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第二節 『炎狼』

 フィオーレに住まうようになってから、ミツキは総督代行として忙殺されていたが、サクヤとトリヴィアもそれぞれに自分のしたいこと、あるいはするべきことに時間を費やしていた。

 ただし、人間社会に溶け込めないオメガだけは特にやることもなく、時折体の空いたミツキと軽めの訓練をする以外では、街から離れ、ただひとりで鍛錬(たんれん)に励むか、狩りをするぐらいしかやることがないようだった。


 その日、オメガに呼び出されたミツキは、政務を休んで街から少し離れた荒野に出向いていた。

 オメガいわく、終戦からずっと会得(えとく)しようと工夫を重ねてきた技が完成したとのことだった。

 ティファニア軍の戦力として、オメガはトリヴィアと並ぶ切り札だと言える。

 サルヴァの代理としてブリュゴーリュのティファニア軍を預かるミツキには、オメガにできることをできるだけ正確に把握しておく義務がある。

 多忙な政務を休んでまで呼び出しに応じたのは、そういう理由からだった。



 荒野に(たたず)むオメガの周囲には、熱気によって陽炎(かげろう)が生じていた。

 口の端から炎を吹きながら、その視線は遠方の地面に隆起(りゅうき)した巨岩を(にら)み付けている。

 そして、勢いをつけるように(あご)を持ち上げると、首から上を前方へ突き出しながら、口を開ける。

 開かれた口の前の空間が、一瞬、山吹色の閃光を発したかと思うと、その光が前方に向け放たれた。

 音速で放出された光線が遠方の岩に直撃すると、一瞬で溶解したガラス質が衝撃によって花火のように飛び散った。


 オメガの後方でその様子を窺ってたミツキは、おもわず呟いていた。


「……ゴジラかよ」

「あん?」


 その言葉を耳に捉えたオメガが振り返る。


「ガッジーラってなぁなんのことだ?」

「ガッジーラなんて言ってないだろ。なんで欧米風に(なま)るんだよ」


 意味が解らないとでも言うように(まゆ)(ひそ)めるオメガを無視して、ミツキは光線の放たれた方へと進み出る。


「熱っつ」


 未だ残る熱気に表情を歪めながら、(わだち)のように(えぐ)れた地面の先に視線を向けると、岩の中心は大きく蒸発しており、残った部分も溶岩化し、熱した(あめ)のようにゆっくりと流れて崩れつつある。


「高威力すぎるだろ」


 呆れて(つぶや)くミツキに、緋色(ひいろ)の獣人は得意顔で歩み寄る。


「〝炎叫(えんきょう)〟は広範囲を焼き払える分、熱が拡散しちまうからな。この〝炎叫・(すい)〟なら、炎を収束させて一点にぶつけることができるって寸法(すんぽう)よ」


 オメガの〝炎叫〟は音を媒介(ばいかい)して熱を放出する技だ。

 おそらく先程の新技は、音波に指向性を持たせることで、直線的に放ったのだろうとミツキは推測する。

 いわゆるパラメトリック・スピーカーと同じ原理だ。


「こいつなら、魔法で精製された氷の壁でも容易(たやす)くぶち抜けるぜ」


 発言の意味を計りかね、ミツキは首を傾げる。


「氷、ってなんだ?」

「なんでもねえよ……くそっ、この技を先に会得できてりゃ、あんな兎野郎なんぞに後れを取ることもなかったのによ。ああムカつくぜ!」


 そう言ってオメガは地団太(じだんだ)を踏む。

 先の戦で、ブリュゴーリュ側の異世界人に敗北を(きっ)したのが余程(よほど)悔しかったのだろう。

 しかし、その負けがなければ、この技を編み出すこともなかったはずだ。

 失敗を糧に成長するとは、まるで人間のようだとミツキは思う。


「広範囲攻撃の〝炎叫〟と、局所への高火力射撃が可能な〝炎叫・錐〟。加えて近接戦用の〝炎爪(えんそう)〟。戦略の幅が広がるな」


 それに、〝炎叫・錐〟なら、気を付けて使いさえすれば、周囲の味方を巻き込まずに済む。

 ブシュロネアの甲冑の武者やブリュゴーリュ騎兵との戦闘では、味方に配慮して使えなかったオメガの炎を今後積極的に運用できるというのは、ティファニア軍としても大きなメリットだと言えた。


