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『革命者たち 前編』

 ミツキたちが、隣国によって東端の副王領が陥落したことを知ったのとほぼ時を同じくして、ブリュゴーリュよりもさらに東方、高度闇地帯と呼ばれる大山脈を超えた先にあるディエビア連邦の宗主国ダイアスで革命が起こりつつあった。


 首都キューレットの中央広場では王国軍と革命軍が激突し多くの血が流れていた。

 本来なら、優秀な魔導戦士で構成された王国軍が烏合の衆である革命軍ごときに苦戦するはずもない。

 しかし、革命軍の手にした武器のために形勢は逆転し、戦局は一方的なものとなりつつあった。




 そんな市街戦を繰り広げる仲間たちに先行し、王宮に侵入した五人の男女の姿があった。

 彼らの進む背後には、無数の鎧武者が倒れている。

 王直属の親衛隊だ。

 うめき声をあげていることから、死者はいないとわかるが、その誰もが手足の(けん)を斬られているか、鎧ごと関節に穴を開けられ、完全に行動不能となっている。


 廊下の先には観音開きの巨大な扉があり、先行するふたりが左右から押し開くと、中央を進んでいた青年に続いて、一行は扉の内へ足を踏み入れる。


 中は奥行きのある広々とした空間で、天窓の色ガラスを通して鮮やかな光が降り注いでいた。

 扉の正面から、床の中央には深紅の絨毯(じゅうたん)が伸び、その行きつく先に黄金で装飾された豪奢(ごうしゃ)な作りの玉座が据え置かれている。

 人気のない空間の中、その玉座に初老の男が腰掛けていた。

 この国の王にしてディアビア連邦の盟主、バレルモ・ジ・アスモ・ディアスだ。

 玉座のけばけばしさに対し、モノトーンの上下で揃えた服は一見すると質素だが、両手の指に満遍なく嵌められた金銀の指輪が彼の権力を象徴しているようだ。

 恰幅(かっぷく)の良い体型に、顔の下半分は黒々とした髭に覆われている。

 不遜(ふそん)な人となりを容易に想像させる視線で、許可もなく玉座の間に踏み入った侵入者たちを見下している。


「ダイアス王とお見受けするが如何(いかが)か?」


 先頭を行く青年は一礼すらせず歩きながら問うた。

 髪と瞳は黒く、この国の人間に比べると、やや凹凸に乏しい顔立ちをしている。

 服装も貴族とも平民とも奴隷ともつかぬ奇妙なものだ。

 黒いジャケットにフードの付いたオフホワイトのインナー、下履きは色褪せた青の厚めの生地で、黒い編み上げの皮革靴に裾をたくし込んでいる。

 ジャケットのポケットに手を突っ込みながら自分に向かってくる若い男の礼を欠いた態度に、王はこめかみをぴくぴくと痙攣(けいれん)させる。


「そこで止まれ無礼者が。余をこの国の王と理解したうえでの暴挙か」

「暴挙?」


 青年の足が止まる。

 上座から見下す権力者に鋭い視線を向けてから嘆息する。


「あなたがボクたちにした仕打ち、そしてこの国の多くの人民にした仕打ちに比べれば、玉座の間にアポなしで踏み込む程度のいったいなにが暴挙だ」

「なんの話をしておる。貴様の如き下賤(げせん)など知らぬわ」

「……あんたが異世界から召喚したうちのひとり、と言ってもわからないか?」


 王の肩がピクリと震える。

 そして、青年の顔をまじまじと(なが)め、嫌らしく口角を持ち上げてみせた。


「ふはっ! そうか、貴様は被召喚者か! なるほど、妙な顔立ちだと思えばそういうことか! しかし、そうして自由に動けているところを見ると、最初の選別で振り落としたカスであろう! 鉱山送りにしたはずが、よもや反逆者共を率いて余の前に現れるとはな!」


 〝鉱山〟という単語を耳にした瞬間、青年の表情がいっそう(けん)を帯びる。


「あそこは地獄だった。だがボクたちは皆、記憶は失っていても、自分の世界の知識は頭に残っていた。皆で知恵を絞って脱出し、同じように不満を抱えて体制に抵抗する人々と手を取り合い、ようやくここまでやって来た」

「ふん、知っておるわ。アゾアル鉱山の反乱であろう。忌々しい限りよ。あれが火種となり、反逆者共が勢い付き、とうとう余の都に土足で踏み込んできたのだからな。しかし、そうか。つまり貴様がアキヒトとか名乗っている革命軍の現首魁(しゅかい)か。それで、こうして玉座の間まで押し入って来たということは、己がこの国の王となるつもりか?」

「そんなものになど興味はない。ボクは、この国の人々に自由と平和な暮らしを与えたいだけだ」


 アキヒトという名の青年の言葉に、王は噴き出すと体を揺すって笑う。


「この国の民のためだと!? (わら)わせる! 余がなにも知らぬと思うておるのか!? 貴様がバーンクライブと結び軍事支援を受けていることなど調査済みよ! そして、奴らがなんの見返りもなく助力するはずもない! 貴様はこの国を売り払ったのであろう! 持ち主である余の断りも無しに!!」


