の腕には自信があるが、遠方の味方に比べれば凡庸(ぼんよう)の域を出ない。

 自信を失いかけながらも、味方の危機が去ったことに安堵(あんど)したリーズは、その味方に視線を向け、おもわず息を()んだ。

 どういうわけか、樹上の人物は、己の方に番えた矢を向けている。

 まさか敵と間違えているのかと考え、咄嗟(とっさ)に声をあげようとするも、先に矢が発射される。

 己に向けて一直線に飛来する矢にリーズが死を覚悟した瞬間、矢は軌道を曲げ回り込むように彼女の横をすり抜けた。

 背後で小さく悲鳴が上がり、リーズが振り向くと、筒状の獲物を握った敵兵が胸を矢に貫かれ絶命していた。


「……助けられたの?」


 安堵しながらも、いったいどのようにして矢を曲げたのかと首を傾げる。

 発車の瞬間に魔力を視認できなかったということは、魔法を使ったとは考えにくい。

 あらためて樹上の人物に視線を送れば、その手が(のど)に添えられた直後、隊長からの通信を受ける。


『作戦終了。全員仕留めたので、敵のキャンプ地に集合してください』


 そこではじめて、リーズは樹上の人物が隊を指揮するエウル・クーレットだったことに気付く。

 自分と同じ闇地出身者だと聞いて親近感を覚えていた一方で、少女のような容貌からなんとなく侮っていたが、部隊の指揮を任されているティスマスや副官のジャメサが一目置いている理由がようやくわかった。


 通信に従い、敵のキャンプ地に駆け付けると、既にエウルは到着していた。

 自分よりも遠方にいたことを確認していただけに、リーズはさらに自信を失う。


「妙な武器を使う相手でしたね」


 気落ちするリーズに、エウルが話し掛ける。

 その手には、敵の死体から回収したらしい筒状の武器が握られている。


「は、はい。私も始めて見る武器でした。あの隊長、先程はありがとうございました。おかげで命拾いしました」


 敵の武器に視線を落としていたエウルは、顔を上げて首を傾げる。

 どうやら礼を言われた理由がわからないようだ。


「……背後の敵を倒していただきました」

「ああ、あれ、あなただったのですか。あの距離だと味方の制服しか判別できなかったので気付きませんでした。ボクが射ったとわかるなんて、すごく目が良いんですね」


 一瞬皮肉かと疑うが、エウルは邪気のない笑みをリーズに向けている。


「礼には及びません。あなたもボクに敵が向かって来た時、助けようと走り出してくれたでしょう? 仲間なんだから、フォローし合うのは当然ですよ。ましてボクは、分不相応にも隊の指揮を任されたんですから、部下の身の安全には責任があるんです」


 リーズは一瞬でも穿(うが)った考えを抱いた己を恥じる。

 それに、自分が活躍することばかり考えていた己に比べ、なんと人間ができているのか。

 暇さえあれば女隊員を口説いて回っているティスマスや、いかにも剣にしか興味がなさそうなジャメサよりも、余程人の上に立つのに向いているのではないか。


「皆が集まったら、敵の遺体と持ち物を回収します。遺体はまとめて埋めるとして、彼らの持ち物は捕獲対象と一緒にすべてフィオーレに送るべきでしょう。ディエビア連邦にしろバーンクライブにしろ、隣国があんな武器を大量に配備していたとすれば、ティファニアにとってかなりの脅威になるはずです。総督(そうとく)代行に渡して、これからの対策を協議しなければならないでしょう」


 どこか焦りを窺わせるエウルの表情を見て、リーズは疑問を口にする。


「たしかに、弓よりも厄介な武器だとは感じましたけど、それほどの脅威になりますか? 我々でも対処できたのですから、そんなに慌てることもないのでは?」

「いえ、ボクたちがさほど被害を出さずに済んだのは、地形的な要因が大きい。たとえば平地で横隊となった敵が一斉にこの武器を使ったとしたら、騎兵や歩兵はもちろん弓兵も魔導士も、何もできずに総崩(そうくず)れとなるでしょう」


 エウルの発言を脳裏にイメージし、リーズは青褪(あおざ)める。

 ひょっとするとこの追跡者たちの背後にある国は、ブシュロネアやブリュゴーリュなど比較にならないほど厄介な敵となるのではないか。


「まあ、ここでボクたちがなにを言っていても仕方ありません。考えるのは上の人たちの仕事です。ボクたちはボクたちにできることをしましょう」


 己を気遣うようなエウルの表情を見て、リーズは己の内のネガティブな感情が薄れるのを自覚した。

 そして、新たな戦の気配に一抹(いちまつ)の不安を覚えながら、この年若くも頼りになる上官のもとで戦える幸運を喜ぶのだった。




 その頃、歩兵部隊と合流したティスマスとジャメサは、部下に抑え込まれた捕獲対象と対面していた。

 体にはボロ布を(まと)い、頭部もフードのようなものを被って隠している。

 ティスマスが部下に向かって小さく(うなず)くと、頭部の布が()ぎ取られ、その素顔が(さら)される。


「……なるほど、間違いなく異世界人だね」


 現れたのは、真っ青な毛皮に覆われたネコ科動物を思わせる獣づらだった。

 手足にも同様の毛が生えていることから、どうやら全身が覆われているようだ。

 胸元の膨らみから、女であるらしいとも判断できた。

 猫女は、警戒心をあらわにしながら、目の前に立つティスマスに問う。


「なん()おまえらは。私を()うするつもり()!」


 妙に舌っ足らずな発音だが、気にせず言葉を返す。


「上からの命令でね、キミを迎えに来たのさ」

「上から? ということは、()リュ()ーリュ(うん)人間(にんえん)()な!?」

「そうそう、ブリュゴーリュ軍のね」


 ティスマスはとりあえず話を合わせる。

 この獣人の女は、先の戦の際の異世界人と同様、(もや)の洗脳を受けている可能性が高い。

 そしてもしそうなら、王が死んだと伝えれば、ビゼロワ市民と同じように、自分たちに襲い掛かって来るのは明白だ。

 女が異世界人ということを考慮(こうりょ)すれば、戦闘となって部隊が全滅するということにもなりかねない。

 そんなティスマスらの内心には気付く様子もなく、猫女は押さえ付けられた身を必死に(よじ)りながら訴える。


()ったら、早く私を王の元へ連れ帰れ! 一刻も早く報告しなけれ()ならないこと()あるん()!」

「報告? それなら使い魔を飛ばそう。私たちよりも先に王都へ知らせることができるよ。で、王には何を伝えるんだい?」


 にこやかに対応していたティスマスだったが、猫女の次の発言を聞いて戸惑いの表情を浮かべた。


()ィエ()ア連邦と()ーンクライ()軍事同盟(うんいろうめい)を結ん()! 奴らの狙いは北部(ほくう)諸国統一()。い()()リュ()ーリュにも攻めてくる()!」

「えっと……何て?」

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