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第三十七節 『拘束』

 虫騎士は助走の勢いを乗せ、円錐状の四本の腕をミツキに向けて振り下ろした。


「くっ!」


 ミツキは馬の手綱を引いて後退るが、もはや後の祭りだ。

 勢いに乗った虫騎士から逃れられるはずなどなく、突き出された槍のような腕も、軍服に付与された防御魔法など容易(たやす)く突き破り、ミツキの体は原形も留めぬ肉塊に変わり果てるはずだった。

 少なくとも、周囲でふたりの様子を窺っていた兵士たちには、その数秒先の未来が容易に想像できたはずだ。

 ゆえに、後退したミツキの眼前で突き出された円錐の先端が止められたことに、その様子を見守っていた敵味方の兵たちは戸惑い、近くの仲間と顔を見合わせた。


「な、なんだ、これは。かっ、体が、動かぬ!」

「マジでぎりっぎりだった」


 そう呟いたミツキの額を冷や汗が伝う。

 もし、咄嗟(とっさ)に馬を後退させていなければ、動きを停止させた後も勢いで地面を滑ってきた虫騎士に跳ね飛ばされていただろう。


「車は急に止まれないってやつだな」

「何を言っている!? 貴様、我に何をした!?」


 虫騎士は動かぬ体をぎしぎしと軋ませ、ミツキに向かって喚いた。


「目の前ででかい声出すなよ、今説明してやるから」


 ミツキは顔を顰めながら耳を塞ぐ。

 戦場にも広く響きわたる声で、目の前で叫ばれ、鼓膜が破れそうだ。


「オレは魔法を使えない代わりに特殊な力を持っている。それがこの念動だ」


 そう言って、腰のポーチから取り出した鉄球を掌の上に浮かべてみせる。

 鉄球は、ブンッ、という音とともに消え、虫騎士の顔面を襲った。

 火花が散ると同時に、鉄がより硬いものにぶつかる耳障りな音が響く。

 ミツキが虫騎士の顔を窺うと、案の定、傷ひとつ付いていない。


「き、貴様!」

「そうかっかするなよ。どうせ効いてないんだろ? まあ、こんな感じでものを飛ばしたり操ったりできるわけだ。で、その能力を使った攻撃が、今見せたように鉄球をぶつける〝飛粒(ひりゅう)〟と、専用の剣を飛ばして相手を斬り刻む――」


 飛来した耀晶刀(ヴェリスサージュ)が虫騎士の体を滑るように斬り付ける。

 微かにひっかいたような傷が残っているのを見て、半年ぐらいかければこの技でも殺せるかもしれないとミツキは思う。


「〝飛円(ひえん)〟という。いずれも特定の武器を操って離れた間合いから攻撃できる」

「姑息な技だな! 遠くからコソコソと、騎士の風上にも置けぬわ!」

「殺し合いに姑息もくそもあるかよ……まあともかく、こうやって武器を操って攻撃するのがオレの戦法なわけだが、あんたのその硬い外殻は残念ながらどちらの技でも破壊できなかった。関節を破壊しようにも、()り出した甲殻が関節接合部を覆い隠す構造になっていて、小さな鉄球も回転する剣も通らない。ではどうすればいいか。頭を捻った結果、思いついた。鉄球も剣も通らないなら、さらに小さなものを使えばいいんじゃないかってな」

「ち、小さな、もの?」

「ああ。さっき専用の武器を飛ばすと言ったが、操れるのはそれら特定の得物に限らないんだよ。自分の手で持てる物体ぐらいなら、大抵のものは浮かせるし飛ばせるし自在に操れる。だから、指先程度の大きさの鉄球よりも、さらに小さな小さなものを操ってみたんだ」


 そう言ってミツキは、虫騎士の脚の関節を指差す。


「あんたの全身の関節は、今言ったように迫り出した甲殻に覆われるかたちで守られているが、そのうえであれだけ素早く体を動かすならば、少なくとも激しく運動するための手足なんかは、関節部とそれを覆う甲殻の間に可動域分の間隔が必要だと考えた。そこでオレは、角度的に剣も弾も通さない関節を覆う甲殻の隙間から、あんたが走り回る間に自分で巻き上げた砂埃を操って侵入させ、中にギッチリ詰め込んだのさ。つまり、今動けないのは、関節と甲殻の隙間を埋められ、稼働させることができなくなったからだ」

