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第四十節 『紊乱』

 結局、ブリュゴーリュ騎兵の壮絶な抵抗もあって、ティファニア軍はこの戦いで戦闘要員の二割程を損耗することとなった。

 戦が終ると、各方面軍は使い魔を飛ばし合って味方の安否を確認した。

 確認が取れるまでの間に負傷者の収容と治療、動ける者による残敵の掃討(そうとう)、使えそうな敵兵馬の捕獲や物資の鹵獲(ろかく)が進められた。


 全軍の作戦成功を確認したティファニア軍は、衛生隊付き魔導士の使う治癒魔法ではどうしようもない重傷者をジュランバー要塞へ下げ、第十二副王領(アシミア)の東端、国境砦で落ち合うべく進軍を再開した。


「できれば、そのままブリュゴーリュに攻め入り、一気に首都まで落としてしまいたいところだね」


 そう言ったのはサルヴァだが、ミツキも同じ考えだった。

 ミツキ自身の個人的な感情としては、攻め入られたとはいっても、他国に攻め入ることには強い抵抗を覚えている。

 しかし、ここで手をこまねいては、ブリュゴーリュは戦力を立て直し、再び攻めて来るかもしれなかった。


 ブリュゴーリュはティファニアよりも国力で劣っている。

 二十万もの大軍を失った今となっては継戦能力があるのか疑問ではある。

 しかし、兵たちの正気を失わせるような国である以上、手段など選ばず反撃に出る可能性は否定できない。

 最悪の場合、子どもや老人を含めた非戦闘員の国民すべての正気を奪って攻めて来る可能性すらありそうだ。


 ゆえに、サルヴァやミツキにしてみれば少しでも早く攻めのぼりたいところなのだが、ブリュゴーリュ軍との戦闘を経たティファニア軍にひとつの問題が生じていた。




「またか!?」

「またです」


 あてがわれた天幕内で椅子に座るミツキは、テオ・ジョエルから受けた報告に頭を抱えた。

 〝また〟というのは、民兵たちの軍規違反のことだ。


 ミツキは軍を創る際に厳しい軍律を定めている。

 ならず者をまとめ上げるためには、鉄の掟を科すことにより高いモラリティを持たせる必要があると考えたからだ。

 実際、ジュランバー砦からここに至るまで、兵たちはほとんど大きな問題を起こさずに来ていた。

 しかし、先の戦闘を経て、志気は大きく低下し、軍の綱紀(こうき)は大きく乱れ始めていた。


 理由は明白だ。

 戦闘終了後、ブリュゴーリュ兵の死体から装備を剥ぎ取ることを強く禁じたからだ。

 急いで軍を進めるためには、ブリュゴーリュ騎兵の重い甲冑など持ち歩いていては邪魔になる。

 行軍の遅延を招く可能性が高い以上、持ち運びを許すことなどできない。

 それに、兵たちに装備を物色させる時間的余裕もない。

 だから、この命令はミツキからすれば当然のことだったのだが、兵たちはそう受け取らなかった。

 なぜなら、特に傭兵にとって、戦争における略奪は当然の権利として認められていたからだ。

 多くの場合、傭兵は低賃金での雇用の見返りとして、略奪の権利を与えられていた。

 民兵軍では破格の給金と報奨金を用意していたものの、それと己らの権利を侵害されるのはまた別の話だと傭兵たちは受け取ったのだ。

 結果、行軍中の傭兵たちは、上層部へ反発するかのように、問題を起こした。

 今のところ極刑に処すような騒ぎは起こっていないものの、それも時間の問題のようにミツキには思われた。

 かといって、略奪を容認などすれば、ブリュゴーリュ領に攻め入った際、兵たちは進軍途中の村落などで思う様権利を行使するだろうと想定できた。


 この軍は、少なくとも名目上は、ドロティアによって創立された軍だ。

 ブリュゴーリュを落とせば、かの国はセルヴィスではなくドロティアの名のもとに安堵(あんど)されることになる。

 そんな土地でドロティア直属の軍が暴虐を尽くせば、彼女の悪名は歴史に刻まれることとなる。

 サルヴァにはそう説明し、絶対に略奪の許可を出させないよう先手を打っている。

 ただし、ミツキとしては、自軍の兵士がそのような真似をするのを許したくないというのが本音だった。

 現代の日本人としての道徳観念を持った己が、自身の手勢の暴挙に耐えられるとは、ミツキには思えない。

 まして、アタラティアの開拓村での経験がトラウマとなっている以上、最悪の場合は自軍と敵対することになる可能性さえあると思っている。


「で、今回は何をやらかしたんだ?」

「私闘で怪我人が出ています。と言っても、当人たちは稽古をしていたと言って認めておりませんが」


