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第一節 『執務』

 扉がノックされ、書類に視線を落としていたミツキは顔を上げた。


「どう……入れ」


 一拍間を置いて、足だけで扉を開いたソニファ・アギッツォーラが、抱えた書類の山を崩さぬようゆっくりと部屋の中に入って来た。


「おかわり持ってきましたぁ」

「……えぇ」


 ミツキは執務机とその周りに塔のように積み上げられた紙束と、現在秘書官を務めるソニファの持ってきた書類の山を交互に見て頭を抱える。


「いい加減にしてくれ」

「仕方ないじゃないですかぁ。都市機能の移譲に移民の受け入れ、それに伴う街の大規模な拡張工事、やることは山積みですしぃ、それに対して総督代行のミツキさんしか判断できないことが多すぎるんですよぉ」


 だから、どうしてオレが総督代行なんて役職に就かされているのだとミツキは問いたかった。

 占領した隣国の統治など、異世界人の己でなく本国の文官にでも任せれば良いではないか。

 そうサルヴァに訴えたところ、政のできる優秀な人材となると、大抵は国王の息の掛かった人間になるのでダメだという。

 ブリュゴーリュはあくまででドロティア直属の人間に仕切らせたいサルヴァからすれば、副王領や現地の人間に自分の代理人を任せるという選択肢もなく、軍での立場とジュランバー要塞での実績、戦争での功績を考慮して、総督代行にはミツキ以外の選択肢はなかったのだと伝えられた。


 無茶振りにも程があるとミツキは思う。

 己は、少し前まで字の読み書きもできなかったのだ。

 常識的に考えれば、書類仕事が苦手だとわかりそうなものだ。

 それでも、代理人程度ならと渋々引き受けてみれば、当の本人はティファニア本国に帰ったまま、ほとんど戻ってこない。

 前に顔を合わせてから、既に五ヶ月が経過していた。

 これでは誰が総督かわかったものではない。


「サルヴァのバカはまだ戻らないのかよ」

「本国では、王国軍の敗北の責任について国王陛下の弾劾の真っ最中ですからねぇ。ドロティア派筆頭の総督閣下はなにかと忙しいんだと思いますよぉ。ってかさすがにバカは不味くないですかぁ?」

「いいんだよ! 何から何までオレに丸投げしやがって! 首都機能を移転してから今日まで目が回る忙しさだってのに連絡すら(ろく)に寄こさないんだぞ!?」


 ミツキの言葉の通り、ティファニア軍はミツキの獅子奮迅の活躍によりブリュゴーリュの首都ビゼロワを陥落させ、国王不在のブリュゴーリュに新政権を樹立した。

 しかし、街全体が化け物の挽肉で潰されるか火災で焼失してしまったため、もはやビゼロワは都としての機能を失い、復興も困難と判断された。

 そこでティファニア軍上層部は、ビゼロワより十五レフィア程北に位置する城郭都市フィオーレに遷都(せんと)することとした。


 フィオーレという都市は国内における北部交易路の中継地点ということで本来は栄えていたものの、ビゼロワと近かったこともあって食料や物資の供出や男手の徴収を命じられ都市機能が麻痺していたうえ、町長は首都の異常を察知して逃げ出していた。

 それゆえ、ティファニア軍が占拠することはたやすく、食料不足で飢えていた街の住人に炊き出しや配給を行うようになってからは、ミツキたちはおおむね好意的に受け入れられた。


 また、ミツキらはフィオーレをブリュゴーリュの中心都市とするため、軍に随伴して来た酒保商人らに街での営業を奨励し、期限付きでの店舗の無償貸与や、営業に税を課さないといった優遇措置によって人と物の流れを活発化させようとした。

 さらに、ブリュゴーリュ軍が都市や村を荒らしながら進軍したことで発生した国内難民の受け入れを積極的に行い、都市の拡張、インフラの整備などにも力を入れ、ティファニア軍の支援部隊を建築や医療、物流の現場で有効活用した。


 結果、フィオーレは先王の乱心(と公式には発表されている)によって実質的に破綻していたブリュゴーリュの新たな心臓として機能しつつある。

 首都移転からもうすぐ一年が経とうとしていたが、都市機能の活発化は都市自体の規模が膨れ上がったことも相まって、総督代行としてあらゆる現場の監督を行うミツキに並ならぬ負担を強いているというわけだった。


「うちの軍は傭兵や冒険者が大半を占めるだけに、オレの補佐を任せられる人材が少なすぎる。こんなことなら眼鏡君は残しておくんだった」

「テオさんの人事はミツキさんの推薦だと聞いていまぁす」

「ああ、〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟のお目付け役が必要だと思って南方派遣部隊の名目上のトップに据えたんだけど。今にして思えば、前線で戦えない眼鏡君にシェジアたちが従うとも思えない。呼び戻すにしても、あっちの状況を考えると現場を掻き回すような真似はしたくない」


