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第五十一節 『肉』

「気付きましたか?」

「……ああ。でも、くそっ、マジかよ! そんなことって!!」


 ようやく立ち上がったテオが、ミツキの尋常(じんじょう)でない様子に気付いて不安げに声を掛ける。


「あ、あの、どうなさったので」

「食われたんだよ」

「は?」

「ここの住人だ。ブリュゴーリュ兵ども、村を襲って殺した人間を焼いて食ってやがったんだ。骨髄(こつずい)がないのは、骨の中まで綺麗にしゃぶり尽くしたってことさ」


 テオはミツキに言われたことを理解できないといった様子で数歩後退ると、再び身を屈めて嘔吐し始める。

 といっても、先程胃の中身をすべてぶちまけていたため、口からは黄色く(にご)った胃液しか出てこない。


「奴ら……正気を失っているってのは承知していたけど、まさかここまで人間やめていたとはな。そういや、鹵獲(ろかく)した奴らの物資のリストに目を通した時、違和感があったんだよ。うちらみたいに輜重隊(しちょうたい)もなければ酒保商人(しゅほしょうにん)を連れているわけでもないのに、やたら物資に肉が多かった。てっきりこっちで奪った家畜でも潰したんだとばかり思ったけど、そういう――」


 そこでミツキはハッとなると、慌ててテオの胸倉を掴み、無理やり立ちあがらせた。


「奴らから奪った食料、肉はどうした!?」

「ほへ?」


 口の端から黄色く泡立った唾液を垂れ流しながらテオは惚けた声を出した。

 どうやらあまりの事態に呆然自失(ぼうぜんじしつ)となっているらしい。

 ミツキは手を振り上げ、その(ほお)を二度、思い切り張る。

 テオは衝撃と痛みに目を瞬かせながら我に返った。


「み、ミツキ殿?」

「ブリュゴーリュ軍から奪った肉はどうしたって()いてんだよ!?」

「え、それは――」


 テオは記憶を辿るように視線を上に向け、一拍置いてから答えた。


「廃棄しました。だ、大分傷んでいたもので。火を通せば食せない程ではないとも思ったのですが、食料は十分にありますし、万が一食中毒など起こせば行軍どころではないと判断し、私の権限で魔導部隊に焼却させました」


 ミツキはテオの答えを聞くと、胸倉を掴んだ手を離し、テオの両肩を手を置きつつ息をついた。


「ま、まずかったでしょうか?」

「いいや、まずくない。ってかナイスな判断だ。よくやってくれた。あと、()って悪かったな」


 ミツキはテオの肩をポンポンと労わるように二度軽く叩いてから再び穴に向き直った。


「で、どうするんで、これ?」


 シェジアに声を掛けられ、ミツキは少し考えてから背後の部下たちに振り返る。


「とりあえず、この穴を埋めたい。ただ、工兵隊とかは出したくないんだけど、どうにかなるかな?」

「できますが、今すぐやっちまってもいいんですか?」

「え? あ、ああ、できるんなら頼む」

「わかりました。おい、ファン。やれるな?」

「あい、問題ねえです」


 この一行の中で唯一の魔導士であるファンが進み出て詠唱を始める。


「――石砂の襞よ澱累なりて凡を隔せ〝泥土操覆(グル・アブル)〟」


 呪文を唱えると、穴の周囲の土が盛り上がり、ミツキたちは慌てて後方へと下がった。

 土は意思を持ったように穴の中へと降り注ぎ、数秒の間に埋め立てが完了した。

 微かに土が盛り上がっただけの広場に視線を向けながら、ミツキはファンに近寄る。


「ありがとう」


 ミツキに礼を言われ、ファンはなぜか不服そうな表情を見せる。


「礼の言葉よりもなじってくれた方が嬉しいんです。もしくはどついていただけるとなお良い」

「ああ、そういやドマゾだったな。でも悪いけど、そういうのはシェジアに要求してくれ。ともかく、これで少しは落ち着いたな」


 ミツキは、今度はシェジアに視線を向ける。


「悪いがファンと〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟から何人か連れて先行し、進路上の村が同じようなことになっていたら埋めていってくれないか? 残念だけど、多分、人がいた場所は同じようになっていると思うから。特に、合流地点の砦には誰より先に着いて処理してほしい。オレ等の軍の進路が砦までの距離はもっとも短いから、まず間違いなく他の軍よりも早く着けるはずだ」

