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第二十七節 『狂奔』

 第七副王領(ブルネリア)にはブリュゴーリュ軍二軍団が進撃していたが、その南部方面軍に対応しているのが副王領からの援軍を中心に編成されたティファニア軍であり、大将にはアタラティア軍から派遣されたヴォリス・ドゥ・ヴァーゼラットが抜擢(ばってき)されていた。

 これは、国王(セルヴィス)からの派兵要請を蹴ったうえ、ドロティア派として民兵軍に援軍を送ってきた南部副王領に対するサルヴァの配慮であり、ヴォリスを大将に選んだのも、アタラティア軍がいの一番に駆け付けたのと、兵数がどの副王領よりも多かったからだった。

 副王領軍に相応の地位と活躍の場を与えることにより、今後ドロティアを王位につけるうえで地方にも太いパイプを作りたいという意図が隠されている。


 ただし、副将にはお目付け役として、ふたりの第一王女親衛隊員が付けられていた。

 副王領軍を補佐しつつ、功を焦って作戦を乱すような真似を戒める目的で派遣された親衛隊員二名だったが、この戦場においてその役目が果たされているとは言い難かった。

 本来、副王領軍の抑えとならなければならないはずの親衛隊員当人が、騎兵縦隊の先頭で突出し、好き放題に暴れ回っている。


「ギィャヒャヒャヒャヒャ! オラ次ぃ! どんどん掛かって来いよぉ!」


 細身の剣を振り回し、狂気じみた笑い声を上げながら敵騎兵を挑発するのは、少年のような容貌の小柄な騎士だ。

 マルキ・シャビーユというその親衛隊員は、普段の人懐こい無邪気な性格を戦場で一変させている。

 幼げな顔には残忍な笑みが浮かび、その身は敵の返り血で赤く濡れ光っている。


 少年騎士の挑発に反応したブリュゴーリュ騎兵たちが、三方から群がる。

 しかし、マルキは動じるどころか、口角を更に釣り上げて敵兵の愚かさを嘲笑う。


「〝水刃操乱(ヅァイトス・ブリアー)〟」


 マルキが小さく唱えた瞬間、彼の周囲の空間に水が湧き出で、それがスプリンクラーのように四方へ撒き散らされる。

 水の直撃を受けた騎兵と馬は、体に入った切れ目から血を流れさせたかと思うと、次の瞬間には刻まれた体を地面に崩れさせた。


「アァヒャヒャヒャ! ()()ぉぉ!」


 ドロティアの〝人見の祝福〟に見出された第一王女親衛隊員の中には祝福者が多く含まれる。

 その中でも、マルキの〝湧水(ゆうすい)の祝福〟は、本人の隠れた残忍さと相まって、戦闘で無類の強さを発揮した。


「なんなんだ、あの御仁(ごじん)は……」


 自分の補佐に付けられた、ティファニア王族親衛隊というエリートの肩書を持つ騎士の豹変ぶりに、後続のヴォリスは困惑を隠せない。

 味方とはいえ、殺戮を楽しむかのような振る舞いに、強い嫌悪感が湧く。


「あーあぁ、マルキの奴、ガンギマリじゃねえかよ。しょうがねえなあ」


 そう呆れたように言って頭を掻くのは、ヴォリスと並走するもうひとりの第一王女親衛隊員、オギュールド・スノヴェルだ。

 体育会系の大雑把な性格ながら、最前で血刀を振るう少年騎士に比べれば、この男の方がよほど冷静に振る舞っている。


「まあまあ、今は勘弁してやってくれよ大将! ずーっと姫のおもりをさせられてきたんで、あいつもいろいろ溜まってんだ! どうせ敵は殺さなきゃならねえんだし、ちょっとぐらいガス抜きさせてやってもいいだろ! その代わり、あんたの護衛はオレがきっちりやってやるからよ!」


