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第四十八節 『一閃』

「あ?」


 ジャメサはミツキの返答を受け、意味が解らないとでも言いたげに眉根(まゆね)を寄せた。


「……このままでいい、ってのはどういう意味だ?」

「どうもこうもあるかよ。おまえ程度に構えるまでもないってことだ。それどころか抜剣(ばっけん)する必要さえないな」


 ミツキはあえて周囲を囲む兵士にも聞こえるよう、声のトーンを高めて言った。

 ふたりを取り囲む兵士たちは、一瞬ミツキの言った意味を計りかねて(しず)まると、すぐに騒めきだした。

 間を置かず、ミツキの慢心(まんしん)をなじる声が上がったかと思えば、大胆な挑発を称賛(しょうさん)するような言葉も聞こえた。

 ソファでは、ジャメサの横やりを受けてから仏頂面だったシェジアが、ミツキの発言を聞いて破顔しながら呟いていた。


「達人相手によく吠えたものですね、うちの副長殿は」

「あはー、楽しそうですねぇ(かしら)ぁ」


 (かたわ)らで、煙草を三本咥えながら鼻や耳から煙を吹いて脱力しているファンからの指摘に、シェジアは愉快(ゆかい)そうに答える。


「今のを無策(むさく)で言ったのならただのアホですが、もし本当に〝構えるまでもない〟んだったら、この場の全員を黙らせることができますよ。奴の器を測るには良い機会です。とはいえ、さすがにこれは命懸(いのちが)けになりますね。小手調べ程度の気持ちだった〝剣帝〟を本気にさせちまった。ファン、一応治癒魔法の準備をしといてください。つっても、即死じゃどうしようもないでしょうが」



 シェジアが言ったように、ジャメサの顔つきが変わっていた。

 一見すると表情筋はほとんど動いていないが、三白眼(さんぱくがん)の釣り目が(かす)かに吊り上がっただけで、異様なプレッシャーをミツキに伝えてくる。

 そりゃそうだろう、とミツキは思う。

 人生の半分以上の期間を剣のみを頼りに生きて来た男に対し、剣の腕を(あなど)ったのだ。

 最悪の侮辱(ぶじょく)だと言える。

 それでも、温厚な人間であれば感情的にはならないかもしれないが、剣を頼みに生きてきたような者が、温厚なはずもない。


「その直立(ちょくりつ)の体勢で、剣も抜かずにオレと()ろうというのか? 冗談なら笑えないな」

「べつに冗談でもはったりでもないさ。やる気満々のとこ悪いが、オレも(ひま)じゃないんでな。一瞬で勝負を着けさせてもらう」


 いっそう強烈さを増すジャメサの殺気に、ミツキは胃が締め付けられるような心地になる。


「そうか……ところで確認しておきたい。オレがあんたを殺してしまったら、やはり極刑(きょっけい)になるのか?」


 つまり、殺すつもりで行く、と言っているのだろう。

 声が震えないよう気を付けつつ、ミツキは口を開く。


「この決闘でオレが死んでも、オレ自身が納得ずくで()()を買って出たのでおまえは一切罪に問われない。眼鏡君が証人だ。その時はサルヴァにそう証言してくれ」

「は、はあ!? 正気ですかミツキ殿!?」


 情けない声を上げるテオを無視して、ミツキはジャメサにほほ笑んで見せる。


「これで気兼(きが)ねなく闘えるだろ?」

「ああ。遠慮せずあんたを斬れるよ」


 それだけ言うと、ジャメサは口を(つぐ)んでミツキを見据(みすえ)えた。

 あとは立会人(たちあいにん)が開始の合図を叫べば始まるということらしい。

 ミツキは棒立ちのまま、両手の指を開いたり閉じたりして、決闘の開始に備える。

 少々(あお)り過ぎた感はあるが、仕方ないだろうと心の内で思考する。

 己の目論見(もくろみ)を成功させるためには、相手には少しでも感情的でいてもらわなければならない。



 相対するふたりの様子を兵士たちの囲いの最前列で観るティスマスが、傍らのエウルに問うた。


「どう見る?」

「そりゃ、ジャメサが勝つでしょ。あの副長さんも騎馬戦の時は鬼みたいに強かったけど、あれはあの剣を飛ばす魔法?を使っていたからだよ。剣の立ち合いでジャメサに勝てると思ってるなら、身の程知らずだ」

