『革命者たち 後編』
「ふたりともありがとう。トモエ、怪我はない?」
「御心配には及びませぬアキヒト殿。先程の者、魔法こそ強力であったのやも知れませぬが、槍の腕は愚拙の剣腕に遠く及びませなんだ」
「まあ接近戦であなたに勝てる奴はそういないでしょ。フレデリカは銃の具合はどう?」
「サイコーだぜアキヒト! ようやく実戦でこいつを撃てたがたまんねえよ! 特に、連射できる仕様がいい! オレの要望通り設計してくれたマリの奴と、バーンクライブの技術者共には感謝しかねえな!」
「楽しそうで何よりだ」
談笑するアキヒトと女たちに対し、切り札をあっさり倒されたダイアス王は蒼白となっている。
「馬鹿な! そ奴らは召喚した異世界人の中で最も優秀だった二体だぞ! なぜ選別落ちに瞬殺されるのだ!」
「兵の価値は魔力で測れるものじゃあないってことさ。たしかにボクらの世界の人間は他の召喚者と比べても脆弱な方だよ。でも、魔法が使えない分、知恵を絞り技術を磨き生きるための工夫をする。この世界は魔法至上主義の思想に染まっているから、あなたにはそんなこと思いもよらなかっただろ」
ダイアス王は怒りに任せて玉座の肘掛けを殴打し、倒れている武者たちに向かって罵声を浴びせる。
「なにをやっている! その程度で倒されるなど許さぬぞ! 立ち上がれ! 立ってそ奴らを鏖殺せよ!!」
主の叫びを聞き、瀕死の武者たちはギチギチと鎧を軋ませながら立ち上がろうとする。
「そうだ、それでいい! さあそ奴らを――」
「ラ・ベリ・コイ・ゴ・ミスイ〝炎柱籠獄〟、ベ・ミルズ・ヌール・ン・ヴィ〝凝結氷獄〟」
王の叫びを遮るように唱えられた呪文によって、鎧武者はそれぞれ炎の柱と氷の塊に閉じ込められ、完全に動きを止めた。
その光景に、王は呆然となる。
「な、んだ、今のは。無詠唱魔法? い、いや、祝福者が無詠唱で使える魔法は一系統のみのはず。炎熱と氷冷を同時に無詠唱などできるはずが……」
「無詠唱ではなく、短縮詠唱ですわ」
そう言って、アキヒトの後ろから進み出た女に、ダイアス王は眼を剥く。
生地の薄い紫の扇情的なドレスを纏い、鍔広の帽子を被ったロングヘアーの女は、王に顔を見せるために帽子をとる。
二重瞼に長いまつ毛、形の良い鼻に分厚い唇、やや化粧が濃いものの美女というに差し支えない容貌のその人物は王に向かって微笑みかける。
「お久しぶりでございます陛下。ご壮健のようでなによりですわ」
「お、おまえは、カルティアの、研究者の……!」
「はい。エリズルーイ・フランでございますわ」
ダイアス王はみるみる顔を赤らめ女に喚き散らした。
「そうか、貴様が裏で糸を引いていたのか! 余を謀り異世界人など召喚させて、召喚した後は自らそ奴らを操りこの国を乗っ取ろうというわけだな!?」
女は驚きに小さく口を開くと、破顔してクスクスと笑いだす。
「なにがおかしい!!」
「いえ、あまりに突拍子もないことをおっしゃられるので、可笑しくて! 私がアキヒト様たちを操って国の乗っ取りを企てるなど、見当違いもいいところですわ」
「ではなぜ貴様がそこにいる!」
「それは陛下が私も売り物にしようとなさったからですわ」
ダイアス王の顔がぎくりと強張る。
「カルティアはほぼ無条件で他国に技術を提供しておりますが、実際に本国がどれ程の技術を築いているか、他国の人間には徹底的に秘匿されております。国を捨てた私たちでさえ幼少期にかけられた魔法の制約を受け話すことができませんわ。それだけに、私たちの持つ知識には高値が付けられる。陛下はそう思われたのでしょう? いったい私をどこの国に売り飛ばすおつもりだったのですか? 大陸中央の覇権国家ハリストン? 北西の軍事大国ジョージェンス? 神聖精霊派の総本山たる東の宗教国ニースシンク? いずれにせよ、国家ぐるみで奴隷を売るこの国の王らしい考えですわね」
「な、なんの、話だ?」
「あら、おとぼけになりますの? いち早く目論見を察知して国を脱出した私は助かりましたけど、他の亡命研究者たちは拘束されてしまったはずですわ。そして、かけられた制約魔法の解除はできず全員死んだのでございましょう? 亡命者の私はもちろん本国になど帰れません。そして、陛下と陛下に与する者から追われることとなった以上、陛下と敵対する勢力に庇護を求める以外に道はなかったというだけの話ですのよ?」
顔面を引き攣らせながら、どうにか笑みを作ってみせたダイアス王は、阿るような声音でエリズルーイという女に言葉を返す。
「ご、誤解だ。すべて誤解なのだ! たしかに部下たちがそのようなことを画策していたようだが余は知らなかった。それに、そなたの仲間が死んだ後には、首謀者たちを捕らえ極刑に処した! ゆえに安心して余の元へ戻るが良い! そしてその大罪人たちを先程の魔法で殺すのだ!」
「往生際が悪すぎるぞ! 国が倒れる以上、王であるあなたも運命を共にすべきだろう! いい加減、潔く振る舞ったらどうなんだ!?」
