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第二十六節 『接触』

 敵陣を突っ切ることによって、ミツキら騎兵縦隊はブリュゴーリュ軍の背後を取ることに成功した。

 とはいえ、まだ作戦は第一段階までしか進められていない。

 後方に気を配るミツキは、耀晶刀(ヴェリスサージュ)を飛ばして後続の兵士に襲い掛かろうとする敵騎兵を片っ端から排除しつつ喉に手を当てて叫んだ。


『サルヴァは着いて来ているな!? 予定通り部隊を二手に分けるぞ!』


 ミツキたちの狙いは、このまま左右に展開し、すれ違うかたちで本陣の方へと駆け抜けた後方のブリュゴーリュ軍騎兵の周囲を回り込み、同じく左右へ少しずつ展開している後衛の歩兵と合流することで敵軍を包囲することにあった。

 機動力を殺された騎兵程無力なものもない。

 囲いを作って足さえ止められれば、歩兵の後方に控えさせている魔導士の支援攻撃も最大限に生かせるだろう。


 本陣から発せられるカナルからの指令を聞いて、歩兵部隊が予定通り踏ん張っていることは把握している。

 あとは騎兵縦隊を先導するミツキとサルヴァが、それぞれ騎兵を率いて左右へ分かれ、後方で歩兵の方陣に止められ渋滞を起こしているブリュゴーリュ軍の周りに沿って駆け抜け、背後から側面までを囲い込めば下ごしらえは完了だ。


「敵騎兵は自陣を突っ切ったオレたちに注意を払っていない。つまりこっちの目論見は気付かれてない。あとはオレたちが歩兵のところまでたどり着ければ――」


 呟きつつ、後方から自分を追って来る味方の動きを観察していたミツキは、微かに地響きのような振動を感じ、敵軍中央へと視線を向けた。


「……あいつ、もしかしてこっちに向かっている?」


 その言葉に呼応するかのように、振動は徐々に強く感じられるようになり、地響きにも似た音が空気を震わせ始める。


「くそっ! 奴が来る! 最後まで騎兵を先導したかったが、ここまでか!」

『どうしたミツキ!?』


 やや後方を走るサルヴァの問い掛けを受け、ミツキは喉を押さえる。


『特務の時間だ! オレは縦隊の先頭から外れる! 右手は予定通りサルヴァに任せた! 左手の先頭にはオレの代わりにジャメサ・カウズとティスマス・イーキンスが入れ! おまえらの腕なら最後まで走り抜けられるだろう! それと後ろの奴ら! 耀晶刀を飛ばして守ってやれるのはここまでだ! これ以降、テメエのケツはテメエで持て! いいな!?』


 早口に指示を伝えると、ミツキは後方の自陣へと向かうブリュゴーリュ騎兵の中へと突進した。

 突然、友軍の中に姿を現したティファニア兵に気付いたブリュゴーリュ騎兵らは、慌てて槍を振るおうとするが、飛来した耀晶刀に腕や胴体を切断され、味方を巻き込んで倒れて行った。

