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第三十四節 『悪食』

 束ねた関節肢(かんせつし)で炎を(さえぎ)りながら、異形の少女は酷薄(こくはく)な口調で呟いた。


「弱者の分際で、忌々しいわねぇ」


 異世界人の女を瓦礫(がれき)の底に沈めた直後、、遠方から自分に向けて魔法攻撃が開始された。

 大した威力ではないが、間を空けず断続的に攻撃魔法が飛んでくる。

 おそらく、複数の魔導士が、詠唱のタイミングをずらして魔法を行使しているのだ。

 その小賢しさに、少女は顔を歪める。

 こんな魔法を喰らったからといって、己には傷ひとつ付けられない。

 しかし、それでも両腕の関節肢でガードしているのは、ドレスが燃えるのが嫌だからだ。

 王より(たまわ)ったドレスは、その薄さゆえ非常に燃えやすいだろうと推察(すいさつ)できた。


「そうじゃなければ、こんな脆弱(ぜいじゃく)な連中に足止めなんて……えぇ?」


 鼻先を(かす)めた煙に、少女は顔を引き()らせながら肩口を見る。

 関節肢の上から舞い落ちた火の粉が、ドレスを焦がし小さな穴を開けていた。


「ゴ、ミ、どもがぁぁぁ!! 絶ぇ対にぃ、許さないわぁぁぁぁ!!!」


 異形の娘は右手の関節肢の束で()ぎ払うようにして飛来した火球を()き消し、左手の関節肢をティファニア軍に向ける。

 エビやカニの脚を思わせる異形の脚が一斉に(うごめ)いたかと思うと、一瞬で非現実的なまでに伸び、歩兵の方陣を貫いて、背後の魔導士たちを襲った。

 少女は戦場の端まで伸ばした腕の束を難なく振り回し、ティファニア軍の兵士を次々と薙ぎ払っていく。


「もぉっと無様に逃げまどいなさぁい! あんた達はそうやって這いずり回っているのがお似合いなのよぉぉ!」


 残忍な笑みを浮かべた少女が、さらに長く関節肢を伸ばし、後方の本陣まで襲撃しようとした時、眼下の瓦礫の山が爆発したように弾けた。


「な、何事ぉ!?」


 吹っ飛ばされ、周囲にばちゃばちゃと降り注ぐ関節肢の残骸の中心に、穴だらけにしたはずの異世界人の女が立っていた。

 青い血に(まみ)れてはいるが、よく見ると破れた服の奥に(のぞ)く傷は、(ふさ)がっている。


「なっ! ど、どうしてぇ!?」

「治癒魔法で治した」

「はあぁ!?」


 そんな馬鹿なと少女は思う。

 たとえ傷は癒せても、傷から(こぼ)れた血液は戻らない。

 あれだけ満遍(まんべん)なく刺し貫いたのに、立っていられるはずがなかった。

 それともまさか、自分と同じように無限の再生能力でも持っているというのか。


「そう驚くな。種を明かせばなんてことはない」


 そう言って眼の前の女は、足元に落ちた関節肢の残骸を拾い上げる。

 それを口の前まで持ち上げると、大口を開け(かじ)り付いた。


「ちょっ!? なにやって!」

ひへははあんは(みてわからんか)? ほはへほはあは(おまえのからだ)ほひぇはあいへう(をいただいている)

「うっ……嘘でしょぉ!?」


 唖然(あぜん)とする女にかまわず、関節肢の殻をバリバリと噛み砕き、中の白みがかった肉を歯で噛んで引きずり出し、上を向いて咀嚼(そしゃく)しながら一気に嚥下(えんげ)する。


「見た目通りカニに近い肉だが、硬くて筋張っている。味も独特のえぐみがあって、正直こんな時でもなければ食べようとは思わないな」

「たしかに……弱い者は、食われるとか、さっき言ったけどぉ……普通本人を前にして、ほんとに食べるぅ!? それに、そもそも私の方があなたよりも強いでしょぉ!!」


 激昂(げきこう)した女が伸ばした右手の関節肢の束を、トリヴィアは片手に持った鉈刀のひと薙ぎで打ち払う。

 ついでに、跳躍(ちょうやく)しつつ、返す刃で、ティファニア軍の方へ伸ばした左手の関節肢の束も断ち割った。


「さっきより動きが良い!? なんでよぉ!」

「治癒魔法は体の破損を治す。傷はもちろんだが、疲労で断裂した筋肉も正常に修復する。そして、治療の過程で体は爆発的に代謝を高める。さっき食ったおまえの肉は、私の頑丈な消化器官ですぐさま体を補う材料に分解され、血と肉に生まれ変わる」

