第四十三節 『問答』
「副長殿の言う通り、その影邏隊員をボコって縛って放置したのは我々ですよ」
どんな言い逃れをするのかと思っていたミツキは、シェジアがあっさり犯行を認めたことを意外に思う。
「罪を認めるんだな? 潔いじゃないか」
「まさか! 私は正当防衛を主張しますよ」
「正当防衛?」
訝し気に眉を顰めるミツキに、シェジアはいっそう口元を釣り上げてみせる。
「ガウ・シャセッキー、エヴィエラ・ダンネス、チ・マビエ」
「……は? なんだそりゃ? 人の名前?」
「おやおや、ご存知ない? 件の影邏隊員たちの名前ですよ」
シェジアの指摘を受け、ミツキは言葉に詰まる。
〝蟲憑き〟にした囚人や無法者の名前など、いちいち憶えているわけもない。
「三人とも複数の殺人、強盗、強姦の罪で懸賞金がかけられていた、泣く子も黙るクソ野郎共ですよ。この賭場の参加者には賞金稼ぎで食っている奴も少なくないんでね。顔を覆って素性を隠していたようですが、いきなり踏み込んで来られて揉み合いとなり、奴らの帽子が落ちて露見したというわけです」
「へ、へえ……そうなんだ」
「あんな連中にしょっ引かれたら、特に私のようなか弱い女は何をされるかわかったもんじゃありません。それに、あんなゴミ共が軍の規律を取り締まっているというのも納得できねえ。っつうわけで、とりあえずそこら辺にぶち転がしといたんですよ」
誰がか弱い女だと内心で突っ込みつつ、ミツキは焦りを覚える。
影邏隊が囚人や犯罪者を使って創られたというのは、軍上層部の一部の人間にしか知らせていない。
〝蟲憑き〟の非人道性を考えれば兵士らに説明など出来ようはずもない。
兵士たちの中に、自分も〝蟲憑き〟にされるのではと疑心暗鬼に陥る者も現れる可能性さえある。
しかも、〝蟲憑き〟とは異なるにしても、実際にすべての兵には通信用の蟲を憑けているのだからシャレにならない。
また、〝蟲憑き〟のことを伏せて説明するとなると、囚人や犯罪者の行動を完全に制御できていると納得させるのが難しくなる。
そういう面倒な事情のために情報を伏せていたのだが、それがこんなところで裏目に出るとは思わなかった。
「問題は、凶悪犯に軍の規律を守らせていたという状況を副長殿が把握していたのかということですよ。そこんとこ、どうなんですか?」
嫌な質問だった。
もし肯定すれば、犯罪者などに軍の秩序維持を委託した人間として信用を失うだろう。
かといって、知らなかったとしらを切れば、軍のことを把握していない無能として、やはり軽んじられるはずだ。
どう答えても不利になる質問を受け、黙秘というのはこういう時のためにあるのだなと、どうでも良いことが頭をよぎる。
とはいえ、己を囲む私兵たちから向けられる猜疑の視線は、ミツキの黙秘権を認めてくれそうもない。
傍らのテオにまで疑いの目を向けられ、ミツキは嘆息交じりに口を開く。
「影邏隊ってのは、早い話が懲罰部隊だ」
「懲罰部隊……囚人を減刑と引き換えに、従軍させているということですか?」
「それじゃおまえらと変わらないだろ。影邏隊に選抜された連中は、減刑でどうにかできるような罪状じゃない。従軍中は刑の執行を先送りにできる、そういう条件だ」
無論、執行というのは死刑のことだ。
「へえ…‥いずれにせよ、奴らが凶悪犯だと承知していたということですね」
「話す必要がなかったってだけだ。奴らの行動はサクヤの魔法でがちがちに制約している。ほとんど自我を喪失するレベルでな。だから、元々危険人物だろうと、問題行動を起こすということはあり得ない。実際、ここまで影邏隊がトラブルを起こしたって報告は受けていないしな。危険がない以上は、不安を煽るリスクを払ってまで、奴らの出自について説明する理由がなかったというだけの話だ」
「そうですか、制約魔法、つまり我々の境遇と似たようなものですね」
