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第四十二節 『糾弾』

 格闘技の踏み込みとは異なる、助走抜きの幅跳びのような独特の踏み切りで、ティスマスはジャメサに向かって跳躍する。

 その足が地面に着く前に、肩口から伸ばされた槍は四度突き出された。

 穂先の元を左手に乗せるように支え、左の肩口に乗せられた槍は、逆手に持った右手をシェイクさせるように動かすことで、ビリヤードのキューのように突き出される。

 右手のピストン運動を動力にして、左肩を支点に突きの方向を調整し、左手で照準を細かく調整するその槍(さば)きは、見た目こそトリッキーだが、理に適った動きだとミツキは感じる。

 並みの使い手であれば、どう対応して良いのかもわからず、一瞬で穴だらけにされていただろう。

 しかし、ジャメサは流れるような動きで後退するどころか前に踏み込みつつ、体を微かに揺らしただけですべての攻撃を紙一重で(かわ)す。

 そして四度目の突きが引かれるのに合わせ、ほぼ同時に上下からの斬撃を放つ。

 あわや頭頂と股ぐらを両断されるかと思われたティスマスは、得物を戻す勢いを遠心力に変え、半回転させた槍の穂先と石突きで上下から振られた剣を弾き返した。


 一瞬の攻防を経て跳び退き、再び距離を取った二人に、僅かな間を置いて天幕内は割れんばかりの歓声に包まれる。


「……す、すごい」


 呆気にとられたようなテオの言葉にミツキも同意する。

 火花の散るような攻防は、ふたりの突出した技倆(ぎりょう)を窺わせるに十分だ。

 時代劇の殺陣(たて)のような洗練(せんれん)と、カンフー映画のような爽快感すら覚える立ち回りだとミツキは感じた。

 だからこそ、違和感を覚える。

 戦場でのふたりは、敵の鎧の構造的な弱点を見抜き、一撃で確実に敵騎兵を仕留めていた。

 それが今は派手に動き回り過ぎだ。

 無論、ふたりの力が拮抗しているなら、戦場のように簡単には勝負がつかないのも当然ではある。

 しかし、それにしても先程の攻防は、(いささ)見栄(みば)えし過ぎだと感じた。

 まるで周囲の兵士たちを盛り上げるため、わざと緊張を演出し派手な技を繰り出したように見えた。


 そんなミツキの感想は、ふたりが得物を交えるたびに強まっていった。

 ティスマスが深く大きく突けばジャメサはバク宙で躱し、ジャメサが双剣で縦横から斬り付ければティスマスは槍をバトントワリングのように回転させて防ぐ。


 なるほどと思い、ミツキは小さく息をついた。

 これは賭場を盛り上げるための演出だ。

 考えてみれば、このふたりほどの実力者が本気でぶつかれば、双方とも無事では済まないはずだ。

 元々剣闘士のジャメサにとっては、見世物の決闘など朝飯前だろう。

 ティスマスにしても、派手な技を連続して繰り出し、チャンスとピンチを演出して客を盛り上げるのを楽しんでいるような節がある。

 エンターテイナー向きの性格だとミツキは思う。


 結局、ふたりの決闘はミツキの体感で五分程を費やした。

 夢中で見ていたので、実際はもっと時間が経っていたかもしれない。

 勝負はティスマスの突き出した槍をジャメサが右の剣で巻き上げつつ相手の懐へ踏み込み、左の剣を首筋に寸止めしたことで決着となった。


 勝負が着いた瞬間、天幕内は歓声と悲鳴に包まれた。

 兵士たちの悲喜交々(ひきこもごも)の様子に、ミツキはここが賭場であったことを思い出す。


「おい誰だよ、ジャメサが腹下してるって言った奴は! 絶好調じゃねえかよ!」

「クソが! イーキンスは前の試合も前の前の試合も滅茶苦茶動きがキレてたんで買ったのによぉ! 勝ちが全部飛んじまった!」


 ふたりの勝負は単に盛り上げるための演出ばかりではなく、もしかしたら勝敗の操作も行われていたのかもしれないとミツキは想像する。

 胴元(どうもと)とその一味がふたりと結託していたとすれば、情報操作で一方に賭けさせたうえ、一味の身内ばかりが勝ち馬に乗れば、膨大な儲けになるはずだ。


「まあ、それはどうでもいい」


 こいつ等の賭け自体に口を出すつもりはないとミツキは考える。

 問題は試合で怪我人が出ていることだ。

 私闘でなく稽古と言い張ろうが、軍事行動に影響が出かねない以上、看過(かんか)はできない。

 それに、とミツキは天幕中央の空間を挟んだ向こう側に鋭い視線を向ける。

 試合を観戦している最中、さらに見過ごすことのできないものを発見してしまった。

 さて、どうしたものか。

 ミツキが考え込んでいると、賭けの札を持った兵士たちが換金のために殺到している横の、桟敷席(さじきせき)のさらに奥から女の声が響いた。


