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第三十八節 『女傑』

「あ、あれ?」


 甲殻内の肉に突き刺さった耀晶刀(ヴェリスサージュ)は、しかし予想外に沈み込まず、十五センチほど刀身をめり込ませただけで止まる。

 もう一度突き刺すため引き抜こうと試みるが、筋肉の締め付けで固定されまったく動かない。


「くそっ! 甲殻だけじゃなく中身までこんなに硬いのかよ!」


 悪態をつくミツキの耳に、虫騎士の笑い声が響いた。


「フハハハ、愚か者め! この体、いったいどれほどの重量だと思っている! それを支える筋肉が、人の武器などで容易に貫けるはずがなかろう!」

「……まあ、そりゃそうか。じゃあ本当に、これ以上オレにできるできることはなくなったな」

「自ら負けを認めるか! (いさぎよ)いではないか! それではこの戒めを解くが良い! 我をここまで追い詰めたことに敬意を払い、特別に苦痛を感じぬよう一瞬で殺してやろう!」

「あぁ? どうしてそうなるんだよ。決め手を欠いているのはお互い様だろうが。オレとあんたの闘いは痛み分けってことだよ」

「痛み分けなものか! おそらく関節部の甲殻の内に詰められた砂塵は、貴様の念動とやらで固定されているのだろう。でなければこれ程がっちりと拘束されるはずがないからな! つまり、貴様は我の動きを封じるため、我の(そば)から動けぬということだ!」


 図星だった。

 知能も虫並みの脳筋かと思ったら、予想外の洞察力だ。


「我が身を拘束するだけの力だ。貴様の消耗も並大抵ではあるまい。そのうえでいつまで我を押しとどめておくことができるか試すというのならば受けて立とうではないか。自分がいつ力尽き我に潰されるか怯えて待つだけの貴様を眺めて過ごすというのも一興ではあるからな! それと、言っておくが我に魔法は通じぬぞ? たとえ一級魔法だろうと、この甲殻に防げぬものなどないのだからな!」


 虫騎士は、大声で一気にまくし立てた。

 言われずとも、こいつに魔法が通じないということは、事前に調べがついている、とミツキは思考する。

 他の三体のブリュゴーリュ側被召喚者の情報はほとんどわかっていなかったが、この虫騎士だけは図体のでかさゆえにかなりの情報をサクヤが調べ上げていた。

 彼女によると、要塞に立て()もったディエック将軍の指揮するティファニア軍が、城壁の破壊を試みる虫騎士に大規模な魔法攻撃を行ったが、傷ひとつ付けられなかったという。


「たしかに、あんたの言うとおりだ。おれはあんたの関節を砂塵で固定し、しかも徐々に消耗している。あんたが動けるようになるのは時間の問題だろう」

「それなら――」

「ただな、ひとつ勘違いしているぞ」

「……なに? 勘違いだと?」

「そうだ。さっき言った〝これ以上オレにできるできることはなくなった〟ってのは、あんたに対してもはや手も足も出ないと諦めて出たセリフじゃあない。自分のやるべきことはやり終えたって意味で言ったのさ。そして、〝できることがない〟のはオレ自身のことであって、うちの軍までひっくるめた話じゃないんだよ」


 そう言うと、ミツキは耀晶刀の柄から手を放し、虫騎士の体から飛び降り背を向ける。

 自軍の陣に向けて歩き出したミツキの背に、虫騎士は声を荒げる。


「待て! どこへ行く! それに、今言っていた言葉はどういう意味だ!」

「どこって、離れるんだよ、危ないから。さっき言ったように、オレの念動はある程度離れていても使えるんだ。おかげで巻き添えを食わずに済むよ」

「ま、巻き添え?」

「それと、ひとつ教えといてやる。あんたの体に刺さっている耀晶刀の素材である王耀晶(ヴェリスティザイト)は、魔法の威力を劇的に増幅させるらしい。そんなものが、甲殻の隙間から筋肉に突き刺さっているんだ。オレの言っている意味、わかるよな?」

「な、なにを、言って……」


 再び背を向けて歩き出したミツキとすれ違うように、乱戦の戦場から一騎のティファニア軍騎士が進み出た。

 サルヴァ・ディ・ダリウスだ。

 その口が絶えず動いているのを見て、虫騎士は魔法の詠唱(えいしょう)だと(さと)る。


『――燐光の尾を曳きてを巍々たる天叢に游する蛟齶よ、汝れの叫びは震慄の謳、汝れの怒りは空を断つ燧の楔――』

「い、いかん! 騎兵ども、そ奴らを討ち取れ! 犠牲は(いと)うな!!」


 虫騎士の命令を受け、ミツキとサルヴァ目掛けて四方からブリュゴーリュ騎兵が殺到する。

 先程までミツキに群がる騎兵を排除していた耀晶刀は、すべて虫騎士に刺さったままだ。

 ミツキは咄嗟(とっさ)に腰のポーチへ手を伸ばすが、その耳元を風切り音が(かす)め、動きを止めた。

 敵将を討ち取ろうと槍や剣を構えた周囲の騎兵たちとその竜馬は、瞬きするほどの間にその身を鎧ごと引き裂かれて吹き飛び、軽騎兵の()っていた数頭の鳥馬だけが、ミツキとサルヴァの(かたわら)を空しく通り過ぎた。


