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第五十二節 『団欒』

 第八副王領(ダキア)を抜け、第十四、十三、十二副王領を直進したサルヴァとミツキ率いるティファニア軍は、予定通り他の進路を進んだ軍団に先んじて、国境の砦に到着した。

 砦の様子は酷いものだった。

 砦を挟んで左右に延びる石壁はところどころ倒壊(とうかい)し、砦自体もおそらくは魔法攻撃を受け、ボロボロに朽ち果てていた。

 どうやらブリュゴーリュ軍は、最初の砦は騎兵ではなく被召喚者による攻撃で一気に落としたようだった。

 先行して砦に到着していたシェジアからの報告によると、ミツキの予想通り進路上の町や村は穴に住人の白骨死体が放り込まれていたが、この砦の遺体は手付かずで散乱していたという。

 第十二副王領(アシミア)はたったの七日で陥落したと聞いていたが、おそらく初戦ということもあって、ブリュゴーリュ軍は最大戦力で襲撃したのだろうと推測できた。


 他の軍団が到着するまでの間、ミツキたちは砦とその周囲に駐留し、工兵隊によって砦と国境を隔てる石壁の修理が行われた。


「奴らが陥落した砦や城、都市などを拠点として占領してこなかったことは、不謹慎(ふきんしん)な言い方ではあるが、我々にとっては僥倖(ぎょうこう)だったね。おかげで連戦せずに済んだよ」


 そう言ったのはサルヴァだ。

 ブリュゴーリュ軍は異常な程に精強だったが、軍隊としてはあまりにお粗末だった。

 まるで(いなご)の群れのように、集団で移動して、その間にあるものをすべて食い尽くすだけだ。

 奴らの用いた戦略はティファニア正規軍を圧倒するものだったが、今にして思えば、それも被召喚者の入れ知恵があればこそだったのだろうとミツキは思う。



 結局、レミリス率いる第二十三副王領(キミリア)方面軍はミツキらから丁度十日遅れで到着した。

 オメガが頭に包帯を巻いた状態で、荷車に乗せられ到着したのを目の当たりにし、ミツキは肝を冷やした。

 どうやら、そうとう苦戦を強いられたらしい。

 ミツキにしても自力のみでは勝てなかったことを(かんが)みれば、自分たちがどれだけ危ない橋を渡ったのか、あらためて実感させられた。

 少なくともオメガは、トリヴィアがいなければここでリタイアとなっていたはずだ。

 そのトリヴィアやヴォリスら第七副王領(ブルネリア)方面軍が到着したのは、さらに十四日が経過した後だった。

 サクヤを回収するため迂回(うかい)したうえ、ミツキの指示通り人里を避けながら進軍したため、三つの軍団の中でも特に遅れたのだった。

 また、第七副王領方面軍は、唯一副将のひとりを失うなど損害も小さくはなかった。


 ともあれ、全軍が砦に集結すると、すぐにブリュゴーリュ領への侵攻が全軍に通達された。

 ティファニア領での最後の晩、ミツキら上層部は酒保商人(しゅほしょうにん)から買い上げた食料を兵士たちに振る舞い、遅ればせながら初戦の勝利を祝う(うたげ)(もよお)された。




 酒保商人から派遣された音楽家や踊り子が宴席を盛り上げ、兵士たちの歓声が響いて来るのを遠くに聞きながら、サクヤとトリヴィア、オメガの三人は砦内に(あて)がわれた空間で()き火を囲んでいた。