「おい、今夜はまだお開きじゃねえぞ! 負けた奴ら、勝手に帰んなよ!?」


 女の声に、天幕内の男たちの動きが止まり、次いで戸惑ったように近くの仲間と顔を見合わせる。

 女は咳払いしてから、言葉を継ぐ。


「飛び入りでサプライズゲストに参加いただけるようです。ようこそ副長殿。歓迎しますよ」


 桟敷席の奥、一段高い場所に設えたソファに座る声の主をミツキは睨み付ける。

 おそらくこの催しの主催者なのだろう、VIP席にふんぞり返ったシェジア・キーフェが口の端を歪めてミツキに微笑んだ。

 香でも()いているのか、女の周囲は乳白色に煙っている。


 制服の上着を脱いだ彼女の上半身はタンクトップのようなインナー一枚だ。

 その素肌には彫り物がびっしりと刻まれている。

 それがただの入れ墨でないことは、事前に調べがついていた。

 肌に直接魔法陣や術式を刻む〝彫紋(ちょうもん)魔法付与〟という処置で、付与魔法を半永久的に体へ留めることができるが、代償に魔力が常時消耗(しょうもう)されていくのだという。

 常人にとって、この処置は一ヶ所までが限界で、二ヵ所以上の処置で複数の魔法を付与などすれば、あっという間に魔素欠乏(けつぼう)で命を落としてしまうらしいのだが、その解決策として一部の魔獣から採取できる核石という素材を体に埋め込み魔力を補っているらしかった。

 ただし、この核石にも大きな代償があり、膨大な魔素に体を(むしば)まれ、寿命を大きく損なうのだという。

 ひとつでも極めてハイリスクなこの核石をシェジアは五つも体に埋め込んでいると、入団前に身元を洗った際に判明していた。

 自殺志願者としか思えないが、そのおかげで全身に強力な付与魔法を複数宿した彼女は圧倒的な力を身に着け、〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟という傭兵団を率いるに至ったというわけらしい。


 その実力はミツキ自身も戦場で目の当たりにしているが、たしかに人間離れした使い手なのは間違いなかった。

 私兵たちを束ねていたとしても不思議はない。

 だから、この女がこの場に居合わせたことは、自然の成り行きのようにミツキは感じていた。


 シェジアの声を聞いた天幕内の兵士たちはどよめき、やがてミツキに気付くと、周囲の男たちが一斉に後退(あとずさ)った。

 先に声を掛けられるとは迂闊(うかつ)だったと反省しつつも、まあ丁度良かったともミツキは感じていた。

 この場でこの女と話を着けるのが、もっとも手っ取り早い。


「別におまえらの賭場に参加するつもりはない。ここへ出向いたのは調査のためだ。先日、影邏隊(えいらたい)員が野営地外れにて縛られた状態で発見された。あれ、おまえらの仕業だろ?」

「さて、どうでしょうかね」

「とぼけんな。こんな場所で私闘に興じてりゃ影邏隊に発見されるのは時間の問題だ。奴らがこの場へ踏み込む理由は(そろ)ってる。また、影邏隊を返り討ちにできるような人間は軍内でも限られてる。そして、それだけの実力を持った人間は、ほとんどこの場に集まっている。つまりおまえら以外に考えられないんだよ」


 ミツキの指摘に、天幕内の男たちがどよめく。

 周囲の兵士たちに視線を走らせ、その動揺した表情から、ミツキは確信を得る。

 再び桟敷席の奥へ視線を戻すと、シェジアの顔から歪んだ笑みが消えていた。


「あっ! ミツキ殿!」


 テオに(そで)を引かれてふり返ると、巻き込まれるのを恐れた数人の兵士たちが、出口に向かって走り出していた。


「おい! ちょっと待て、ここにいる全員――」


 ミツキの叫び声の途中で風切り音が鳴り、天幕を出ようとする兵士のひとりに縄のようなものが絡みついた。

 縄状のものに引っ張られた兵士は、他の逃亡を企てた者らを巻き添えにして地面に転がる。

 ミツキは兵士の体に巻き付いた縄のようなものが、シェジアの獲物である骨のようなデザインの鞭だと気付く。


「帰んなっつったろうが。おい、出口ふさいどけ」


 シェジアの指示を受け、兵士の中でも特に屈強な男たちが、天幕入り口に立ちふさがる。

 おそらくは〝血獣〟の一員なのだろう。

 ミツキがシェジアへ視線を戻すと、彼女は再び口元に微笑を浮かべて言った。


礼儀(れいぎ)のなってねえ連中ですいませんねぇ。で、影邏隊の件でしたっけ? それについては私もじっくりと話し合いたいと思っていたんですよ。なに、夜は長いんです。気長にいきましょう」

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