ダイアス王は下賤と見下すアキヒトから面罵され屈辱に震えるが、歯を食い締めて感情を呑み込むと、ニタリと不気味な笑みを浮かべた。
「き、貴様は先程、〝すべての民が己の役割をもって生きることのできる社会〟とやらを作ると言いよったな。〝誰もが平等だ〟とも言うておった。相違なかろうな?」
アキヒトは訝し気な表情を浮かべる。
この王が、この期に及んでなにを考えているのかわからない。
「ああ、そう言った」
「なれば、そのすべての中には余も含まれていよう! 貴様らが国を作るというのであれば、余が手を貸してやろうではないか! 貴様の仲間の下民共には、政の知識などあるまい! その点、余は手慣れておるからな! 国を動かすのは、余に任せるが良い! 無論、貴様らは相応の地位に就き、この城の宝物も使って好きに生きるが良い! どうだ、悪い話ではなかろう! 面倒事はすべて余が引き受けてやるゆえ、貴様らは好きなだけ贅沢を楽しめるというのだ!」
アキヒトは、ダイアス王が言葉を重ねる程に、表情を失くしていった。
一方、話し終えたダイアス王は、自分の思いつきの素晴らしさに酔うかのように、頬を上気させ、息を荒げながらほほ笑んでみせる。
呆れ顔の女たちの中心で、その顔を無表情で数秒見つめていたアキヒトが口を開こうとしたところ、彼の耳に付けたイヤーカフが小さく震え、革命軍の仲間から通信が入る。
その内容に小声で応答したアキヒトは、再びダイアス王に視線を向けて口を開いた。
「……役割だったな。いいだろう、この国のため、あなたにはあなたにしかできない役割を果たしてもらう」
アキヒトの発言に、女たちは驚きの表情を浮かべる。
一方のダイアス王はしたり顔で何度も頷いた。
そんな王に、アキヒトは淡々と言葉を継ぐ。
「それじゃあ、早速だが街の中央広場までご足労願おう。そこであなたの最後の仕事が待っている」
「へ?」
王はアキヒトの言葉の意味を計りかね首を傾げた。
「仲間が斬首台を設置したそうだ。それも、あなたが自分の意にそぐわない者を何人も殺してきたやつだよ。最後の犠牲者があなた自身というわけだ。そして、あなたの血をもって、まともな裁判もなく理不尽に行われる死刑は、この国からなくなる。まさしく、あなたにしかできない仕事だ」
アキヒトの説明の途中から、ダイアス王は全身をガタガタと震わせ、顔色を土気色に変色させながら何度も首を横に振った。
「ふっ、ふざけるなこの下郎が! 貴様は余をな――っ!?」
叫んでいる途中で、ダイアス王はトモエと呼ばれた女武芸者に抑え込まれ、目を白黒させる。
背後にねじり上げられた腕は関節を極められ、まったく抵抗できない。
すぐにフレデリカと呼ばれた赤毛の女が手を貸し、立ち上がらされた王は、瞬く間に護衛を制圧したふたりの女に左右を固められ、出口に向かって歩かされる。
「よせ! やめさせよ!! こんな無法が許されるものか!! わ、わかった、余が悪かった!! 認める!! 認めるゆえ、命だけは助けよ!! た、たす、助けて!! 助けてえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
泣きながら連行されていく王に、アキヒトは振り返りもしなかった。
「私も先に戻っていますわ。 ヒカリさん、あとはよろしく」
「は、はい。エリザさん」
エリズルーイの言葉にそう返事をしたのは、アキヒトの一歩後ろに控えていた若い女だ。
アキヒトと同じ黒い瞳と黒髪で、髪型はストレートのセミロング。
歳の頃はおそらく十代後半から二十代の頭ほどで、童顔ということもあってこの世界では少女と形容されることが多そうだ。
服装は、白いブラウスに濃紺のボトムスを合わせ、シンプルなデザインのショートブーツを履いている。
強烈な個性を放っていた、先程立ち去った他の女たちと並ぶと、やや印象に残りにくいかもしれない。
ただ、柔和な表情には、周囲の人間を和ませる不思議な力がある。
ヒカリと呼ばれた女は、おずおずとアキヒトの腕に手を添えると、気遣わしげな表情で顔を覗き込みながら声を掛ける。
「大丈夫? アキくん」
「……ああ、大丈夫だよヒカリ。あの人が死ななければ、この革命は終わらない。だから、今のは全部必要なことだった。ちゃんと理解してる」
「必要だとわかっていたからって、人を死刑台に送るのが平気なわけないよ。それが、私たちを苦しめて、多くの仲間たちの命を奪ってきた人でも」
そう言って、ヒカリはアキヒトに身を寄せる。
「アキくんの立場だと、みんなの前で弱っているところは見せられないよね。でも、ふたりきりの時は、もっと私に寄り掛かっていいんだよ」
アキヒトは、自分の腕に添えられた手をきつく握ってしばし俯いていたが、やがて顔を上げると、優しい表情をヒカリに向けて囁いた。
「ありがとう。ボクはもう大丈夫。ヒカリが傍にいてくれる限り、どんなことにだって耐えられるよ。さあ、みんなの所へ戻ろう」
ふたりは穏やかに微笑み合うと、色鮮やかな光の降り注ぐ空間をゆっくりと引き返していった。