 彼らの目の前には、鳥に穀物と香草を詰めて焼いた料理や、野菜と燻製(くんせい)肉の煮込まれた鍋が置かれている。

 軍幹部らに三人の働きを労う気はあるようだったが、異形の姿と圧倒的な力を恐れる兵士も少なくはないと所属する軍団の士官から伝えられ、宴席からは外されたのだった。


「どうしてミツキが居ないのだ」

「奴はもう、ティファニア軍の幹部だからな。しかも、私兵たちからは頭目のサルヴァよりも信頼を得ている。宴席に出て部下を労うのも仕事ということなのだろう」


 不満そうなトリヴィアに言い聞かせるように、サクヤは(つぶや)いた。


「せっかく久々に話ができると思ったのに、アタラティアから戻ってからというもの、ミツキばかりが私たちから離されているではないか」

「仕方ないだろう。奴の見た目はこの世界の人間と酷似(こくじ)している。奴だけはこちらで受け入れられる素養(そよう)があったというだけのことだ」

「そうしてあいつだけがこっちで出世していくってわけか。オレ等は相変わらず奴隷同然だってのに」


 不貞腐(ふてくさ)れたように言うオメガの頭の怪我は完治している。

 トリヴィアの魔法のおかげだ。

 兎男の掌打を受けたうえ地面に頭を叩き付けられたため頭蓋骨が陥没し、衛生隊に従軍する魔導士の治癒魔法では完治できなかった。

 レミリスの一存で後方には送られずにここまで運ばれてきたが、トリヴィアの魔法がなければ重度の障害が残った可能性さえあった。

 さすがに恩を感じているのか、治療を受けてからは、いつものようにトリヴィアに食って掛かるような言動を控えている。


「そう(ひが)むな。奴が出世すれば我々の待遇(たいぐう)もおのずと良くなるだろう」


 サクヤにとって、ミツキの出世は神通の処置を施した時から企てていたことだった。

 つまり、順調に事が運んでいると言えた。

 それゆえ、今は他のふたりのなだめ役に回っている。


「どうだかな。今頃オレ等のことなんざ忘れて、あの商人どもの連れている娼婦でも呼んでよろしくやってるんじゃねえのか?」

「はあ!? お、お、おい、なな何を根拠にそんな――」

「まったくだ。適当なことを言うなよ」


 オメガの発言にトリヴィアが立ち上がりかけたところで、背後から声が掛けられた。


「ミ、ミツキぃ!」

「久しぶりだなトリヴィア。オメガとサクヤもよくやってくれた。おかげでここまで大した損害もなく辿(たど)り着けた」


 そう言ってミツキはトリヴィアとサクヤの間に腰を下ろす。


「それと、すまなかったな。なんか各軍の士官どもが勝手にこんな場所に追い出したらしくて。宴席でおまえらのこと散々探し回ったけど見つからないんで調べたら、オレに報告もなく砦内に場所を用意したとか言われてさ。それでちょっと揉めていたんで遅くなった」

「べつに気にしてはいない。実際我らのような異形がいたのでは、せっかくの戦勝祝いが盛り下がるだろう」

「そんなことないって。たしかにまだおまえらを怖がったり一部に差別的な目で見ている奴はいるけど、ジュランバーから一緒にやって来てほとんどの奴らは三人の働きぶりを理解している。むしろオレみたいにおまえらを探している奴の方が多いぐらいだよ」


 これは偽りではなかった。

 特に、トリヴィアについては、その実力に加え、快活で真っ直ぐな性格が多くの兵たちから(した)われている。

 オメガにしても、満身創痍(まんしんそうい)となりながらも、敵の切り札をひとりで引き付けた姿は軍団内で評判になっていた。

 サクヤについては、他の三人に比べ兵たちとの関わりが少ないため、あまり話題にはあがらないが、ミツキやトリヴィアの朋輩(ほうばい)ということで、評判は悪くない。


「みんなが来れば、ほとんどの兵士はむしろ喜ぶと思うぞ。だから、一緒に宴の席に行かないか?」


 誘いを受けた三人の表情を窺い、ミツキは彼らが乗り気でないことを察する。


「やっぱこの世界の人間と馴れ合うのは気が進まないか?」

「い、いや、そういうことではなくて」


 トリヴィアがおずおずと言う。


「もう少し、ここに居たいかな」

「なんで?」

「いや、なんというか、側壁塔(そくへきとう)に戻ったみたいじゃないか?」


 そう言われ、ミツキは周囲に視線を巡らせた。

 薄暗い石造りの砦の中は、ティファニア王都の側壁塔内と似ていなくもない。


「たしかに、言われてみると、少し懐かしいな」


 ミツキたちが側壁塔で過ごした時間は、ブリュゴーリュの侵攻の知らせを受けてから少ししてジュランバー要塞に移ったので、実質一年にも満たないはずだった。

 しかし、記憶のない四人にとっては、人生における多くの時を過ごした場所であると言えた。

 唐突にこの異世界へ放り込まれ、ひたすら生きることに必死な日々だったが、こうして戦の合間に振り返れば、どういうわけか掛け替えのない時間だったようにも感じられる。


「じゃ、もう少しだけここでゆっくりしていくか」


 そう言ってミツキは、懐から陶器製(とうきせい)の酒瓶を取り出す。


「それは?」

「酒保商人と宴会に(おろ)す食材や楽団の報酬を交渉した時にもらったんだ。まあ、鼻薬(はなぐすり)ってことなんだろうけど、役得(やくとく)だと思ってありがたくいただいておいたってわけ」


 ミツキは酒瓶の封を短刀で落とすと、ひと口(あお)った。


「うっ」


 ハーブで香り付けした蒸留酒で、ジンに近い風味だ。

 (むせ)そうになるのをどうにか耐え、酒瓶をトリヴィアへ渡す。

 トリヴィアは顔を()()()て少しの間飲み口を凝視していたが、意を決したようにひと口煽ると、オメガに回した。


 こうして四人は酒がなくなるまでの間、側壁塔やアタラティアでの思い出をぽつぽつと語り合ったのだった。

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