「は? 私を食って回復したってことぉ? ふっ、ふざけんじゃないわよぉ!!」


 即座に再生した関節肢を放つも、再び片腕で斬り払われる。


「だったら、また動けなくなるまでひたすら攻めまくってぇ、今度は頭を潰してあげるわぁ!」


 宣言通り、少女は斬っても斬っても次々腕を伸ばしてくるが、足を止めて対応していた先程とは異なり、トリヴィアは鉈刀を振るいつつ一歩一歩前へ出る。

 すると対応が追い付かず、一か所、また一か所と関節肢に貫かれる。


「破れかぶれってことぉ!? いいわぁ、あなたが私の攻撃を突破するか、それとも先に力尽きるか、試してみなさぁい!」

「破れかぶれ? それは違うな」


 トリヴィアは右手の鉈刀で少女の攻撃を払いつつ、左手で自分に治癒魔法をかけ、斬り飛ばされた関節肢を口でキャッチし咀嚼していく。


ふぉうふえあ(こうすれば)、んぐ、攻防と同時に際限なく回復できる。少しずつでも進めば、必ずおまえの体までたどり着けるというわけだ」

「うぅ……こんな、こんなぁ、あ、頭、あなた頭おかしいわよぉぉぉ!!」


 異形の少女がどれだけ攻撃のペースを上げても、トリヴィアが止まる気配はまったくなかった。

 両者とも、斬られようが突かれようが一瞬で再生し、スタミナも尽きることがないのであれば、後はスピードと手数が勝負を分ける。

 異形の少女の圧倒的な手数を、トリヴィアが得物を振るう速さが、(わず)かに上回っていた。


 じりじりと前進してくる目の前の異世界人に、異形の少女は焦りを覚える。

 このままでは、まずい。

 間合いを詰められ体を攻撃されるのはもちろんだが、別の特定の部位を破壊されても、致命的なダメージを受けることになる。

 どうにかしなければと考え、異世界人の女に注視すれば、その視線は、まさに己の生命線とも言える部分に向けられていた。

 弱点を見破られたかと思い、異形の少女はおもわず片腕を防御に割いてしまう。


 一方のトリヴィアは、異形の少女の行動を(いぶか)しんでいた。

 本体に斬り掛かる前に、まずはその部位を破壊しようと考えたのは、少女の攻撃の支えを崩すという目的ゆえだった。

 途轍(とてつ)もない数の関節肢を物凄い勢いで振るうには、しっかりと踏ん張り、重さと運動によって生じる力を支えなければならない。

 そしてそれは、スカートの中から伸びる足の関節肢が、地面に突き刺さり体を固定しているからできる芸当なのは間違いなかった。

 杭のように地面に突き刺さった関節肢は、腕の培近い本数に見える。

 ここを削れば、相手の攻撃は確実に鈍ると考え注視していたところ、視線に気付いた異形の少女は急に狼狽し、壁を作るかのようにトリヴィアとの間に左腕関節肢の束を突き出したのだ。

 本体に斬り掛かられたわけでもないのに、極端とも言える慌てようだとトリヴィアは感じた。

 確かに、体の支えを削られれば不利にはなるだろう。

 しかし、腕同様に生やせば済む話ではないのか。

 足の関節肢の見た目は、腕のそれとさほど変わらないように見える。

 ならば再生できないということはないのだろう。

 であれば、仮に足をすべて刈られたとしても、腕で応戦しながらすぐに再生させれば済む話ではないのか。

 それとも、少女の行動に違和感を抱いたのは、己の勘違いだろうか。


 振り下ろされた右腕関節肢の束を斬り払いながら、いや、と思う。

 やはり、あの反応は尋常ではなかった。

 足を攻撃されたくない理由があるのだ。

 最初に見た時は背丈の低い少女だったのが、今は足を伸ばしてトリヴィアを見下ろしているのだから、再生能力がないというわけではないのだろう。

 では、足自体を壊されるのを恐れているわけではないと判断できる。

 となれば、他に考えられるのは、地面に固定された状態を失いたくないのか。

 ただ、それだけのことをどうしてあれ程までに恐れるのか。

 もしや、体を固定するという以外の理由でもあるというのか。


「理由……理由……支えを失うのが嫌なのではなく、地面から離れること自体を恐れているのか? なぜ?」


 再生した右腕関節肢を再び砕く。


「待て、再生? もしや……」


 思考するのに気を取られていたトリヴィアは、(ゆる)んだ地面に足を取られ体勢を崩す。

 近くに水源があるわけでもない平地の地面が異常に柔らかくなっていることに意表を突かれたトリヴィアに、異形の娘は間髪入れずに再生した関節肢を突きだした。

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