「なん、だと?」


 サクヤに教えられた念動の訓練、〝火煙土器〟の〝煙〟が役立った。

 舞い上がった砂塵を操るのは、散々練習した煙を操る感覚を応用すれば簡単にできた。


「砂や埃ごときで、私の動きを封じただと!? 戯言(ざれごと)をほざくな!」


 虫騎士はギシギシと身を揺らすが、もはや一歩も進めない。


「その図体と馬鹿力なら、大抵のものは破壊できるだろう。でもな、砂塵のような細かい粒子は、いくら力を込めても更に細かく砕けるだけだ。むしろ細かくなればなるほどより密に隙間を埋めていくぞ」

「黙れ!! それならば力づくで押し出すまでよ! 待っておれ、すぐに貴様を押し潰してくれる!」

足掻(あが)くのは勝手だが、大人しく待ってやるほどお人好しでもない」


 ミツキは虫騎士に近付くと、その体に足を付け、念動で体を支えながら、ほぼ垂直の虫騎士の身を直立で登り始める。


「き、貴様! 我が身を踏みつけにするかぁ!」

「だから、でかいんだよ声が!」


 耳を塞ぎながら、虫騎士の口を塞ごうと見回すが、それらしきものは見当たらない。

 ミツキは声への対処は諦め、作業を進めることにする。


「ところで、オレは逃げ回りながらも、あんたの体を観察していたんだ。関節や甲殻の隙間は、甲殻が迫り出す形で接合部を覆っているわけだが、一か所だけ接合部がまる見えの部分があった」


 ミツキは周囲の敵兵を薙ぎ払っていた耀晶刀を頭上に呼び寄せ、念動で分解し二振りを両手で受け取る。


「その部分ってのがここだ」


 自分が立っている虫騎士の上肢の中心付近、人で言えば鳩尾にあたる部分に、逆手に持った耀晶刀を突き入れる。


「ぬうぅ!?」


 切っ先は、甲殻の隙間に、ほんのわずかに食い込む。


「その体、よく見れば内から外へ向かうように甲殻が迫り出している。だから、体のど真ん中に限っては甲殻の接合部が隠せていないんだよ」

「だからどうした!! 隙間といっても剣の切っ先さえまともに沈まぬではないか! それでどうやって我に致命傷を負わせるつもりだ!?」

「まあ、二本程度じゃどうしようもないよな。だがそれなら数を増やすだけだ」


 ミツキは他の耀晶刀を受け取るとさらに二振り、合計四振りを隙間に突き入れる。

 そして、それらの刀身を両手両足で押さえながら全身の筋肉を使って隙間を押し開いていく。


「まさか、無理やり抉じ開けようというのか!?」

「そうだ。(てこ)の原理でも何でも使って、僅かずつでも隙間を開いていけば――」


 無理やり開いた隙間へ、さらに分解した耀晶刀を突き入れ、もう一度押し開く。

 〝不壊〟の魔法が付与されているというだけあり、刀身は横からの力を受けてもまったく折れる気配がない。

 そうして次々と耀晶刀をねじ込み、どうにか剣が突き入れられそうな隙間を抉じ開いた時、ミツキの手には一振りの耀晶刀が握られていた。


「ようやく、ここまで開いたぞ」


 甲殻の隙間からは、桃色の筋肉が覗いている。

 虫なのに、肉の色は哺乳類に近いなとミツキは思う。

 虫騎士は観念したのか黙り込んでいる。


「正直、障害物のない平地だったら、オレはあんたに速攻で追いつかれていただろう。そして、突進だろうが腕の攻撃だろうが、一発でももらえば即死していたはずだ。でも、この戦場にはあんたの動きを(さえぎ)るものが山ほどあった。礼を言うよ。あんたが犠牲も(かえり)みず仲間を踏み潰しまくってくれたおかげで、おたくの軍の戦力をかなり削れた。でもこれ以上はオレの味方を巻き込みそうだから、ここで終わりにさせてもらう」


 そう言うと、ミツキは逆手に持った耀晶刀を甲殻の隙間に向かって思い切り突き込んだ。

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