 私闘は明確な軍規違反だ。

 戦闘中における仲間同士の闘争はその場で即斬り捨て、行軍中や夜営地などで行っても、状況次第では極刑に処にされる。

 かなり重い罰則だが、(いさか)いを戦場に持ち込まれれば作戦に影響しかねないだけに、容赦はできない。


「またかよ。影邏隊(えいらたい)はなにやってたんだ」

「それが、制止に入ったと思われる影邏隊員数名が、野営地のはずれで縛られた状態で発見されました。彼らは、その、会話が成立しないため、犯人の特定ができておりません」


 軍内の秩序維持を目的にサクヤの〝蟲憑き〟で構成された影邏隊は、自我を失っているがゆえに痛みや恐怖で行動が鈍るということがない。

 そのため、多少腕に覚えがある程度の兵士ではとても敵わないはずだった。

 つまり、相当な手練れか、かなりの大人数が関わっている可能性があると判断できた。


「あるいはその両方か……いずれにせよ、いい加減引き締めないと組織の維持ができなくなるな」


 この件について、ミツキはサルヴァから一任されている。

 否、丸投げと言った方が妥当か。

 相変わらず、面倒な仕事はすべてミツキに回してくる。

 もっとも、傭兵や冒険者からの評判が良くないサルヴァよりは、ミツキの方が適任であるのも間違いはなかった。


「しかたない。犯人捜しをはじめるか」

「いえ、ミツキ殿、実は犯人の目星は付けてあるのです」


 テオの発言に、ミツキは軽く驚く。

 イリスとの繋ぎを任せていた時から思っていたが、やはり優秀な若者だ。

 もう少し腕っぷしが強いか魔法の才能があれば、閑職(かんしょく)になど追われず軍で出世していたことだろう。

 しかし、閑職に就かされていた結果、最初の遠征からは外されたことを鑑みれば、彼は非力であったからこそ生きていられたのだとも言えた。


「なんだ、それならそうと早く言ってくれよ。で、誰なんだ?」

「それがですね、夜営地の隅で度々賭場(とば)が開かれているのをご存じですか?」

「いや知らない。そうなの?」


 数十万人の兵士が移動するので、野営地は広大なものとなる。

 しかも、とある理由によって、兵士たちの人数分を遥かに超える規模になるため、ミツキやサルヴァが全体を把握できないのも当然だった。

 そして、ミツキが作った軍律で、博打自体は禁止していない。

 その程度のガス抜きは必要だと思ったからだ。

 しかし、金を巡ってのトラブルには厳罰を科す決まりとなっている。

 よくよく考えれば、賭け事に金の問題は付き物だ。

 我ながら半端な対応だったかと、ミツキは自省する。


「その賭場の金銭トラブルが原因で喧嘩にでもなったのか? 影邏隊員がふん縛られたってのも、賭場ぐるみで隠蔽(いんぺい)したってこと?」

「影邏隊の方はおそらくそうではないかと思われます。ただ、怪我の方は別の原因からではないかと推測します」

「と言うと?」

「実はですね、カードや(さい)ではなく、兵士同士の闘争の勝敗を賭けの対象にしているようなのです」

「はあ!? そんな危ないことやってんの!? もしかして、怪我ってそれで負ったのかよ!?」

「どうもそのようです」


 ミツキは呆れ顔になる。

 せっかく戦が終ったばかりだというのに、数日経っただけで味方同士で戦っているとは、バトルジャンキーにも程がある。

 いや、傭兵という仕事を鑑みれば、むしろ頼もしいと言えなくもないが、私闘に当たる以上、見過ごすことはできない。


「それも、私兵から選抜した下士官も加わっているようです。中には、先の作戦の論功行賞該当者まで含まれるようでして……」

「マジか」


 ミツキは大きく嘆息した。

 こうなってくると、ニ、三人首を飛ばしただけでは済まないだろう。

 先の戦の功労者も含むということなら、こんなくだらない諍いなどで処分したくはなかった。


「仕方ない。直接出向いてどうにかするか。それと、このことは誰にも言うなよ?」

「心得ております」


 ミツキは椅子から立ち上がると、天幕の隅に置かれた棺のようなケースから一対の耀晶刀(ヴェリスサージュ)を取り出し、持ち歩けるように(こしら)えた専用の鞘に納めると、腰とベルトの隙間に突っ込み落とし差しにした。

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[気になる点] トラウマの状況を作った元凶??にはいつか気づくのかな。もしかしてもう?
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