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第四十五節 『鑑定』

「失礼しました副長殿。こいつはファン・リズっつって〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟の次席のひとりで傭兵団唯一の魔導士です。大分頭のネジが(ゆる)く、しかも破滅的なまでの被虐性癖者ですが、魔道具の鑑定眼についちゃ一流です」

「性癖の説明要らなくない?」


 シェジアはミツキの指摘をスルーし、耀晶刀(ヴェリスサージュ)の刀身をファンの前に(さら)す。

 女は瞳孔(どうこう)の開いた眼で青い刃をぼんやりと見つめていたが、唐突にカッと目を見開くと、刀身を両手で無造作に掴んだ。

 その奇行に、ミツキはギョッとなる。

 〝両断〟の魔法が付与された耀晶刀を素手で握っているため、ファンの手からは血がぼたぼたと垂れているが、余程握力が弱いのか、それとも無意識に力を加減しているのか、辛うじて指は繋がっている。


「お、おい! ち、血ぃ出てる!」

「こっ、これはぁ! 王耀晶(ヴェリスティザイト)じゃないですかぁ! こんな見事な結晶、そ、それも、なんすかこれ、剣の形に加工してるんですか!? やっべえヤツじゃないですかぁ!」

「だから、血が出てるって!」

「むっほぉ! しかも、この透明度ときたら! 実は王耀晶にも質ってもんがあって、技術者の腕次第でほんのり(にご)ってたりするんですけど、こ、これだけクリアなブツは――」

「聞けやコラ!」


 再びシェジアに頭をどつかれ、耀晶刀を(のぞ)き込んでいたファンの(ひたい)に刃がめり込む。


「ありがとうございます!」


 叫ぶと同時に、刀身を握っていた手から指が千切れ飛び、ミツキの顔に二本ほど当たる。


「ちょ、ちょっ! 指! 指ぃ!」

「あ、これは失礼。お恥ずかしいところを」


 ファンは耀晶刀から手を放すと、特に慌てた様子もなくゆっくりと身を屈め、半ばから先の喪失(そうしつ)した指で地面に落ちた指先を拾い集めていく。


「す、すぐに衛生兵を――」

「いえいえどうぞお構いなく。こんぐれえならテメエの魔法で引っ付けますんで問題ねえですよ。ってかちょっと気持ち良かったですし。なんか得したぁ」

「あ、あぁ、そう。いや、ドン引きだよ」


 シェジアは下履きのポケットから手拭いのような布を取り出すと、汗でも()くように額から流血するファンの顔面を(ぬぐ)っていく。


「テメエのリアクションから値打ちもんってこたぁわかりました。で、具体的にどんぐれえの値が付くんですか」

「金ですかぁ? とても金に換算できるような代もんじゃねえですけど、まあそれでも無理にでも値を付けると、この一セットでいち副王領の年度予算に匹敵する額になりますかね」


 天幕内の私兵たちがどよめく。

 ミツキとしては窃盗の危険性が増すので、耀晶刀の価値を喧伝(けんでん)するような真似は(つつし)みたいところだったが、背に腹は代えられない。


「たしかに、ちまちま鎧なんぞ()き集めるより、余程の値打ちもんみたいですね」

「だろ? まあ、そんなわけだから――」

「あ、あ、でもですねえ!」


 耀晶刀を担保(たんぽ)にシェジアたちを従わせようとしたミツキは、横からファンに口を挟まれ、嫌な予感を覚える。


「それだけの価値はあっても、実際にその値で売るのは難しいと思われるんです」

「あん? どういうことだ?」

「えっとですねえ、王耀晶ってのは王家直属の魔導士と職人のみが製作を許された物質で、まあそもそもその製法からして秘匿(ひとく)されてるんで専門の工房以外じゃ作りようもないんですけど、とにかくそのティファニア王家のブランドの価値を保つため、正規ルートじゃ取引されていないんですよ。闇ルートでも厳しく取り締まられているんで、摘発(てきはつ)でもされたら重罪です。だから、地下競売で売ったとしても、先程の値には遠く及ばないですよ」

「……じゃあ副王領の年度予算ってのぁどっから出たんだ?」

「それは、王家が公式に売りに出した場合ですよ。王都競売場にはたまに正規品が出回るんで、そのルートで売られた場合の予想価格ってことです。闇ルートだと、数十分の一とかにまで下がるでしょうね。しかも、買い手が取り締まりを受ければ、売った人間も罪を問われます」