 嘲笑(ちょうしょう)しつつも、王の瞳はあくまで憎悪に(にご)っていた。

 一方、アキヒトは感情を殺したように淡々と応じる。


「ボクはバーンクライブの王、アルハーンと協定を結んだ。援助の条件の中には、確かに小さくない見返りもあるが、あなたの圧政から解放されるなら、この国にとっては安い代償だよ」

「協定? 貴様はアルハーンの小僧の小賢(こざか)しさを知らん。奴らに借りなど作れば、いずれは国を乗っ取られるのがオチよ。やはり貴様は国を背負う器ではない」

「国を背負うつもりなんてない。この国は民主制にするから。連邦としても同盟関係を維持しつつ各国がより独立した共同体として運営していけるようにするつもりだ」

「ミンシュセイとはなんだ?」

「すべての民が己の役割をもって生きることのできる社会制度のことだ。そこには奴隷など居ないし他者から不法に搾取する人間もいない。誰もが平等だ」

「弱者の思想だな。そんな絵空事(えそらごと)では国を統治していくことなどできぬわ」


 そう言ってダイアスの王が右手を上げると、玉座の後ろに潜んでいた鎧武者ふたりが進み()で、主と侵入者の間に立ちふさがった。

 ふたりとも身長三メートル近くはあろうかという長身で、それぞれの鎧は赤と青に塗られた特注品のようだ。

 体格から見て人でないと判断したアキヒトは、ふたりの武者にうったえる。


「異世界人だな? 境遇を同じくする者として、あなたたちとは戦いたくない。どうか矛を収めてくれ」


 しかし、ふたりはアキヒトの声が聞こえていないかのように斧と槍を身構える。


「無駄だ。貴様ら選別落ちのカス共とは違い、こ奴らには入念な調整を加えてある。人格を消してあるので反逆する心配などない。無論、貴様の呼び掛けになど応じるはずもない」


 ディエビア連邦最大の輸出品は人間、つまり奴隷だ。

 したがって、人間を縛り、従わせるための魔法も、他国とは比較にならない程発達している。

 アキヒトは、ここに来るまでにも自我を奪われ敵に使われていた異世界人と幾度となく戦って来た。

 だから、彼らの自我を取り戻すことができないのもよく理解していた。


「外道め」

「違うな。これぞ我が国における王道よ。我らが先祖より受け継ぎ、改良してきた支配の魔法があればこそ、この国の安寧(あんねい)は約束されるのだ。そして、余の支配するそ奴らは、召喚した異世界人の中でも特に魔力の高かった者たちだ。行使する魔法は軍団をも滅ぼそう。対して、鉱山送りにした者共は、皆、魔力微弱か皆無(かいむ)のはず。到底勝負になるまい」


 ダイアス王の言葉の直後、ふたりの鎧武者が構えた獲物の前に、魔法陣が展開される。

 そこから発せられる圧に、アキヒトはおもわず後退しそうになる。

 もし、数秒後に鎧武者たちが魔法を放てば、アキヒトとその一行は跡形もなく姿を消していただろう。

 しかし、そうなる前に彼の後ろに控えていた人物が動いていた。


 アキヒトの横を風のように疾走し、青い鎧の武者との間合いを一瞬で詰めたのは、長い黒髪を赤や青の鮮やかな組み紐で束ねた女だった。

 一重瞼(ひとえまぶた)の美しい顔立ちだが、引き結んだ口元と吊り上がった(まゆ)が、見る者に威圧的な印象を与えそうでもある。

 その装いは、生成(きな)りの着物と濃紺の(はかま)に似た下履きを纏い、朱塗りの胴鎧と左肩に巨大な大袖(おおそで)を付け、右手には手甲を嵌めている。

 構えた槍の内側に入られ、反応の遅れた青の鎧武者に対し、女は背負った長物を引き抜くと瞬きする程の間に相手を鎧ごと三度斬り付けていた。

 槍の先から魔法陣が消えると、鎧武者は糸の切れた人形のように(くずお)れた。


「なっ!?」


 ダイアス王が驚愕(きょうがく)に目を見開き青の鎧武者が倒れた左側に視線を注いだ瞬間、右の方から槌で金属を叩いたような音が数度続けて鳴り、(わず)かな間を置き赤の鎧武者がたたらを踏んで倒れた。

 その前方には、カーキ色の貫頭衣(ポンチョ)にこの世界では見られないテンガロンハットをかぶった女が(たたず)んでいた。

 帽子の下には、炎のように癖の強い赤毛が肩まで伸び、(つば)の下に覗く瞳は琥珀(こはく)色で肌はやや浅黒い。

 顔の造りは整っているが、一方で、歪んだ笑みの口元に(のぞ)く歯は肉食獣のような鋭い八重歯を備え、大きな目にも狂暴な感情が宿っている。

 そして、その手には、この世界にあるはずのない得物が握られていた。

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