 そう言ってオギュールドは、ヴォリスの背をバシバシと叩いて豪快に笑う。

 性根が生真面目なヴォリスは、この破天荒なふたりの騎士にどうしても馴染めない。

 しかし、マルキはもちろん、オギュールドも常人離れした使い手なのは、この戦場に出てから嫌という程に理解させられた。

 マルキの凶悪な魔法攻撃もさることながら、この騎馬戦において、オギュールドの持つ祝福と魔法は、このうえない効果を発揮している。


「っと、左右から敵だ大将! オレが対処するから、あんたは動かねえでくれよ? 下手に前に出られると巻き込んじまうからな」

「承知した」


 オギュールドは縦隊に向かってくる騎兵との間合いを計ってから、口を開く。


「〝岩槍隆突(ヅィ・ブロヴス)〟」


 その声に応えたかのように、地中から槍のように尖った岩が隆起し、敵騎兵らを貫いた。

 〝堅岩(けんがん)の祝福〟を持つオギュールドは、まさに騎兵の天敵だ。

 突進してくる騎兵の前に壁を出現させ、あるいは地面を陥没させ、さらには今見せたように岩の槍を突き出し、瞬く間に制圧してしまうのだ。


 ひととなりはともかく能力的には、このふたりは作戦に大きく貢献している。

 人選を行ったサルヴァ・ディ・ダリウスの差配も見事だと言えた。

 それにしても、王妹であるドロティア・ライティネン・エル・ティファニエラが個人として所有するにも等しい親衛隊とやらが、総合的にどれほどの戦力となるのか、ヴォリスには計り知れない。

 あるいは、それを副王領軍に見せ付けるため、このふたりを派遣したのかもしれなかった。


「ん?」


 ヴォリスは縦隊の進路に、戦場には相応しくない存在を見つけ大きく目を見開いた。

 ドレスを纏った小柄な少女が、騎兵の駆ける合間をふらふらと彷徨(さまよ)っている。


「まさか……襲った都市か村落から、(さら)って来たのか?」


 彼女の(まと)うドレスが、体型に合っておらず、袖や裾が大きく余っているのは、一度身包(みぐる)みを剥いだ少女に、略奪品でも与えたためだろうか。

 ヴォリスはブリュゴーリュ軍への怒りに顔を紅潮させる。

 戦場に出れば、このような光景を目にすることは珍しくもない。

 そうわかっていても、実際に目の当たりにすると、心の内に湧き出る激情を抑えることは難しかった。


「くっ……おのれブリュゴーリュの外道どもめ! 誰か、あの少女を――」


 ヴォリスが言い切る前に、最前に出ていたマルキが少女目掛けて駆け出していた。

 その様子に、ヴォリスは一瞬安堵を覚えるも、少年騎士が歪んだ笑みを浮かべているのに気付き、制止の声をあげる。


「ま、待て! 何をする気だ!」



 一方、マルキ・シャビーユは、少女の姿に己の主君を重ね、抑えようのないドス黒い欲求を覚えていた。

 最貧民の身分から己を引き上げてくれた姫には間違いなく感謝している。

 しかし同時に、わがまま放題で自分たちを振り回し、なにより断種までして性的に搾取されてきた経験は、彼の内に主に対する歪んだ愛憎の念を育んでいた。

 首都で過ごしていては、そんな欲求を発散させることもできない。

 ドロティアに病をうつすリスクがある以上、売笑婦(ばいしょうふ)を買うことさえできないのだ。

 欲求に負け、密かに女遊びなど行えば、隊長のサルヴァから勘付かれ、粛清(しゅくせい)されてしまう。

 実際、そうしていつの間にか姿を消した隊員は少なくなかった。


 だから、マルキはこれ幸いと少女に殺意を向ける。

 戦場では何が起こっても不思議ではない。

 敵軍にかどわかされたあと逃げ出してきた少女が、偶然飛び出してきた自国の兵馬に踏み潰されたところで、誰が文句を言えるだろう。

 内臓を口と肛門からぶちまけ断末魔の苦痛に歪む少女の表情を想起し、そしてそのイメージに己の主君を重ね、マルキは恍惚(こうこつ)とする。

 そうして(ほう)けていたため、彼は少女の意外な行動に対し、反応が遅れた。


 自分に向かってくるティファニア軍の騎士に向かって少女は腕を差し向けた。

 傍から見れば、その行動は助けを求めているように映ったかもしれない。

 しかし、一瞬の間を置いて異変が生じる。

 少女の肩から腕にかけてがボコボコと波打ったかと思うと、袖の中からカニやエビのものを思わせる無数の関節肢(かんせつし)が驚異的は速度で伸び、馬の首ごとマルキの体を貫いた。