(まぎ)らわしい」


 再びミツキに向き直ったシェジアは、耀晶刀を突き返した。


「そういうことなら、やっぱこいつにゃ保険としての価値はありませんね」


 耀晶刀を受け取りながら、ミツキは頭を回転させる。

 実際に正規ルートで売る必要はない。

 どうせ最終的には私兵のほとんどを正規雇用する流れになるのだから、換金の当てがあるとだけ示せればいいのだ。

 では、どうすればこの剣を大金に替えられるかと自問し、ミツキの脳裏にひとつのアイディアが浮かぶ。

 しかし、まず実践(じっせん)することはないにしても、ひどく気の進まない案だった。


「……正規ルートで売る当てなら、ある」

「は? 無理でしょ。王族公認の販売じゃなきゃ罪になるってのに」

「だから、その王族に許可を得るんだよ」


 ミツキの言葉に(まゆ)をひそめたシェジアは、頭に浮かんだ名を口にする。


「副長殿の伝手のある王族っつうと、ドロティア殿下ですか?」

「ああ」

「さっき私言いましたよね。副長殿のことは信用できても、上のお偉方(えらがた)は信じられねえって。そのお姫さんが、私らのために動いてくださるって証拠はあるんですか?」


 ミツキは一瞬言い(よど)んでから、意を決して口を開いた。

 九十九・九九パーセントあり得ないとしても、こんな仮定は口にしたくなかったが、この期に及んでは仕方ない。


「あのお姫様は、オレが直属の親衛隊に入るのを望んでいる。今まで断ってきたが、承諾(しょうだく)するのと引き換えならば、この話を受けてくださるだろう」

「はあ? なんですかそりゃ?」

「嘘じゃあない。そもそも、この耀晶刀もドロティア殿下から(たまわ)ったものだしな」


 王耀晶の製造が王族に独占されている以上、それは疑う余地がないはずだ。

 しかし、なぜ親衛隊のポストを自ら蹴るのか、この私兵たちには理解できないだろう。

 案の定、シェジアは(いぶか)るような表情を浮かべる。


胡散(うさん)くせえ話ですね。どういうわけですか、親衛隊の誘いを蹴ってるって。そんな美味しい話、普通断るわけがねえ」


 周囲の私兵たちも、シェジアと似たようなリアクションだ。

 出世を辞退していると(うそぶ)く上官に、嫌悪混じりの疑惑の視線を向けて来る。

 第一王女親衛隊と言えば、王女の愛人として(ぐう)されると知れわたっている。

 うだつの上がらぬ傭兵にしてみれば羨望(せんぼう)の対象であり、(ひるがえ)って親衛隊員に対しては妬みに似た想いを抱いている者も少なくない。

 そんな誘惑にになびかないというミツキの話は、天幕内の男等からすれば到底信じ難く、ホラ吹きのうえにイキっているとしか思えないのだろう。


 だが、これを聞けば納得せざるを得まい。

 そう内心で思いながら、ミツキはシェジアに言葉を返す。


「絶対に、親衛隊に入りたくない理由があるんだよ」

「理由?」

断種(だんしゅ)が入隊条件なんだ」


 ミツキの言葉に、天幕内がシンと静まり返った。

 言葉の意味を理解しかねたのだろう。

 まあ無理もないとミツキは思う。

 自分が同じ立場でも、本気で耳を疑ったはずだ。

 眼前のシェジアでさえ、ぽかりと口を開け疑問を顔に貼り付けている。


「もう一度言うが、()()が入隊条件だ。要するに、子どもを作れなくされるんだ。親衛隊に抜擢(ばってき)されたとはいえ、所詮(しょせん)はどこぞの馬の骨だ。王女に種でも仕込まれたらまずいというわけさ」


 シェジアは、この女がはじめて見せる呆気(あっけ)にとられた表情のまま数秒硬直してから、もごもごと口を動かし辛うじて言葉を(つむ)いだ。


「……マジ、です?」

「ああ、マジだ。だから、あの方のことは極力避けて来たんだよ、オレは」


 ミツキの話に、天幕内は微妙な空気となる。

 どう反応してよいかわからず、私兵たちは互いを(うかが)い合った。

 そんな中、天幕の中心で、押し殺したような笑い声が上がった。

 他ならぬ、シェジアだ。

 掌で顔を覆い、必死に笑いを噛み殺そうとするが、食い(しば)った歯の隙間から「クックック」っと(こら)え切れない笑い声が()れ出している。


「そ、そいつぁ、ブハッ、ククク、聞きしに勝る、クフッ、悪女ですねへっ」


 シェジアの笑い声は、やがて周囲の私兵たちに伝染していき、天幕内は兵士たちの哄笑(こうしょう)に包まれた。

 当事者ゆえに笑い事ではないミツキと、とんでもない秘密を聞いて狼狽(うろた)えるテオだけが、笑いの波から取り残されていた。

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