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第六十一節 『寄生』

 エカロが声を掛けた直後、薄布の向こうでなにかが(うごめ)く気配がした。

 なんだ今のはと思い、ミツキは生唾を呑み込む。

 間違いなく、人ではない。

 もっと巨大ななにかだ。


 そんなミツキの思考を遮るように、薄布の向こうから身を震わすような大きさの声が発せられる。


「ヨくぞ参らレタティふぁにあの副しょウヨカんげイシようエンりょ無クちコウ寄ルガよイ」

「は?」


 調子の外れたような、奇妙に甲高い声音だった。

 ミツキはこの街に来て既に、似たような話声を耳にしていた。

 市場で腐肉を買い、狂った言葉を店主に返していた女の声とよく似ている。

 おいおいまさかこいつ、と心の内で考える。

 (もや)の洗脳を受けているのかよ。


「どうなさいましたミツキ殿? 王は傍へと仰せです。恐縮することはありません。ささ遠慮せずにもっと前へ」


 エカロは口元に笑みを張り付けながらミツキに促す。


「ドウしタのだ客ジンヨそノヨうに離レテいテハ話などでキヌデはなイかキ殿がコこへ出向イタトいうコとはコう和ヲノぞンデのことデアロうなラばコこハハらヲワっテ話シアわねバナルまイそうデアろう」