「ま、そうだよな」


 少年のような弓兵の口調は、ジャメサらと初めて会った時に比べ(くだ)けている。

 一方のティスマスは、初対面の時から相変わらず気安い口調だ。


「ただ――」

「ただ?」

「あの人、なんか嫌な感じがする」


 弓使いの友人の口調に、槍使いの冒険者は少し笑う。


「嫌なって、抽象的だな」

「うぅん、なんというか、魔物を狩る時でもたまに感じることがあるんだよね、こういう嫌な感じ」

「へえ?」

獲物(えもの)を見つけて、間違いなく仕留めたと思って矢の狙いを付けていたら、なんか嫌な感じがするんだよ。それであらためて周囲を(うかが)うと、別の魔獣が自分の背後に回っていたりね。こっちが勝ちを確信しているような時ほど、実は無防備(むぼうび)だったりするんだ」

「ああ、そういう経験は私にもあるかな。相手の武器をすっ飛ばして勝ったと思ったら、思いもよらないような場所に暗器(あんき)を仕込んでいたり。で、実は私もエウルと同じような印象を受けた。ただ、あいつは……」

「うん。頭に血が昇っているよね。ジャメサに助言する?」

「あー、いや止めとこう」


 エウルは少し意外そうな表情でティスマスを窺う。


「どうして?」

「だって、フェアじゃないだろ? あのダンナはひとりで乗り込んできて、完全にアウェーなのにさ。そのうえ私等がアドバイスまでするのは、さすがに気が引けるよな」

「ティスの口からフェアって言葉が出るとは」

「おい……まあ、あとはジャメサが殺気ビンビンなのに対し、多分副長のダンナは殺る気はなさそうだからってのもある。それなら、しばらく負け知らずの〝剣帝〟には、敗北も良い経験になるだろ」

「トリヴィアさんには何度も負けてるじゃない」

「あの人は〝人〟じゃないからな。負けても仕方ないってなるだろ? でも同じような年頃で互いに剣一本での決闘ってことなら、負けの重みはまるで違う。でもって、人ってのは、勝利よりも敗北からの方が多くを学ぶ、こともある」

「つまりジャメサのためってこと?」

「それな。あとは単純にあのダンナの手の内を見たいってのもある」


 どちらかというとそっちが本音じゃないかとティスマスが思った時、立会人の兵士が前口上(まえこうじょう)の声を上げた。




「これより、ティファニア軍副団長、〝人間狩り〟ミツキ対〝剣帝〟ジャメサ・カウズの決闘を行う」


 立会人の口にした己の二つ名に、ミツキは脱力しそうになる。

 〝人間()()〟とはどういうことかと一瞬考え、おそらく先の戦で、〝飛円〟を使い敵兵を()()まくったからだろうと(さっ)する。

 誰が考えたのか知らないが、できれば定着(ていちゃく)してほしくないあだ名だ。

 そんなことを考えている間にも、立会人の男は大きく息を吸い込みつつ、右手を高く(かか)げる。

 そして、叫ぶと同時に思い切り()り下ろした。


「始めぇ!」


 声と同時に、ジャメサは大きく踏み込み剣を振り下ろしてきた。

 早い、とミツキは感じる。

 しかも、狙いは頭頂部(とうちょうぶ)だ。

 躊躇(ちゅうちょ)なく一撃で殺りに来ているのがわかった。


 だが、とミツキは刹那(せつな)の瞬間に思考する。

 剣の軌道(きどう)はどうにか目視できている。

 そして、体は考える間もなく動いていた。

 この世界に来る前、すなわち記憶を失くす前の己は何者だったのかと、つくづく疑問に思う。

 重心を右足に移しつつ左足を後方へ引き、左手で(さや)を押さえ右手は(つか)(つか)んで既に(さや)を払っている。

 ジャメサの斬り込みに対し、脊椎反射(せきついはんしゃ)でここまで動くとは、元の世界ではいったいどんな人生を送って来たというのか。

 そんなことを頭の片隅(かたすみ)でぼんやりと考えている間に、決着はついていた。


 (すず)し気な金属音が鳴った直後、ジャメサとミツキを含めた天幕内の人間は完全に動きを止め、先程までの歓声も止み沈黙が場を支配していた。

 その静寂を最初に破ったのは、ジャメサの戸惑(とまど)ったような声だった。


「……な、……なにが起こった?」


 そう言う彼の振り下ろした剣は、刃の半ばから先を喪失(そうしつ)している。

 当然、切っ先はミツキに届いていない。

 一方、ミツキの耀晶刀(ヴェリスサージュ)はジャメサの左の首筋に当てられている。

 その切っ先は(わず)かに肌に触れ、血が一筋刀身を伝っていた。


「おい、オレの勝ちで良いんだよな?」

「……え? あ、はっ、はい!」


 立会人の男は、ミツキに指摘され我に返ると、慌てたような大声で勝負の結果を叫んだ。


「勝者、〝人間狩り〟ミツキ!」


 その仇名(あだな)はいちいち付けないと駄目なのかと考えながら、ミツキは切っ先に付いた血の(しずく)をひと振りして飛ばし、納刀(のうとう)した。

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