「かまいませんが、その分――」

「わかってる。報酬は後でちゃんと払うって。それと、眼鏡君、念のためここから先、ブリュゴーリュ軍に襲われた町や村には、兵士を立ち入らせないよう触れを出しくれ」

「しかし、民兵の中には東部出身者で、故郷の様子を確認したいと希望している者が多数いるはずですが」

「それが怖いんだよ。いくら埋め立てても、元の町や村の様子を知っていたら、なにかしら気付く奴がいてもおかしくはないからな。兵士たちには、ブリュゴーリュ軍の所業を隠すことにする。できれば戦争が終わるまでは気付かれたくない」


 ミツキの言葉をテオは目を伏せて考える。


「確かに、志気に関わりますな」

「ああ。しかも、これからオレたちはブリュゴーリュ領に攻め込むことになるんだ。感情を逆撫でするような情報はできるだけ伏せておきたい。ここで起きたことを兵たちに知られれば、敵国領内で狼藉(ろうぜき)を招く可能性が増すだろうからな」

「しかし、それなら他の方面軍の対応次第では、結局明るみになるのでは?」

「とりあえず、レミリスたちの方は多分大丈夫だろう。あの女は、普段はただの飲んだくれだが、あれで意外と切れ者だ。アリアも付いてるし、きっとうまくやってくれると思う。心配なのは融通が利かなそうなヴォリスだが、あっちの軍は幸い町や村を()けて進むよう厳命(げんめい)してある」

「それは存じませんでした。いったいどうしてです?」

「それは、まあいろいろあるんだよ」


 第七副王領(ブルネリア)南部方面に進めた軍に人里を避けるよう指示を出したのは、トリヴィアを気遣ってのことだった。

 アタラティアの開拓村で、ペルの遺体を見た際の彼女の反応をサクヤから聞いていたミツキは、同じ(てつ)を踏まぬようヴォリスに厳しく言い含めておいたのだ。

 その指示が意外なかたちで功を奏したと、ミツキは内心で胸を()で下ろす。


「しかし、墓石ぐらいは建ててやりたいものですな」


 広場に切なげな視線を向け、テオが(つぶや)いた。


「気持ちはわかるが、これから先の村でもいちいち墓石を設置して回るわけにもいかない以上、残念だが放置して進むほかないな」

「どうせ骨になっちまっているんです。墓を建てるのが今か戦後かなんて、死人は気にしやしませんよ」


 酷薄(こくはく)なシェジアの言葉を聞き、テオは不快そうに顔を歪める。

 ミツキとしてはテオの感情を理解しつつも、シェジアの意見に賛成だった。

 死者のために(いきどお)るよりも、今を生きる者のために、少しでも早く戦を終わらせるのが自分たちの役目だ。


「とにかく、急いで本陣に戻る。シェジアは早速準備に取り掛かってくれ。ただ、ブリュゴーリュ軍の残党と鉢合わせする可能性もあるし、急ぎながらも備えは(おこた)らないように。眼鏡君はすぐに町や村の跡に立ち入らないよう全軍に通達してくれ。指示が行き渡るまでは軍を動かさないから、出立は明日になるだろう。オレはサルヴァと士官を集めて状況を説明する。あと、当然だけど、ここでのことはむやみに言いふらさないように。特に、下の兵士たちには絶対に知られないよう、十分配慮(はいりょ)してくれ」


 皆が頷くと、ミツキたちは軍に戻るべく元来た道を引き返した。

 歩き始めたミツキは、最後に一瞬だけ穴の開いていた地面に視線を向け、思考した。

 栄養補給のため、人を殺して食らう程に理性を失うとは、いったいブリュゴーリュ兵たちは本国でなにをされたというのか。

 そう言えばと、思い出す。

 あの虫騎士は、どういうわけかブリュゴーリュの王に心酔していた。

 兵士たちに比べれば正気を維持していたようにも見えたものの、そもそもにしてあれ程の巨体で魔法にも耐性があると豪語(ごうご)していた化け物が人などに魅了されていたことからして、なにかがおかしい。

 いったいブリュゴーリュという国で何が起こっているのかと、ミツキは不安を感じずにはいられなかった。

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