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第三十五節 『瑠璃夜叉』

 すかさず突き出された攻撃を片手でバク転しながら避け、足を取られた地面に注視する。

 どういうわけか、足元が砂地になっていた。

 なぜ平野の地面が砂漠化しているのか。

 もしやと思い周囲の地面を見回すと、かなり広い範囲でまだらに砂地ができている。

 やはりか、と思う。

 ここに至り、トリヴィアは先程浮かんだ考えに確信を持つ。

 それならば、足を攻撃されたくないのも当然だろう。

 そして、そういう事情があるなら、自分が足の関節肢を狙わぬ理由もない。

 そう考え、トリヴィアは突き出された右腕関節肢の束を砕き大きく踏み込む。

 唐突な前進に、異形の少女は慌てて左腕関節肢を上から突き下ろすが、今度は薙ぎ払うのではなく、鉈刀を寝かせた状態で頭上に持ち、傘のようにして攻撃を防ぐ。


「なっ!?」


 少女は当然斬り払われると想定し、すぐに再生した腕で追撃を加えるつもりだった。

 しかし、鉈刀の側面に弾かれた関節肢は折れることなく軌道がずれて地面に突き刺さった。

 それを引き抜くまでの一瞬は、トリヴィアが足の前まで踏み込むには十分な間だった。


「止めっ――」


 制止の声など聞こえてすらいないように、トリヴィアは躊躇(ちゅうちょ)なく足を斬り払う。

 少女の身を支える関節肢の数割が横薙ぎに刈られ、その身が(かし)ぐ。

 異形の少女は両腕でトリヴィアに攻撃を加えようとするが、先程までの間合いを想定して長く伸ばした関節肢は、真下のトリヴィアに突き出すには長すぎた。

 一瞬戸惑う間にも、トリヴィアは二度三度と鉈刀を振り回し、地面に突き立てられた足の関節肢は瞬きするほどの間にそのほとんどを斬り払われた。


「これで、終わりだ!!」


 最後のひと束を薙ぎ払うと、支えを完全に失った少女の体が宙に浮く。

 少女はもがきながら両腕を地面に突き立てて体を支えようとするが、トリヴィアは間髪入れずに両腕も砕いた。

 さらにダメ押しとばかりに、跳躍すると、少女の両腕両足に残る折れた関節肢まで空中で斬り払う。


 地面に着地すると同時に、背後でどさりと小さな音が鳴る。

 トリヴィアが振り向くと、地面には両腕両足のない少女が仰向けに転がっていた。

 その体から関節肢が伸ばされる気配はない。


「再生はもうできないようだな。やはり、足を地中に突き立てて土中の養分を吸収していたな?」

「……正解よぉ。まさか、見抜かれるなんてぇ」


 養分の供給が立たれたことで、もはや少女は一本の関節肢さえ再生できない。

 首だけを持ち上げてトリヴィアに視線を向けるその顔は、意外な程穏やかに見える。。


「慌てて防御したのがまずかったのでしょう? 私も焼きがまわったわねぇ」

「それもあるが、周囲の地面が砂漠化しているのを見て確信した。よく見れば、砂漠化はかなり遠方まで広がっているようだ。あれだけの数の関節肢を自在に伸ばし次々再生するぐらいだ、よほど広く深く、地中に根を張っていたのだろう?」

「そうねぇ、深さは、岩が超高温の熔けた流動体になっているあたりまでかしらぁ。吸収できるものはなんでも吸収したから、その内大きく地面が崩落するかもしれないわぁ。巻き込まれたくなければ、早めに立ち去ることねぇ」