「なっ!?」


 切羽詰(せっぱつ)まったような虫騎士の反応とは対照的に、どこか気だるげな様子で、目つきの悪い女が修羅場(しゅらば)に踏み入る。

 ミツキは女に視線を向け呟いた。


第二十四副王領(プルマリア)の女傭兵(ようへい)か」

「〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟の頭目、シェジア・キーフェですよ。副長だっつうなら下士官の名前ぐれえ憶えてくれませんか? っつうかよ、助けてやったのに礼のひとつも言えないんですかあんた?」


 丁寧な口調のようで、言葉の端々に粗暴な性格が滲む。

 盗賊とさして変わらないような経歴の女に、ミツキはあまり良い感情を抱いていない。


「ああ、助かったよありがとう。でもな――」


 ミツキは先程風切り音を聞いた右耳に(てのひら)を当てる。

 眼前に持って来ると、べったりと血が付着していた。


「攻撃を掠めないで助けてくれればなお良かった」

「すいませんねえ。副長殿が私と敵の対角線上にいたもんでえ。次からぁ気ぃ付けますんで、副長殿も今度は馬鹿みてえに突っ立ってねえで地面にでも這いつくばっていただけますかあ?」

「……善処するよ」


 軽く受け流したつもりが、口元が引き()っていた。

 この世界に来てから、やたら性格に難のある女と縁があるが、こいつはその中でも三番目ぐらいには扱い辛いと感じる。

 ただし、彼女の戦闘能力は、経歴と性格に目をつぶっても良いと思わせる程に頭抜けている。


「何をしている、敵は少数だぞ! 数で囲んで一気に押し潰せ!」


 虫騎士に(けしか)けられたブリュゴーリュ騎兵たちがミツキらを取り囲み、中心の三人を押し潰すべく一斉突撃を試みるが、シェジアが背骨のような形状の武器をひと振りするたび、周囲に血煙が舞い、続いて真っ二つにされた騎兵たちが派手な音を立てて地面に墜落(ついらく)した。

 ミツキも軽騎兵の放つ矢を念動で逸らしていく。


「使えぬ奴らめ! 貴様らその身と引き換えにしてさえたった三匹を殺せぬのか! 王陛下の剣たるブリュゴーリュ騎兵がなんたる(てい)たらくだ!!」


 目の前で散っていった自軍の兵に対する虫騎士の罵声に、無表情だったシェジアは表情を歪め不快感をあらわにした。


「うるせえぞデカブツ! テメエが一番役に立ってねえだろうが! 図体(ずうたい)ばかりのボンクラが、上から目線で死んだ部下に八つ当たりしてんじゃねえ!」

「何を言うか! 騎兵などいくらでも替えが利くが、城壁も街もすべてをこの身一つで蹂躙(じゅうりん)しあらゆる攻撃にも耐える我だけは唯一無二なのだ! 奴らには命と引き換えにしても我を救う義務があり、義務を果たせぬ者など嘲罵(ちょうば)されて当然ではないか!」

「……ああそうかい。そのクソみてえな特権意識を抱えたままくたばりな」


 そう言って鞭のような武器を振るおうとするシェジアの腕をミツキが掴んで止める。


「……なんすかこの手? ()()()()()()()()


 敬語で話しながらも思い切りメンチを切ってくるシェジアに、ミツキは若干尻込みしながら言葉を返す。


「落ち着け。その武器じゃ奴の甲殻には傷も付けられない。それにもうすぐサルヴァの詠唱が終る。奴に使わせる魔法の性質上、そんな武器で攻撃してたらとばっちりを食いかねないぞ」


 実際、周囲には気流が発生し、上を見れば異常な程に低いとわかる高さにどす黒い雲が垂れ込めている。

 風にそよいだミツキの前髪が静電気でパチパチと鳴った。

 シェジアは少しの間ミツキに鋭い視線を向け続けたが、小さく舌打ちすると腕を振り解き、背を向けて歩き出した。


「しらけたんで歩兵部隊の遊撃(ゆうげき)に戻ります。そのゴミムシはお二人で好きにやってくださいよ」

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[良い点] まーた変な女w
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