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第十節 『魔視』

 追跡者たちの得物には攻撃の回数に制限があるらしいということはわかっていた。

 そして、それが限界に達すると、何かを補充する必要があるようだった。

 当然、その時に隙が生じるわけだが、相手が三人いる以上、同時にその好機を作るのが、もっとも安全で確実に勝つ方法だとティスマスは判断した。

 三人の前に突然姿を見せ、焦りを(あお)るよう徐々に距離を詰めてみせたのも、三人がタイミングをずらして攻撃するような工夫をさせず、同時に隙を生じさせようという目論見(もくろみ)ゆえだ。

 そして今、相対する三人の追跡者は、攻撃を(かわ)され続けて慌てた挙句(あげく)、限られた攻撃回数をほぼ同時に消費し尽くした。


 必死の形相(ぎょうそう)でウェストバックから取り出した金属のパーツを得物に挿入しようとする三人を凝視(ぎょうし)しながら、ジャメサは腰に帯びた刀の鯉口(こいくち)を切って走り出す。


 ブリュゴーリュへの進軍中、賭場(とば)での決闘を経て約束したように、ミツキはブリュゴーリュの鍛冶(かじ)職人を自ら指導して二尺四寸(にしゃくよんすん)程の打ち刀を製作しジャメサに与えていた。

 また、日本刀の特性から、居合に剣道の基本や型、果ては剣豪の逸話に至るまで、剣術に関する知識を可能な限り教え込んだ。

 ミツキ自身は、既に達人級の剣腕を誇るジャメサに対して剣を語るなど釈迦(しゃか)説法(せっぽう)以外のなにものでもないと考えていたが、闘技場に買われて以来、己の腕だけを頼りに戦って来たジャメサにとって、人から教えを()うということは非常に新鮮な体験だった。

 それに、実際学ぶべきところも少なくなかった。

 例えば、歩法によって重心の移動を制御する術など、戦闘の経験こそ豊富でも武術を学んだことのないジャメサにとっては目からうろこだった。

 そして、知識を得た後は、新しい得物の特性も踏まえ、ひたすらに己の戦闘スタイルのブラッシュアップに努めてきた。

 ティスマスや部下たちを相手に稽古(けいこ)も重ねたが、実戦はブリュゴーリュとの戦闘以来だ。

 間合いを無視して得体の知れない攻撃を放ってくる敵を前にしても、恐れるどころか高揚(こうよう)しか感じない。


 追跡者のひとりが、ようやく準備を終えて構えなおした得物の下を潜るように踏み込みながら、ジャメサは抜き払った刃で敵の右の胴を()いでいた。

 そのまま振り切る途中で手首を返し、右手の敵の首を払う。

 次いで、やや後ろに位置する最後のひとりに向け半歩踏み込みつつ、(すく)うように頭上へ振り上げた刃を唐竹(からたけ)に斬り下げた。

 踏み込みの勢いを殺すことなく駆け抜けると、血振(ちぶ)りした刀をゆっくりと納刀する。

 刀身が鞘に納まった瞬間、背後で追跡者たちの(くずお)れる音が響く。

 ジャメサは大きく息をつくと、喉元に手を当て任務の達成を報告する。


「ジャメサだ。こちらの三人は片付けた」

『おつかれ! 対象も確保したし、後は弓班だけだけど援護(えんご)はいるかな?』

『ああ大丈夫、もうすぐ終わるから。でも敵の物資とかボクらだけで運ぶのは大変そうだから、後で人手だけまわしてよ』

『了解。じゃ、こっちはとりあえず合流しよっか』


 通信を終え、ジャメサは振り返って背後の(しかばね)を窺う。

 追跡者たちは一様に体を両断されていた。

 最初のふたりは胴と首を、最後のひとりに至っては、頭頂から股下まで真っ二つに分断され、地面に血と臓物の沼が広がっている。

 刀の凄まじい斬れ味に、ジャメサの背筋がブルリと震える。

 普段は感情の起伏に乏しい剣士は、珍しく興奮混じりの笑みを浮かべながら(つぶや)いた。


「まだ、強くなれそうだ」




 耳元を風切り音が(かす)め、リーズ・ボナルの背筋に冷たいものが走る。

 エウル・クーレットの率いる弓兵隊の一員として作戦に参加中の彼女は、他の隊員と同じく追跡者たちとの乱戦に巻き込まれていた。

 当初の作戦では、敵の本隊を奇襲によって一気に片付ける手はずだったが、散開して包囲を狭めていた仲間のひとりが、仕掛けられていた鳴子(なるこ)のようなものを鳴らしてしまい、接近を気取られたのだ。