 ミツキは自分の周囲の騎兵を薙ぎ払い、飛来する矢を念動で止めながら、遠方に見える目標を睨んで苦笑いを浮かべる。

 近付けば近付くほどに馬鹿デカイと感じる。

 こんな質量をどうやって召喚したのか不思議でならない。

 敵は敵でこちらに向かてきているので、ミツキの視線は毎秒ごとに上へ上へと持ち上がっていく。

 そして、対象の目前まで迫ったミツキは、敵が大きく腕を振りかぶるのを視認し、慌てて手綱を操り進路を曲げた。

 大地を揺らすような衝撃と同時に、巨大な円錐が地面を抉り、敵騎兵が数騎吹っ飛ばされる。


「味方が居てもお構いなしかよ」


 ミツキは引き攣った笑みを浮かべたまま、目前に現れた敵をあらためて観察する。

 上半身は全身を鎧に覆われた騎士のように見える。

 しかし、その体表面には有機的な質感が見て取れ、鎧などではなく、体の一部であることがわかる。

 肩と脇からは四本の腕が生えているが、先端には手ではなく、馬上槍(ランス)を彷彿とさせる円錐状の突起が突き出ている。

 以前、甲冑の巨人にも抱いた印象だが、こいつの上肢はさらに巨大ロボット染みているとミツキは思う。

 しかし、上半身以上に異質なのが下半身だ。

 エクレアのような細長い形状の丸みを帯びた胴体の左右に、細く長い節足が数十対生えている。

 例えるなら、ゲジゲジという虫にそっくりだ。

 人のような上半身と他脚の虫のような下半身、甲殻類のような体表面で、二階建ての建物を超える体高の化け物は、ゆっくりとミツキに顔を向けた。

 顔面まで騎士のバイザーのような構造となっており、スリットの奥に複眼が怪しく光っている。


「……きっしょくわりいデザインしやがって。なにをどうすりゃおまえみたいなオモシロ生物が生まれるんだよ」


 巨大な虫騎士はギチギチと音を発しながら攻撃の構えを取る。

 ミツキは自分の周囲に耀晶刀を展開すると、敵の突きに合わせて飛び込んだ。




 第二十三副王領(キミリア)に進んだ民兵軍を率いるのは、レミリス・ティ・ルヴィンザッハだ。

 民兵軍の基本戦術はどこも変わらない。

 レミリスは騎兵を率いてブリュゴーリュ軍の中央を突破し、もう少しで左右に縦隊を分けようとしていた。


『おい、何かおかしくないか?』


 そう通信して来たのは、サルヴァが指揮官の不足を補うために連れて来た三人の第一王女親衛隊員のひとり、シュウザ・シャラカンだ。

 ミツキが〝ワイルド系イケメン〟と評したこの男は、剣術と槍術に関しては親衛隊内でもサルヴァに次ぐ実力者であり、既に多くのブリュゴーリュ騎兵を討ち取ってその身を返り血で染めている。


『ああ、寒いな』

『いや寒いってレベルじゃねえだろ! 何かの魔法攻撃じゃねえのかこれ!? 大将だったらしっかり指示を出せ!』


 レミリスの端的な回答に、シュウザは声を荒げる。

 内心では、ぽっと出の同僚に大将の座を取られ、副将に甘んじているのが気に食わないのだ。


「お嬢様、周囲の魔素濃度が尋常ではありません。これは、到底人間の仕業とは思われません」


 小さく切った指先の血を通して周囲の魔素を感知しレミリスに進言するのは、彼女の付き人のアリアだ。

 いつも通りのメイド服に身を包んでいるが、実はこの服は、ミツキに強引にねだってオーダーメイドで作らせたメイド服型の鎧布だ。

 戦場に立つメイドに、私兵たちは好奇の視線を向けたが、深紅の剣を振るって縦隊の最前で進路を切り拓く奮戦を目の当たりにして、誰もが息を呑んだ。


「わかっている。そう言っている間に客が現れたぞ」


 急激な気温の低下によって白く染まった大地の先に、馬に乗らず鎧も纏わない人影がいつの間にか立っていた。

 その異様な存在感に、レミリスとアリアは馬を止め、縦隊の進軍が停止する。


「僭越ながら、これより先ティファニア騎兵隊の皆様方のお相手はこの私が務めさせていただきます」


 そう慇懃に述べた目の前の人物は、人の顔をしていない。

 首から上は、どう見ても白い兎だ。

 ただし体は細身の人間で、黒い燕尾服に身を包みレミリスたちに一礼してみせる。


「ほう、その服装、執事ですか」


 どういうわけなのか、目の前の兎男に対抗心を示すアリアを手で制し、レミリスは口を開く。


「ブリュゴーリュ軍の被召喚者だな?」

「御明察にございます。そして、お覚悟をティファニア軍の大将殿」

「悪いが貴様に付き合っている暇はない。出番だぞ犬」


 レミリスの言葉を合図に、後方で炎を纏った獣人が跳躍し、レミリスと兎男の間に降り立った。


「おいテメエ! 誰が犬だコラぁ!」

「貴様の仕事だ。任せた」

「あ、オイ!」


 躊躇なく駆け出したレミリスに向かって、兎男が両手に氷の刃を形成し跳躍しようと身を潜める。


「逃がしませんよ!」


 しかし、ふたりの間に〝炎爪(えんそう)〟を形成したオメガが立ち塞がる。


「クソ女が! おぼえとけよ!」

「邪魔です」


 己を睨み付けつつ、身の回りに冷気を纏った兎男に、オメガはガンを飛ばす。


「ああ? 邪魔はテメエの方だろうが。食い殺すぞ兎づら」

「犬づらのあなたに言われたくありませんね。下品な獣にはご退場願いましょうか」


 背後を友軍の騎兵が駆け抜けて行くのを聴覚で確認しながら、オメガは兎男に跳びかかる。

 同時に踏み切った兎男の氷刃と、炎の爪が接触し、氷結した水分が急激に加熱され小規模な水蒸気爆発を起こした。

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