「ケッ! 一方的に値踏(ねぶ)みしやがって。テメエもなにやらこそこそやってんだろうが」

「オレのはまだいろいろと工夫の余地(よち)があるから、そのうち完成したら見せるよ」

勿体(もったい)つけやがって。まあいい。稽古(けいこ)の相手が欲しけりゃいつでも言えや。オレも〝炎叫・錐〟を実戦形式で試してみてえからよ」

「あんなの模擬戦(もぎせん)で使われたら死んじゃうだろ」


 というか、〝炎叫・錐〟にかかわらず、オメガの技は人に対して使うには威力が高すぎる。

 そのため、オメガの特訓相手が務まる者など、ティファニア軍にはトリヴィアしかいない。

 そして、そのトリヴィアとは不仲なため、オメガが日常的に訓練できるような相手は存在しなかった。


「新しい技がすごいのはわかったが、今日はトリヴィアのところにも顔を出すつもりだから、これ以上は付き合えないぞ」

「仕方ねえな。埋め合わせに肉食わせろや」

「まあ、べつにいいけど。この街の連中も異世界人には慣れてきたみたいだし、たまには市場にでも寄るか」


 オメガにとって、この世界の娯楽は狩りと食事だ。

 今のミツキには狩りに付き合う余裕などないので、オメガの機嫌を取るには、食事を振る舞うしかない。

 側壁塔にいた頃も、ミツキが食事を用意することで、初対面では侮られていたオメガを懐柔(かいじゅう)できたのだ。

 こちらに来てからも、味覚が犬のオメガに配慮(はいりょ)し、ミツキが食事のメニューを監督していたが、今日は時間がないので、たまには出来合いのものにしようと考えたのだ。


 それに、こういう機会でもなければ、ミツキが管理するオメガの資産を使うこともない。

 貨幣(かへい)の概念を未だに理解できないオメガは、サルヴァから戦の報奨(ほうしょう)として与えられた金貨に興味を示さず、すべてミツキが預っている。

 サルヴァは身分や階級にかかわらず功績に応じた報奨金を支払ったため、オメガの資産は下級貴族の総資産にも匹敵する額に達していた。

 好きな時に肉を買うぐらいでは、一生かけても一割と使いきれまい。

 しかし、オメガにはこの世界で、戦いと食事以外に心を動かされるようなものが何もない。

 街に向かい自分の前を歩く獣人の背を見つめながら、こいつにもなにか生きがいを見つけてやれないものかとミツキは思案した。




 街の東門に着いたふたりは、まず、衛兵を捕まえ、離れた場所で訓練を行い、地形が変わるような魔法を使ったことを報告した。

 何も知らない人間が〝炎叫・錐〟の跡を目にすれば、越流でも起き魔獣が出現したのかと誤解され騒ぎになりかねない。

 また、周囲には燃えるようなものなどなかったが、念のため火災に警戒し、魔導士を向かわせて消火に当たらせることにした。


 ティファニア軍の長槍歩兵部隊に所属していたという東門の守衛たちは、先の戦の英雄であるふたり、特にミツキに対し羨望(せんぼう)の視線を向け、平和を勝ち取った後でも執務(しつむ)の合間に時間を取って、仲間との修練に努めていることに感じ入った様子だった。

 難民出身だという若い兵士らから真っ直ぐに見つめられ、ミツキは気まずさを覚える。

 結局、ブリュゴーリュ騎兵が村で働いた蛮行(ばんこう)については、隠蔽(いんぺい)することになったからだ。

 故郷を焼かれて軍に参加したティファニア兵が、敗戦国であるブリュゴーリュ人に向ける視線は、未だ厳しいものがある。

 軍内はもちろん、商人ら入植者にも、ブリュゴーリュ人への不当な暴力や差別を厳しく禁じ、破った者には厳罰(げんばつ)を科しているが、それでもそういった問題や犯罪を完全に防ぐことはできていない。

 このうえ、ブリュゴーリュ兵が襲った町や村の住人を虐殺(ぎゃくさつ)後に食い散らかしたなどと知られれば、火に油を注ぐことになるのは明白だった。

 だから、サルヴァとミツキは、信用のおける兵士らに〝影邏隊〟を付けて被災地へ派遣し、虐殺の跡を徹底的に隠蔽させた。

 被害者の遺骨を遺族に渡すこともできなかった。

 個人の特定などできるはずがないからだ。

 防疫(ぼうえき)を理由に、破壊された市街地は一度すべて焼き払い、遺体を埋めた場所の上に、掘り起こされないよう石碑を建てたうえで、ようやく避難民の帰還許可を出すことができた。

 とはいえ、住民すべてが死に絶え、復興できなかった場所もあれば、避難先に定住することを決めた難民も少なくない。


 難民からの従軍者には、報償に加え慰労手当(いろうてあて)も出したうえで、軍に残るも故郷に残るも自由と伝えている。

 フィオーレにいるということは、東門の衛兵たちは残ることに決めた者たちだろう。


「では消火の手配は頼んだ。警備の方も引き続き励んでくれ」


 極力事務的に要件を伝え、ミツキはオメガとともに東門をくぐった。

 門の前から続く大通りには、多くの出店が(のき)を連ねている。

 この街では商売に税を課さないことが広く伝わり、今では国内外から商人が押し寄せ、出店を許可された通りにバザールを形成している。


「さって、今日はなんの肉を食うかな」


 兵士たちとの会話から憂鬱(ゆううつ)な気分になったミツキにかまうことなく、オメガは人混みに向かって足を踏み出した。

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