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第四十七節 『決闘』

 天幕内の兵士たちは、この夜一番の盛り上がりを見せていた。

 兵士たちは胴元(どうもと)である〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟の男の周囲に群がり、貨幣(かへい)(ふだ)のようなものを交換している。

 どうやらふたりの決闘も賭けの対象にするらしい。

 あの札は、馬券のようなものだろうとミツキは察する。

 男たちが札を買う時、口にする名前はミツキの耳にも届いていたが、八割以上がジャメサに賭けているようだ。

 この賭場で魔法の使用は禁じられているらしく、〝飛粒(ひりゅう)〟や〝飛円(ひえん)〟も魔法の一種と認識されているため使えない。

 だから、純粋な剣の勝負でジャメサに敵うはずがないとないと思われているらしい。

 悔しいが正解だとミツキは思う。

 ジャメサの剣の腕は戦場で目にしているのに加え、ジュランバー要塞でトリヴィアと稽古しているのを遠目に確認しているが、おそらく敵わないだろうとミツキは分析している。


 ミツキは例によって剣道や居合道、他にも様々な武術や格闘技を己が体得していることを確認している。

 また、サクヤによって授けられた神通(じんつう)のひとつ、練気(れんき)によって身体能力も大幅に向上している。

 さらに、側壁塔でのサクヤとの稽古に加え、アタラティアでの戦いで培った実戦勘もある。

 並の武辺者(ぶへんしゃ)であれば、〝飛粒〟や〝飛円〟に頼らずとも、圧勝する自信はあった。

 しかし、この男は別格だとミツキは考える。


 下士官待遇で軍に迎えた者については、ミツキ自身がその経歴を確認しているが、このジャメサ・カウズという男は、第十九副王領(コメリア)の闘技場で十歳を迎える前から剣を握って命のやり取りを重ねてきた猛者(もさ)だという。

 試合の頻度(ひんど)は、余程の負傷を負っていなければ、ほぼ毎日だったというから、よくぞ今まで生きてこられたものだと思わずにはいられない。

 十年程を費やして剣闘士の筆頭(ひっとう)にまで上り詰めた彼は、その後の三年間無敗を貫き、〝剣帝〟という異名で呼ばれていたらしい。

 元々は貴族の家の出身とのことだが、一族の資産を一代で使い果たしたという放蕩者(ほうとうもの)の父の遺した莫大な借金を背負っていたため、どれだけ活躍しようと剣闘士の身から解放されることはなかったが、借金の帳消しを条件に剣闘士から兵を募った結果、彼はこの軍団に入ることになったのだ。


 十数年間、ほとんど毎日のように命を()けて戦い積み上げてきたこの男の経験は、型破りの方法で力を付けてきたとはいえ、戦場に身を置いてさほどの時間も経ていない己が太刀打ちできるものではないとミツキは確信する。


「では、どうすれば勝てる?」


 仮に負けたところで、この場の兵士たちに十数日から数十日間酒を振る舞うだけで済む話だ。

 とはいえ、「オレ等のような人種は、力で相手を測る」とのジャメサの言葉を(かんが)みるなら、ここは勝っておくに越したことはない。

 自分の持つ手札で、この格上の剣士を破るにはどうすれば良いか思考しつつ、ジャメサを観察する。

 胴元に群がる男たちから距離を置いたところで、ジャメサはひとり腕を組んで目をつぶっている。

 こいつに勝るものといえばと考え、得物ぐらいかとミツキは思う。


 ジャメサが両の腰に差すのは、飾り気のない両刃の直剣だ。

 この男が愛用しているのであればそれなりの業物ではあるのかもしれないが、ただの剣以上のものではないだろう。

 対するミツキが帯びている耀晶刀(ヴェリスサージュ)には、〝不壊〟と〝両断〟という二種類の魔法が付与されている。

 とはいえ、これを単純にアドバンテージと捉えることはできない。

 ジャメサの剣は、遠目から見ても使い込まれており、おそらく手に馴染んだ武器なのだろうと察せられる。

 一方、ミツキは耀晶刀を手に持って扱った経験がほとんどない。

 そのうえ、王耀晶(ヴェリスティザイト)で作られたこの剣は、羽のように軽く、剣戟(けんげき)に向いているとはとても言えない。

 つまり、有利な点と言えば、素早く振れることぐらいかとミツキは思う。

 あとは、日本刀の形ゆえに、元々身に付いていた日本の剣術を扱いやすいということぐらいか。

 そこまで思考して、待てよと考える。

 この男が思いもよらない技で一気に決着を付けるというのはどうか。

 ミツキは(あご)に手を当ててしばし考えた後、傍らで不安そうな表情を浮かべるテオに声を掛ける。


「これ、オレに賭けといてくれないか?」


 そう言って差し出したのは、ポーチに入れていたシリー銀貨の詰まった革袋だ。

 酒保商人のキャンプ地に自ら足を運ぶことのないミツキが、行軍中に貨幣を使うようなことはほとんどないのだが、有事の際に金で解決できることもあるだろうと考え持ち歩いていたのだ。