 先王に寄生した異世界生物が好き勝手した結果、ブリュゴーリュの中部地方はティファニア軍による援助が必要となるほど疲弊し、それゆえ占領もかなり容易だったが、地方では豪族などによる反発が絶えなかった。

 特に、南部地方の領主連合は、ティファニアに占領されたブリュゴーリュからの独立を宣言し、大量の傭兵を雇って軍備を整えた。

 件の勢力が傭兵を雇ったのは、正規兵が中央からの招集を受けティファニアへ出征した結果、領国軍が居なくなっていたからなのだが、地方で活動する傭兵など山賊とほとんど変わらず、ブリュゴーリュ南部方面の治安は幅を利かせた傭兵たちの跳梁によってみるみる悪化した。

 自ら雇った傭兵たちの手綱を握れなくなった領主たちは、終いには敵対しようとしていたティファニア軍に助けを求める始末だった。


 傭兵には傭兵をということで、ミツキはシェジアたちに南部の制圧を命じた。

 サルヴァと対照的に筆まめなテオによってもたらされる戦況の報告を見るに、実質的な作戦指揮を任せたシェジアは、かなり派手に暴れ回っているようだった。

 同じ傭兵でも、精兵揃いの〝血獣〟と、田舎のならず者たちでは、戦闘集団としての格が違う。

 ブリュゴーリュ南部方面の平定には、さほど時間は掛からないだろうとミツキは予測している。


 一方、北部方面では南部のような反発はほとんど起きていない。

 北部は大国バーンクライブやディエビア連邦と国境の一部を接するため、南部のように独立を主張した場合、北の二大国と南のティファニア軍から挟み撃ちされる可能性がある。

 それゆえ領主たちは、ティファニア軍に恭順することで、隣国からの侵略の抑止を計ったのだった。


 そんな北部にサルヴァとミツキは、アタラティアから迎えた客将ヴォリス・ドゥ・ヴァーゼラットを司令官として、ジャメサ・カウズ、ティスマス・イーキンス、エウル・クーレットら、実力者を派遣している。

 ブリュゴーリュの混乱を狙った他国からの侵攻に備えるという意味もあるが、彼らには他に重要な任務も与えていた。


 ビゼロワでの決戦の後、城の廃墟から奇跡的に回収できたブリュゴーリュ軍上層部の資料には、ディエビア連邦に二名の異世界人を潜入させたことが記されていた。

 コードネームは〝翼槍〟と〝青猫〟。

 ティファニアに差し向けられた虫騎士たちほどの武力はないが、機動力に優れるため、諜報任務に割り振られたらしい。

 そして、ディエビア連邦での任務を終えた後は、北部国境の特定ルートから帰還するよう、その異世界人たちには事前に指示していたようだ。

 ジャメサ達には、この異世界人らの身柄確保を命じてある。


 また、他に発見された資料には、近隣国の情勢についても書かれていた。

 それよると、ディエビア連邦は、ミツキたちが戦に出る以前に宗主国の王が打倒され、革命が起きたらしかった。

 しかし、人民を徹底して管理統制していた連邦のシステムを鑑みれば、反乱勢力が政権を奪取できたのは奇跡に近いと、資料の作成者は所見を残している。


 革命を成功させたディエビア連邦では、国内の混乱もそろそろ収まってきた頃だろう。

 そして、現政権が、前政権を打倒した軍事力をもって他国への進行を企図したとしても不思議はあるまい。

 一方で、ブリュゴーリュは国の立て直しに必死という状況だ。

 この機に連中が攻め入って来る可能性は十分にあるだろう。

 それゆえ、ブリュゴーリュの異世界人たちが、ディエビア連邦の情報を得て戻って来るのであれば、是非とも確保したかった。



「内紛の鎮圧や国境付近での危険な任務に向かわせた連中を想えば、執務室で書類相手に格闘している自分が文句を言うのは贅沢ってものか……」


 ミツキはソニファから書類を受け取ると、彼女が事前に分けていた優先度の高い案件から先に目を通す。


「じゃ、私は私で別の仕事がありますのでぇ」


 そう言って退出しようとするソニファに、ミツキは思いだしたように声を掛ける。


「明日は私用で休暇を貰うから」

「明日ですかぁ? まあアポは入ってないですけどぉ……」


 書類の山に視線を向ける秘書官に、ミツキは苦笑いを向ける。


「もう三十日以上働き詰めなんだからいいだろ? 緊急の案件は今日中に片しておくからさ」

「べつに何も言ってないじゃないですかぁ。まぁまた明後日からバリバリ働いてもらいますんでぇ、久々の休暇をせいぜい満喫してきてくださいよぉ。それにしても私用なんてめずらしいですねぇ。デートにでも行かれるんですかぁ?」

「デートっていうか――」


 ミツキは少し考えてから言葉を継ぐ。


「どっちかっつうと、散歩かな」


 ソニファは少し考えてから、「あぁ」と声を出した。


「……オメガさんですかぁ」


 〝散歩〟という言葉から犬男を言い当てた秘書に、ミツキは舌を巻いた。

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