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第四節 『夜燭』

 意外にも、塔の外の林はかなりの広さだった。

 城壁と街を隔てる目的だと聞いていたため、端から端までせいぜい五十メートル前後ではないかと予想していただけに、既に五分近く歩いているにもかかわらず端に辿り着かないのには驚かされた。

 驚いたと言えば、背後に聳える側壁塔の大きさも予想外だった。

 月明かりに照らされた城壁も目測で三十メートル近くとかなりの高さだが、そこから突き出た塔は更に十メートル以上は高く、横幅もあり塔というよりは小さな城のような佇まいだ。


「もう少し離れよう。人に見られたくはない」


 声を掛けられ、首を捻って背後の塔を見上げていたミツキは、前方を歩く人影に顔を向けた。

 相も変わらずフードをすっぽりと被っているので容姿はわからないが、少なくとも、ミツキよりも頭ひとつ分以上は背が低い。

 ローブを纏った最後のひとりにして、レミリスと名のった女軍人に、自分たちに掛けられた呪いについて尋ねた人物だ。

 先程まで話したこともなかったこの小柄な人物と、夜の林を散歩することとなった経緯をミツキは思い出す。




 レミリスとアリアが塔の二階へと姿を消した後、鬼女と犬男が真っ先に飛びついたのが、アリアの置いていった食糧だった。

 中身は干し肉とチーズ、それと白っぽいブロック状の固形物に皮革製の水筒に入れられた水だった。

 手当たり次第に食い散らかそうとする犬男に対し、鬼女はきっちり四人で分けるよう主張し、当然のように先程の睨み合いが再開した。

 いい加減、付き合いきれないと考え、ミツキは倉庫へと向かった。

 腹は減っているが、先程牛乳のような液体を飲んだおかげで、飢えで野生に返りかけている犬男に比べれば余裕がある。

 先にレミリスから指示された長髪男の骸の処理を済ませてしまおうと思ったのだ。

 死体など早めに片付けるに越したことはない。


 廊下の突き当りの倉庫に辿り着くまで数分を要し、塔と聞いていた建物の意外な広さにミツキは驚いた。

 倉庫へと至る廊下には空き部屋がいくつかあり、少なくとも寝床の場所で揉めることはなさそうだと、少し安心した。

 アリアの残していった燭台を片手に倉庫内を漁る。

 様々な道具が棚に整然と収納されており、中には生活用品と思われるものも含まれていた。

 おそらくは、以前ここに詰めていたという兵士が残していったのだろう。


「モップにたわしに雑巾。こっちは掃除用具か。トングにバケツ……これは、木炭か? 何に使うんだよ。お! これはもしや、石鹸じゃないか!? 非常にナイスだけど、今は土木用の道具を探すのが先だな」