 また、〝飛粒〟の弾丸が切れた際の予備として使うことも想定している。


「大丈夫なのですかミツキ殿。私は戦の最中、後方で戦場の様子をモニターしておりましたが、あのジャメサ・カウズという男は並の手練(てだ)れではありませんよ」

「なんだよ、眼鏡君はオレが負けると思ってんのか?」

「ぶっちゃけ思っております」


 この男のこういう素直なところには好感を覚えないでもなかった。

 しかし、閑職(かんしょく)に追われていたのは、実はこの率直すぎる性格が災いしたからではないのか、とも思われた。


「心配すんな。眼鏡君も有り金をオレに賭ければ(もう)けられるぞ。あ、それとな」


 ミツキは腰に差した二振りの耀晶刀のうちのひと振りを鞘ごと引き抜きテオへ差し出す。


「これも預かっといてくれ」




 体感で三十分近くを費やし兵士たちが賭け終えると、ミツキは天幕内中央にぽっかりと空いた空間に進み出た。

 周囲は歓声を上げる兵士に囲まれており、彼らの興奮が伝染したのか、ミツキ自身も己が高揚(こうよう)しているのを認めないわけにはいかなかった。


「剣は一本で良いのか?」


 ジャメサに問われ、ミツキは自分の左の腰に目を向ける。

 テオにひと振り預けたため、腰の耀晶刀もひと振りだ。


「ああ、これでいい」

「そうか」


 ジャメサは自分も右の腰に差した剣を引き抜くと、兵士たちの最前列に立っているティスマス・イーキンスに向けて放った。


「預かっといてくれ」


 槍使いの冒険者は、片手で剣を受け取ると、肩眉を上げてほほ笑んだ。

 ジャメサの行動を(いぶか)り、ミツキは問う。


「おまえは双剣使いじゃないのか?」

「できるだけ対等な条件で()りたい。ただ、剣が一本に減ったからといって、弱くなるなどとは期待しないでくれ。別に剣一本で戦うことに慣れていないわけじゃないからな」

「そうかよ」


 素っ気なく返答しつつ、ミツキは内心小躍(こおど)りした。

 相手が二刀流であることが、自分の作戦のネックだったのだが、意図せず問題が解消されたのは僥倖(ぎょうこう)だった。


「それと、先に礼を言っておきたい」

「礼?」


 周囲の兵たちに聞こえない程度の声音で(ささや)くジャメサに、ミツキは眉をひそめる。


「この決闘を受けてくれたことだ」

「ああ……べつに良いさ、おまえの言う通りこっちにもメリットはあるんだろうし」

「……嘘を言ったつもりはないが、この場の私兵共も一応はプロだ。さっき、決闘の申し出を受けなかったとしても、上官であるあんたの命令に逆らったりはしない。つまり、実のところ、この決闘であんたが得る利益は然程(さほど)ない」

「は? なんだと?」

「あんたとはどうしても、一度サシで闘ってみたかったんだ。なにせ、あのトリヴィアが絶賛(ぜっさん)するほどの奴だ。たしかに騎馬戦で見た妙な魔法は凄まじかったが、剣もかなり使うと聞いてる」


 この野郎とミツキは思う。

 結局こいつの個人の望みのために舌先三寸(したさきさんずん)で丸め込まれたということか。

 だが、おかげでこれからすることにも躊躇(ちゅうちょ)がなくなった。

 正直、相手を侮辱(ぶじょく)するようで、あまり気は進まなかったのだが、ナメた真似をしてくれた分、こちらも気兼(きが)ねなく(あお)ってやれそうだ。


 ジャメサは剣を抜き、切っ先をミツキに向けながら(つぶ)く。


「どうした。あんたも構えろよ」

「……いや」


 ミツキは冷ややかな表情を作ると直立のままジャメサに応えた。


「このままでいい」

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