「全然違うだろ。おまえらは単に、勝手に軍を抜けられないというだけの制約だ。そうでもしなきゃ、私兵であるおまえらの中には少しでも不利になれば逃亡する人間も少なくないだろうからな。破格の報酬を払っているんだから、その程度のことでいちいち文句を垂れるな」
「……それはまあ、否定はできませんね。大半の傭兵はそんなもんです」
シェジアはつまらなそうに言う。
うまくはぐらかせたかとミツキは内心安堵する。
あくまで〝蟲憑き〟には触れずに説明するというのが落としどころだろう。
「オレも訊きたいことがある。軍規違反は厳罰に処すと通達済みのはずだ。それがこれだけ徒党を組んで背くとはどういう了見だ?」
今度はこちらの番だとばかりにミツキはシェジアに問うた。
これ以上、影邏隊について追及されたくなかったので、話題を切り替えるという意図もある。
「ここでの闘争は、すべて訓練ですよ。兵士たる者いついかなる時も修練を怠るべからず、というわけです。断じて私闘などではないと主張しますよ」
「なるほど。訓練のついでに、賭けも行っていたと」
「ええそうです。博打は禁止されていないのだから、問題ないでしょう?」
「届け出無しの集会は禁じていたはずだ」
「そんな大袈裟なもんじゃありませんよ。仲間内で集まって切磋琢磨していたというだけの話です。何の問題が?」
なるほど、とミツキは思う。
詭弁だが、言い訳としてはまあ成立していないでもない。
おそらく、こちらがあまり強硬に出られないということを理解したうえでの主張だろうと推測できる。
そう考えれば、なかなかしたたかな女だ。
実際、賭場の件は訓練の延長、影邏隊への暴行は情報不足ゆえの正当防衛として片付けても良いとミツキは考えている。
だが、先程の試合の最中、ミツキは看過できないものを発見している。
「賭場と暴行の件は、まあ今回はそういうことで良しとするとして、あんたの後ろのそれはどう説明するつもりだ?」
「それ、とは?」
「とぼけんな。薄暗くて見え辛いが、そこに立ててある甲冑はブリュゴーリュ兵のものだよな」
指摘を受け、シェジアが首だけ捻り斜め後ろを窺う。
彼女が身を沈めるソファの後方に、黒光りするブリュゴーリュ重騎兵の鎧がご丁寧にも鎧立てまで使って飾られていた。
「ああ、これ。雰囲気あるでしょ? これを飾るだけで、闘技場っぽい空気を演出できるんで飾っといたんですよ。いただいた制服は、たしかにすげえ性能ですけど、やっぱ闘争の場には鎧が似合いますからねぇ」
「そういうこと言ってんじゃないんだよ。敵の死体から鎧を剥ぎ取るのは禁止したはずだよな」
「そいつの持ち主は捕まえた時点では生きてたんですよ。ま、剥ぎ取ってから殺しましたけどね。だから死体からの分捕りには該当しませんよ」
「そんな理屈が通ると、本気で思ってんのか?」
「……あのなあ」
シェジアは深く溜息をつきながら髪をかき上げる。
その表情から薄笑いは消え、瞳は剣呑な光を宿していた。
「私ら傭兵にとって分捕りは重要な収入源なんだよ。それを禁止するだと? テメエは何様だコラ」
女傭兵の口調は先程までの慇懃なものから一変していた。
隣のテオがたじろぐのがミツキにはわかった。
周囲の傭兵たちも、無言でミツキらを睨んでいる。
敵兵からの鎧の剥ぎ取りを禁じたことを不満に思っているのは承知していたが、その話題に及んだ途端に態度を一変させたということは、どうやら最初からその不満をぶちまけるつもりだったのかもしれない。
あるいは、賭場を開いたのも、影邏隊員への暴行も、この状況を作るためだったのではないかとミツキは想像する。
こうして私兵たちで囲んで脅せば、あるいは己が件の命令を撤回するとでも思ったのだろうか。
だが、ここで下手に出れば、今後こいつらを調子付かせることになるのは目に見えている。
そうなれば、敵からの分捕りどころか、敵国の市街や村落での略奪さえ招きかねない。
実際、己の世界の歴史でも、中世の傭兵はそうやって収入を得ていたのだ。
だからこそ、こいつらとはこの場できっちり話を付けなければならない。
そう内心で決意し、ミツキはシェジアの視線を受け止めた。