 声に連動するように、再び薄布の向こうでなにか巨大なものが蠢いた。

 近寄らせてなにをするつもりだよとミツキは思う。

 どう考えても(ろく)なことではあるまい。

 ならばどうすると自問し、すぐに答えが出る。

 というか己は最初からそのためにここへやって来たのだ。


 一瞬でそこまで考え、ミツキはポケットの中から鉄球を掴み、その手を前に突き出した。


「ブリュゴーリュ王、悪いがあんたとは話し合いに来たんじゃない。こうするために来たんだよ!」


 言い終わる間もなく、〝飛粒(ひりゅう)〟を前方に放つ。

 薄布を貫いた鉄球は、玉座に座る何者かに向かい、ミツキはたしかな手応えを感じる。

 同時に、鉄球によって薄布が吹き飛ばされ、今まで覆い隠されていた前方がミツキの目に(さら)される。

 その光景に、ミツキは息を()み、おもわず一歩後退った。


「……お、い……な、なんだよ、これ」


 玉座には、確かにブリュゴーリュ王らしき人間が座っていた。

 ただし、仮に己がブリュゴーリュ王の容姿を知っていたとしても、それがかの人物であるとは特定できなかっただろうとミツキは思う。

 視線の先の人物は、全身の皮膚が溶け落ち、剥き出しになった筋肉の上に赤黒い管のようなものが這い、その身をどくどくと脈打たせていた。

 しかも、腹の一部は肉が破れ、内臓の覗く腹腔内に束になった管が潜り込んでいる。

 また、とりわけ(おぞ)ましいのが、首から上だった。

 眼窩、鼻、耳、口、穴という穴から管が潜り込んでいる。

 さらに、頭骨の上半分は溶け落ち、剥き出しになった脳髄に、針のように尖った無数の管の先端が刺し込まれている。

 そして、その人物と半ば一体化している管は、玉座の背後から伸びており、そこには人の臓物を思わせる巨大な肉の塊が蠢いている。


「……寄生、しているのか? ブリュゴーリュ王に。なんなんだあれは。魔獣か? いや、タイミング的に、こいつも被召喚者、寄生型の異世界生物とか?」

「寄生などと不敬な物言いだ。異界の神が王の身に御降臨あそばされたのだとなぜ理解できない! ああ、ああ、王よ! なんという神々しいお姿か!」


 青褪めたミツキの前で、エカロが叫び声を上げながら随喜(ずいき)の涙を流す。

 その発言にミツキは表情を歪める。

 こんなグロテスクな肉塊のどこが神々しいというのか。

 この世界に召喚され、目を背けたくなるようなものをたくさん目にしてきたが、単純なグロさで言えばこいつはダントツだ。

 どうやら靄に冒されると、美的感覚まで狂わされるらしいと察する。


 一度エカロに移した視線を再び化け物に戻す。

 王らしき人物の身には無数の穴が空いている。

 〝飛粒〟が命中した箇所だろう。

 その傷に背後から伸ばされた管が殺到し、ビチビチとのたうち血をまき散らしながら穴を(ふさ)いでいく。

 どうやら修復しているらしかった。

 玉座の背後でさらに無数の管が持ち上がり、先端がぽっかりと開くと、蒸気のようなものを噴き出した。

 薄桃色のそれが、街を覆う靄と同じものだとミツキは判断する。


「つまり、こいつが靄の発生源ってことか」


 よく見れば、管は床や壁の中へと潜り込んでいる。

 もしかしたら、この管は植物の根のように地中を通って街中に張り巡らされ、靄となる気体を噴き出しているのかもしれないとミツキは想像する。


「だとすれば、こいつをここでぶっ殺せば!」


 再び〝飛粒〟を放とうと、反対のポケットから鉄球を掴み出したミツキに、壁際の衛兵たちが殺到する。


「邪魔だ!」


 ミツキは左手側に〝飛粒〟を放ち複数の衛兵を蜂の巣にしながら、右手側の兵たちに対応するため耀晶刀(ヴェリスサージュ)を抜き払う。

 戻した鉄球で右手側もすぐに薙ぎ払うつもりだったが、慌てて仕留め損ねた者が突破してきた場合は、刀で斬ろうと考えての行動だった。


「王よ今です!!」


 右手側の衛兵たちも鉄球で仕留めた瞬間、エカロの叫びが玉座の間に響いた。

 声の主に視線を向けたミツキは、足元に充満する靄の中から伸ばされた管に対し反応が遅れる。


「なっ!? こ、こいつ!!」


 管はミツキの体ではなく、耀晶刀に絡みついた。

 咄嗟(とっさ)に斬り払おうと振り回すが、刃の食い込んでできた傷口から粘液が噴き出し、表面が滑って切断できない。

 その一方で管はしっかりと刀身に絡み付き、滑って抜ける気配もない。


「くっそ! なんのつもり――うおっ!?」


 絡んだ管から刀を引き抜こうと焦っていたミツキは、先端の尖った管が床の靄の中から顔面に向けて突き出されたことで、思わず(つか)から手を離してしまう。


「しまった!」


 ミツキは再び手を伸ばして柄を掴もうとするが、管はものすごい勢いで玉座の方へと引き戻され、ミツキの手は空を切る。

 耀晶刀は管によって持ち上げられ、王らしき人物の頭上に(かか)げられる。


「こいつ! いったい何の真似だ!」


 ミツキは肉塊の化け物の不可解な行動を(いぶか)る。

 すると、エカロが再び声を張り上げた。


「そうです我が王よ! その魔素の結晶体を取り込めば、この世界に来てまともな糧を得られず、依り代()の身を介して養分を(すす)るしかなかったあなた様も、ようやく真のお姿へと変わることができるはずです! さあ、お召し上がりください!!」

「なんだと!?」


 エカロの発言に、ミツキの表情が歪む。

 こいつが己から武器を取り上げなかった理由はそれか。


 そう考える間にも、刃を下にした刀は、管によって降ろされようとしていた。

 一方、真下に座る王は、顔を上に向け口を開ける。

 その口の端に無数の管が引っ掛かかると、全方向から外側に向け力がかかる

 ゴキリという嫌な音とともに(あご)が外れると、気味の悪い程に口が開け拡げられた。


「冗談じゃ――」


 ミツキは〝飛粒〟を放とうとするが、一瞬早く剣は降ろされ、まるで鞘に納められるように、王の口の中へと呑み込まれた。

 すると、次の瞬間、王の身がどくりと脈打ったかと思うと、全身がボコボコと盛り上がり、一瞬で原形を失った肉の塊が、ものすごい勢いで空気を注入される風船のように膨らみ始める。


「お、おい、おいおい! や、ヤバいぞ!」


 ミツキは肉塊に背を向け足に力を込める。

 一瞬、エカロに視線を向けると、拝むような体勢で王に恍惚(こうこつ)の視線を向けている。

 この男は貴重な情報源だ。

 結局、馬車の中では訊きたいことの半分も聞き出せなかった。

 しかし、この状況ではもはや手遅れだ。


 ミツキは、エカロに向けた目を正面に戻し、全力で駆け始める。


「ああ、今ここに神は顕現(けんげん)された! 私はどこまでもあなダベッ!」


 背後でエカロの声が途切れ、同時に人体の潰れる嫌な音がミツキの耳にまで届く。

 化け物はものすごい速度で膨張(ぼうちょう)している。

 とにかく、この玉座の間から脱出しなければ、己も背後の男と同様に圧死する羽目になる。

 光の差し込む入り口までの数歩がひどく遠くに感じる。

 背後に迫る化け物の存在を肌に感じながら、ミツキはこれまでの人生で最も長い数秒をもがくように走る。

 あと六歩……あと四歩……二歩……そして最後の一歩を踏み、建物の外へと飛び出した。


「間に合っ――なっ!」


 玉座の間がある建物から飛び出し、半円形の広場に踏み出そうとしたミツキは、広場の石造りの床にビシビシと音を立てて亀裂が入るのを視認して眼を()いた。


「なぁ!? ま、さか、城が、崩れ――」


 その言葉を言い終わる前に、ミツキは背中に強い衝撃を感じ、肺の中の空気を吐き出した。

 咄嗟に首を捩じって背後を窺えば、膨張した肉塊から無数の管があらゆる方向に伸ばされ、壁や地面を穿(うが)っている。

 ミツキの背に直撃したのも、その管の内の一本だった。

 疾走している方向に向けて打たれたために衝撃が殺され、肉体的なダメージはさ程でもない。

 しかし、広場の向こうには、(はる)か眼下に雲海のように靄の広がる街がある。

 ミツキは肺を強打したことで呼吸困難に(おちい)りながら、自分が城の最上部から街に落下することを悟り、絶望的な気分の中で意識を手放した。

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