「ガハッ! な、んだよ、ごれぇ!」


 もしミツキが見れば、異常に太く長い、タカアシガニの腕や脚にでも見えたであろうそれは、マルキの体を高々と持ち上げると、二、三度振り回した後、地面に投げ捨てた。

 バウンドして転がったマルキの身に、甲殻類の腕はもう一度殺到するが、地面からせり上がった岩がそれを防いだ。


「マルキ!」


 馬から飛び降りたオギュールドが駆け寄り抱き起こすと、マルキは血を吐きながら(わめ)いた。


「うう、いだいよぉオギュールドぉ。ぢくしょう、あのガキぶっ殺してやるぅ。ゲホッ! うぐぅぅ血が止まらないぃ」

「しゃべんな! くそっ! これじゃ、内臓まで――」


 マルキの傷を見ていたオギュールドは、己が魔法で形成した岩の軋む音に顔を上げる。

 目の前の岩壁は、瞬きする間にもビシビシと亀裂を走らせている。


「お、おい、ウソだろ!? 破城槌(はじょうつい)でも傷ひとつ付けられない岩だぞ!?」


 叫んだのも束の間、岩の壁が破砕し、無数の関節肢がふたりに襲い掛かる。

 マルキを抱えて飛び退(すさ)ろうとするが、関節肢は矢のような速度で向かってくる。

 オギュールドが死を覚悟した瞬間、目の前を巨大な影が過り、関節肢の束はばらばらに砕けて飛び散った。


「あ、あんたかい」

「遅くなってすまない」


 後続の騎兵縦隊を援護していたトリヴィアが、前方の異変に気付いて駆け付けた。

 背後を窺い、虫の息のマルキを見て、歯を(きし)らせる。


「すぐに治療を――」


 瞬間、背後から再び関節肢の束が殺到し、トリヴィアは鉈刀で攻撃を逸らす。


「かまわねえでいい! 治癒魔法を使いながら対応できる相手じゃねえだろ! オレも縦隊先頭に戻らなけりゃならねえ! あの化け物娘の相手だけ頼む!」


 トリヴィアは、涙を零しながら浅い呼吸を繰り返すマルキに苦々しい表情を向け、悔し気に呟く。


「……わかった」


 オギュールドがマルキを抱えて走り去るのを背に庇いながら、トリヴィアは両腕から数十本の関節肢を伸ばした少女と対峙する。


「あら、あなた」


 少女はトリヴィアをまじまじと観察してから楽し気に言葉を継いだ。


「人間じゃないのねぇ」

「貴様もな」


 忌々し気に睨み付けるトリヴィアに対し、少女はクスクスと笑う。


「なにがおかしい?」

「うふふ、だってぇ」


 少女の顔に(あざけ)るような色が浮かぶ。


「あなた強いでしょぉ、私と同じで。それが人間みたいな取るに足らない弱者を傷付けたぐらいで、そんなにムキになっているんだものぉ。それってなんだか、とっても滑稽だわぁ」

「弱いからこそ力ある者が守らねばならんのだろう。違うか?」

「えぇ、全然共感できなぁい」


 話す間にも、少女はドレスの袖から様々な長さと形状の関節肢を伸ばしている。

 さらに、その体が大きくせり上がり、足があるはずの裾下にも無数の関節肢が出現する。


「だってぇ、弱い者は強い者に踏み付けられるか食べられるために存在するのだものぉ」


 少女はゾヨゾヨと(うごめ)く関節肢をトリヴィア目掛けて一斉に伸ばす。


「そうか。相容(あいい)れんな貴様とは」


 トリヴィアは鉈刀を振りかぶると、少女の伸ばした関節肢へと振り下ろした。

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