 シャベルがあれば良いのだがと思いつつ、武器になりそうなものも探す。

 他の者たちよりも戦闘能力で大きく劣る以上、自衛の手段は少しでも多いに越したことはない。

 棚の奥に鍬のようなものを見つけ、手を延ばそうとしたミツキは、背後で小さな物音が鳴ったのを耳にして、反射的に振り向いた。

 灯火の先に、小さな人影を認め、幽霊ではないかと一瞬寒気に襲われるが、すぐに残ったローブの人物だと気付いた。

 しかし、油断はできない。

 長身長髪の男のような危険人物でないという保証はどこにもない。


「えっと、何か用?」


 声を掛けつつ、背後の鍬に後ろ手を延ばす。


「話がしたい」


 やはり少女のような声だった。

 あの過酷な試練を突破したことを鑑みれば、可愛らしいと感じるより違和感が先に立つ。


「悪いけど、後にしてくれないか。聞いてただろ、あの死体を片すよう言われたの」

「死体の処理なら私が済ませておいた」


 耳を疑った。

 この人物が鬼女らと同じような力の持ち主なら、この小柄で二メートル程の人体を動かしたことについては驚かないが、それにしても早すぎる。


「……本当か?」

「嘘は好まない。つまらないことで欺き、おまえの不信を買うことで得る利益もない」


 嘘は言っていないように思われた。

 それに、今後のことを考えれば、この人物とは友好的な関係を結んでおくのが望ましい。

 今のところ明確に味方と言えそうなのは鬼女だけだが、彼女の強さと人となりは申し分ないものの、どこかヌけているうえ頭もあまり良さそうではない。

 その点、目の前の人物は、先程のレミリスとのやり取りから、高い知性を感じた。


「それなら、いいよ。話そう」


 承諾の返事を聞くと、ローブの人物はミツキに背を向け歩き出した。


「え? 話すんじゃないのか」

「場所を移す。建物の外に出よう」


 そう言いつつ、部屋の奥へと足を向ける。


「どこ行くんだ? 外ならさっきの広間に行かなきゃ出られないだろ」

「あそこには、しばらく近付かない方がいい。残った二人が派手にやり合っている」


 その言葉に応じたかのように、建物がズシンと音を立てて揺れ、棚から砂や埃が落ちた。


「そりゃ関わりたくないが、でも出口はあそこにしかないだろ」

「そうでもない」


 部屋の奥の壁に手を付いたローブの人物が軽く体重をかけると、重々しい音を立てて壁が外側へ開いた。


「ちょっ! なんだそれ!?」

「隠し扉だ。この塔は城壁の一部であり、敵に攻め入られることまで考慮していろいろ仕掛けが施されているらしい」

「そりゃ、納得だが……」


 現れた通路へと入っていくローブの人物に続きながら疑問を投げ掛ける。


「なぜ、それがここにあるとわかった?」

「後で教えてやる」


 そう答えると闇の中へ迷わず踏み入っていく。

 慌てて燭台を突き出すと、石材を組み上げて作られた狭く長い通路が照らし出された。

 蜘蛛の巣を手で払いながら進むと、前方に金属製の引き戸が現れ、ローブの人物が手を掛けると、ゴロゴロと重苦しい音を立てながら、ゆっくりと扉が開いていく。

 開いた隙間から差し込む薄い明りに、ミツキは目を細めた。

 扉が開ききり外へ出ると、目の前には鬱蒼とした密林が広がっていた。

 通路の中に差し込んできた明りは、月の光だった。

 日本で見る月よりも大分明るく感じるのは、街灯などがないからだろう。

 外に出てから振り返って扉を窺うと、城壁の一部に見えるようカモフラージュされていることに気付いた。


「少し歩こう」


 扉を閉めたミツキが掛けられた声にふり返ると、ローブの人物は既に歩きだしていた。

 なぜ塔から離れるのか疑問だったが、警戒しながらも従うことにした。




「ここでいい」


 ローブの人物が歩みを止めたのは、林の中にあってもよく目立つ大樹の傍らだった。


「話をするのはまったくかまわないが、その前にそろそろ顔を見せたらどうだ? 当面一緒に生活するのにフードを被りっぱなしというわけにもいかないだろ?」


 提案を受け、ローブの人物は無言でフードに手を掛けた。

 グビリとミツキの喉が鳴る。

 今後のことを考えれば、控えの間で襲われたような化け物(づら)でないことを祈らずにいられない。

 そんなミツキの心配は杞憂に終わった。


 フードが引き下げらえると同時に、白銀の長い髪が月光を反射させながら滝のように肩から背中へとこぼれた。

 顔を見て、言葉を失う。

 白磁の如き肌と深紅の唇、紫水晶の瞳の少女がミツキをじっと見つめていた。

 整い過ぎた顔の造形も相俟って、人形にしか見えない。

 鬼女が野生の獣を思わせる動的な美しさだったのとは対照的に、迂闊に触れれば容易に壊れてしまうガラス細工のような静的な美貌だとミツキは感じた。

 あえてひとつだけ欠点を挙げるとすれば、額の中央に縦に走る細い線だろう。

 傷痕なのか、種族特有の皺のようなものなのか、ぱっと見では判断しかねた。

 ただ、たとえ傷痕だったとして、それすらチャームポイントに思えてしまうほど、少女の見た目は完璧だった。


「あの女、レミリスとか言ったか、あれの言葉は半分も信用できん」

「へ?」


 少女の容姿に気を取られていたミツキは、唐突に掛けられた言葉を一瞬理解できず、間の抜けた声を漏らした。


「まず、奴は我らを戦のための道具として召喚したと言っていた。しかし、今この国は戦争状態にないという。試験を受けた者たちと移送中に殺された者たちの総数の四倍もの異世界人を召喚したうえ、一定期間の管理を経てあれ程大掛かりな催しを行った。にもかかわらず、我らは戦力としてすぐには必要とされていない。おかしな話ではないか? まして、それを管理するのがたった二人の女だというのだ。とても正気の沙汰とは思えん」


 自分たちを管理する手間暇や費用を考えれば、どれ程大きな計画なのかという疑問はミツキにもあった。

 また、先程のレミリスによる説明については、死にかけた直後の混乱や修羅場もあって、今の今まで深く考えていなかったが、たしかに少女の指摘はもっともだ。

 何か腑に落ちない。


「むしろ平時だからこそ、この先起こる戦争に備えて戦力の増強を図ったのかも」


 咄嗟にそれらしい理由を考えてみた。

 実際、鬼女と犬男、そして、死んでしまったとはいえ長髪の男の圧倒的な力を鑑みれば、仮に国家予算の多くを注ぎ込んだ計画だとしても、それで戦争に勝てることを思えば割に合わないということもないのではないか。


「なるほど、奴らが手当たり次第に召喚したことを思えば博打ではあるが、まあ理に適ってはいるか。しかし、それは奴らにその手段があればの話だ」

「えっと、それはどういう……」

「この世界の魔法では、異世界から何かを召喚するなどという真似はまず無理だと言える。まして、生命体を、それも数百という数を召喚するなど、どう考えても不可能な話だ」

「……は?」


 ミツキの戸惑いに反応したかのように、燭台の灯が音を立てて揺らめいた。


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