 包囲されての殲滅(せんめつ)を避けるため、追跡者たちは周囲に散らばり乱戦となっている。

 日も暮れかけた山中で距離をとっての射撃戦ゆえ、互いに決め手を欠いているが、兵員の少なさに加えて敵の得物の性能もあって、自軍の不利を彼女は感じている。

 相対してみて初めてわかったが、敵の得物はその予備動作の少なさからも、弓よりも遥かに優れた武器だと言えた。

 おまけに、どんな体勢からでも攻撃が可能なようで、遮蔽物(しゃへいぶつ)に身を隠しながら戦う今のような状況では、かなり有利に立ち回れるはずだと予想できた。


 だからなんだと彼女は思う。

 こんな状況こそ、己の望むところではないか。

 ブリュゴーリュとの戦に参加したリーズは、トリヴィアらの所属していた北部方面軍にて、乗馬の技能とアタラティアでの実戦経験を買われて騎兵部隊の後方に配置されたが、精強なブリュゴーリュ騎兵に対してほとんど力を振るうことができず、ただ馬にしがみ付いているうちに戦闘は終了していた。

 ミツキ達への恩返しと思って参戦したにもかかわらず、なんの活躍もできなかった不甲斐なさを彼女は口惜しく感じていた。

 副王領から参加した兵士らには、戦後帰国する選択肢も与えられたが、彼女は上官であるヴォリス・ドゥ・ヴァーゼラットらとともにブリュゴーリュに駐留するティファニア軍に残ることを決めた。

 そして、次に活躍の機会が与えられた時のため、ひとつの決断をしていた。


 戦で己の無力を実感した以上、リーズには戦闘能力の底上げを図る必要があった。

 そして、彼女が実力者として誰より認めているのがミツキだ。

 街道でのブシュロネア兵への迎撃作戦や開拓村での戦闘は、彼女の脳裏に今なお鮮明に焼き付いている。

 しかし、あのような戦い方など己にできるはずもないということもよく理解している。

 そこで、そのミツキさえ追い詰めた人間として思い出したのが、ブシュロネアの先発隊を率いていた敵将兵だった。

 直後に百人程の敵兵をひとりで仕留めたほどのミツキの攻撃を件の将兵はたったひとりで(さば)いてみせたのだ。

 戦後、アタラティア軍では多数の戦略家や将兵によって戦の分析が行われたが、ミツキに同行していたリーズもそこに参加することとなった。

 その過程で彼女は、ミツキと交戦したブシュロネア軍将兵の戦術について知ることができた。

 アタラティア軍の魔導士と戦略家の分析によれば、件の将兵は〝彫紋(ちょうもん)魔法付与〟によって〝魔視〟を後天的に獲得していたため、魔力を帯びたミツキの攻撃を見切っていたのだろうという。

 また、攻撃には〝飛煌(ヴァル・レー)〟という三級魔法が使われていた。

 威力が低く使い勝手も悪いが、詠唱(えいしょう)を事前に済ませておくことで、無詠唱で魔力弾の射撃を連発できるという利点がある。

 術者の魔力が垂れ流しになるため、膨大(ぼうだい)な魔素が必要とされる〝飛煌〟を使うことはできないが、〝彫紋魔法付与〟による〝魔視〟の獲得(かくとく)は己にも可能だとリーズは判断した。

 専門の魔導士から処置を受けるには安くない金銭が必要だが、戦の報奨金(ほうしょうきん)を使えばどうにか支払いは可能だった。

 こうして戦後すぐに処置を受けたリーズは、新たに得た〝魔視〟を用いて対魔導士を想定した模擬(もぎ)戦闘訓練(せんとうくんれん)で結果を出し、精鋭部隊に抜擢(ばってき)されるまでになったのだった。


 リーズが右目に魔力を込めると、角膜(かくまく)に彫られた魔力紋が反応し、森の中に(ひそ)む人間の姿がサーモグラフィーのように浮かび上がる。

 その多くの魔力は鮮やかな橙色に色付いている。

 怒りや興奮の赤と恐怖や混乱の黄が混ざり合った感情だ。

 どこから狙撃されるかわからないこの状況なら当然だろう。

 魔力から敵味方の区別はできないが、構えを見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

 弓を持った仲間と、筒状の得物を携えた敵では、武器の持ち方がまるで違う。

 リーズは棒のようなものを肩に当てたシルエットに向け矢を放つ。

 命中し、その人物は倒れるが、近くの敵が大きく身を(よじ)り、得物を自分に向けるのに気付く。

 慌てて駆け出すと、身を潜めていた草むらを敵の攻撃が()らした。


「まずひとり。この調子で――」


 木陰(こかげ)に逃げ込んだリーズは、己の得た能力が戦場で奏功(そうこう)したことに確かな手応えを感じるが、急に目眩(めまい)を覚えて(ひざ)を着く。


「え? な、なに?」


 貧血のような状態に戸惑(とまど)うも、すぐに原因に思い至る。


「もしかして、魔素の欠乏(けつぼう)?」


 〝魔視〟とはこんなにも消耗(しょうもう)が激しいのかと驚く。

 ブシュロネアの将兵が〝飛煌〟と併用(へいよう)していたことから、さほどでもないのだろうと油断していたが、とんでもなかった。

 長時間の運用は命にもかかわるだろう。


「……だからって、今止めるわけにはいかないんだよね」


 己を鼓舞(こぶ)するように笑みを浮かべたリーズは、再び戦場に目を向ける。

 その目が(とら)えた光景に、彼女は大きく目を見開いた。

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