「そうか……わかった」


 トリヴィアは鉈刀を構えながら最後に問う。


「なにか言い残すことはあるか?」

「……できれば死体は……ドレスの中は誰にも見られたくないわぁ」


 トリヴィアは少女の体をチラと見る。

 戦いのさ中に破れた箇所から覗くドレスの内側には、おぞましい色と質感の素肌が僅かに覗いている。


「わかった。おまえの体は残さないようにしよう」


 元より、死体を(はずかし)めるような真似を許すつもりはない。

 トリヴィアは高く跳躍(ちょうやく)しつつ、鉈刀に風を(まと)わせる。

 風はたちまち渦を巻き、下から見上げる少女からはトリヴィアが竜巻の剣を握っているように見えた。

 そして少女の目は、敵異世界人の体から発せられるネオンブルーの魔力の(ほとばし)りもとらえていた。


「……すごいエネルギーねぇ。最初からそれを使って戦っていればもっと楽に勝てたでしょうに。ほんと、最後まで理解できない女だったわぁ」


 清々しいまでの完敗に、少女は微かに笑みを浮かべた。

 トリヴィアはその少女目掛けて鉈刀を振り下ろす。

 刀身から龍のような旋風(せんぷう)が放たれ、少女の体ごと地面をドリルのように深く抉る。

 少女によって搾取され尽くした土壌は、その衝撃に耐えきれず、竜巻に貫かれた場所を中心に、波紋が広がるように陥没していった。

 蟻地獄のように口を開けた穴に、周囲のブリュゴーリュ騎兵は為す術もなく落ちていく。


「あ、ま、まずいか?」


 崩落は戦場全体に広がっていき、トリヴィアはティファニア軍も巻き込まれることを想像して顔を引き()らせる。

 しかし、崩落は徐々に勢いを落とし、ブリュゴーリュ軍を包囲していたティファニア軍と、わずかなブリュゴーリュ騎兵を残して収まった。


「……危なかった」


 安堵に息をつきつつ、トリヴィアは眼下に広がる穴に向かって落下を始める。

 このままだと、己も大穴に呑み込まれることになるだろう。

 よじ登るのは、少々骨の折れそうな深さだ。

 トリヴィアはその身に風を纏うと落下の軌道を調整する。

 そして、穴の中心付近から毛細血管のように底へと広がる関節肢の残骸に降り立った。

 先程の崩落で折れた部分も多いようだが、未だに植物の根のような原形を窺えるのは、さすがの頑丈さだ。

 トリヴィアの攻撃の前では枯れ枝のように折れたが、そもそも破城槌(はじょうつい)の一撃にも耐える岩を難なく破壊するほどの硬度なのだ。

 少女の脚の関節肢は、下に向かって放射状に延びているので、中心部分から遠ざかるほどに深く穴に沈んでいる。

 関節肢を辿って歩いても穴の底に降りていくことになるだけなので、トリヴィアは一足飛びに穴の外の地面に飛び移ることにする。

 身を沈め、足に力を込めると、関節肢を強く蹴る。

 弾丸のような勢いで跳躍すると、魔法で突風を発生させ、気流に乗って一気に穴の外まで飛んだ。


 ティファニア軍本陣と歩兵部隊の間付近に着地したトリヴィアに、周囲のティファニア兵は大口を開けて驚きの表情を浮かべたが、一拍の間を置いて歓声が上がった。


「え? な、なんだ?」


 自分に熱い視線を向け、泣いたり笑ったりしながら、感謝や称賛の声を投げ掛けて来る味方の兵士たちに、トリヴィアは戸惑う。

 私兵たちの中には己を慕って来る者もいたが、大半の兵士たちは彼女の怖ろし気な姿とミツキの演説の際に見せた魔法の力を恐れ、近寄ろうとしなかったからだ。


「トリヴィア殿!」


 どうすれば良いのかわからず立ち尽くしていたトリヴィアに、士官用の制服を着た大柄の男が近付き声を掛ける。


「おまえは、アタラティアの……えっと、大将の……」

「ヴォリス・ドゥ・ヴァーゼラットです。ご無事で何よりでした」

「そういう貴殿は、怪我を負ったようだな」


 ヴォリスの帽子の(つば)の下に、血の(にじ)んだ包帯が(のぞ)いている。

 腕も骨折したらしく、添え木をしたうえで布で釣っている。


「大した傷ではありません。トリヴィア殿があの化け物に沈められるのを見て、魔導部隊の遠距離攻撃で奴を退け救助に向かおうとしたのですが、結局反撃を喰らってこのザマです。しかし、瓦礫(がれき)を跳ねのけて戦線に復帰されたのを見てホッとしました。遠すぎて戦いの様子はほとんど見えなかったのですが、最後の風の魔法は見事でした。それにしてもあの大穴、凄まじい威力ですな」

「いや、地面の崩落はあの魔法で起こったわけじゃない。ほとんど敵の自滅みたいなものだ。ともあれ、皆が巻き込まれなくて良かった。それより怪我を見せてくれ。私の治癒魔法ならすぐに治せる」

「いえ、未だ戦闘中ですので、私の治療よりも前線部隊に合流し遊撃をお願いしたい。先程の崩落に巻き込まれ、少なくとも半数以上のブリュゴーリュ騎兵が穴に落ちましたが、それでも敵は戦意を喪失した様子がありません。前線の指揮は私に代わってオギュールド殿が執っていますので、動ける兵を率いて合流し、残敵の掃討に当たってください。私は動ける魔導士を集め、後方からの支援射撃に専念します」

「承知した」


 トリヴィアが周囲に視線を巡らせると、ふたりの会話を聞いていた兵士たちは槍を担ぎながら直立姿勢を取った。

 よくよく見れば、そのほとんどは大なり小なり傷を負い、添え木や止血帯を付けたままの者も少なくない。

 おそらくヴォリス同様に負傷して下げられて来たが、衛生部隊の治癒魔法が追い付かず、応急手当だけで戦線に復帰しようとしていたのだろう。


 自分を頼もし気に見つめる兵士たちに囲まれ、トリヴィアは先程死にかけた際に自覚した人に対する(くら)い感情を意識しかけるが、小さく首を振って雑念を打ち消し、己に言い聞かせた。

 この者たちは味方であり己を信頼している。

 ならば今、その不信は心に秘め、仲間として想いに応えるべきだ。


「よし! 動ける者だけでいい、私とともに来い!」


 トリヴィアが短く声を張ると、兵士たちは石突きで地面を突き、「応!」と叫んで闘志を(みなぎ)らせた。

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