第二十四節 『飛円』
ミツキは耀晶刀に向けていた視線を前方へ戻す。
ブリュゴーリュ弓騎兵による最初の支援射撃を防いだとはいえ、その前面、黒鉄の全身鎧に身を包んだ重騎兵の質量は、制服を纏った自分たちティファニア軍騎兵とは比べ物にならない。
馬鹿正直に突撃するのは、軽自動車でダンプカーの群れに突っ込むに等しい。
しかも、こちらは作戦のためとはいえ縦隊突撃だ。
壁のように横隊を重ねて突っ込んで来る敵騎兵に呑まれれば、先頭から順に踏み潰されて終わりだろう。
「まあ、だからこそ、オレが斬り込むわけだけどな」
ミツキは周囲に舞う耀晶刀に意識を向ける。
リズィの言うとおり、王耀晶は鉄の剣や槍とは比べ物にならない程に、念動との相性が良い。
直進していた十二対の刀は、念動によってすぐさま回転運動を始め、ミツキの周囲に十二枚の半透明の円盤が出現する。
いつも通り〝飛粒〟と口にしようとして、ミツキは思い止まる。
これから飛ばすのが〝粒〟でない以上、改名するべきか。
一瞬考えてから、咳払いして口を開いた。
「〝飛粒〟あらため――」
ひと差し指を伸ばした拳を頭上に向ける。
「〝飛円〟!」
叫びながら腕を振り下ろすと、それに反応したかのように、十二枚の円盤は青い残影を残しながら前方へ射出された。
十二対の内、先行した二対の耀晶刀が、ミツキの正面から左右に分かれて飛行し、横隊で突撃してくる敵重騎兵の馬首を次々と刎ね飛ばした。
当然、重騎兵は崩れるように転倒していく。
馬の全速力に全身鎧の重量が乗り、地面に投げ出された騎兵は鎧の内に体を打ち付けながらどこまでも転がり二度と立ち上がれなかった。
さらに、後続の軽騎兵は頽れた前列の重騎兵を避けられず、ほとんど馬ごとバク転するような勢いで前方に吹っ飛んだ。
それに後続の第二陣も巻き込まれ、敵騎兵は次々と倒れ重なり、前方に団子のようにもつれた兵士と馬の小山ができあがる。
しかし、それでもブリュゴーリュ軍の進撃は止まらない。
騎兵たちは転倒した仲間を踏みしだき、その屍を大地にめり込ませ、進路を均しながら突進してくる。
「マジかよ」
倒れた仲間の身を案じるどころか、踏み潰して向かってくるブリュゴーリュ騎兵の迫力に肝を冷やし、ミツキの額を冷や汗が流れる。
とはいえ、この程度は想定内だ。
残りの耀晶刀を進路上へ一直線に飛ばし、自分の方へと突撃してくる騎兵を次々と両断していく。
耀晶刀の一振りの長さは柄を含めて約一メートル程なので、連結した状態の直径は二メートル程度となる。
その二メートル幅の軌道上にあるものであれば、黒鉄の鎧だろうが剣や槍だろうが、まるで触れてさえいないように切り裂いていく。
騎兵たちは、己の身を素通りした円盤に、一瞬戸惑ったような反応を見せた後、その体を鎧もろともに崩れさせていった。
しかも、騎馬は全速力で突進し、そのうえ前方は味方の隊列によって視界が利かないため、騎兵たちは突如仲間の体をすり抜けるように出現した青い円盤に反応さえできずに解体されていく。
自分がやっていることながら、酷い光景だとミツキは思う。
こんなのは戦争とは言えない。
どう考えてもただの殺戮だ。
ブシュロネア兵は進軍途中の都市や村落を占領さえせず蹂躙し焼き払うと聞いている。
その事前知識がなければ、己はこの力を振るえなかったかもしれないとミツキは思う。
ようやく、最初に薙ぎ払った騎兵たちの死体の所まで到達すると、血と汚物の匂いが鼻を突いた。
耀晶刀を収納していた棺のような入れ物を切り離し、鳥馬は一度速度を増したが、敵の屍で足場が悪くなると、突進力は半減した。
そこへ、左右から耀晶刀で仕留めきれなかった騎兵たちが向かってくる。
並みの兵隊なら、これほど落ち着いた反応はできないだろう。
おそらく、これも遠く離れた何者かからの指令なのだと察しつつ、対処するため腰のポーチに手を伸ばす。
前方で敵の首を刈りまくっている耀晶刀を戻すより、〝飛粒〟で個別に対処した方が手っ取り早い。
しかし、ミツキが鉄球を握る間もなく、その左右を背後から二騎の味方が追い抜いていった。
「おい! 無茶は――」
ミツキが制止の言葉を叫ぶ暇も与えず、右手に駆け抜けた味方の兵士は二振りの剣で敵騎兵三人の首を刎ね飛ばした。
一方、左に駆け抜けた槍を持った兵士は、敵騎兵の槍を上体を反らして躱すと、兜の隙間にカウンターの突きをねじ込み次々と倒していく。
「お、おう。すごいな」
味方の私兵の意外な実力に、ミツキは呆気にとられる。
特に、剣士の方は、近接戦では勝てる気がしない。
槍使いにしても、どこか本気を出していないような気配がある。
そんな手練れたちだが、突出したことで追加の敵騎兵が次々と群がり、多勢に無勢ですこしずつ押され始める。
〝飛円〟の殺傷力は凄まじいが、敵は数万の大軍だ。
さすがに十二対の剣だけでは進路上の敵を排除するだけで精いっぱいだ。
〝飛円〟の軌道の外から、ミツキたちの進行に気付いた騎兵が斬り込んで来る。
ミツキは今度こそ〝飛粒〟で前方の味方を援護しようとするが、鉄球を放つ前に後方から飛来した矢が次々と前方ふたりの周囲のブリュゴーリュ騎兵を射抜いた。
装甲の薄い軽騎兵はともかく、矢の通じなさそうな重騎兵まで、鎧の隙間を正確に射抜いて倒す技倆は神がかっている。
背後を窺えば、ふたりを援護した射手がミツキの斜め後ろに迫っていた。
少年、というより少女のような容貌の若い兵士だ。
こいつには見覚えがあるなとミツキは思う。
トリヴィアに積極的に稽古を頼んでいた三人組のひとりだ。
たしか、名をエウル・クーレットといったか。
だとすれば、前方のふたりはジャメサ・カウズという剣士と、ティスマス・イーキンスという槍使いの冒険者だろう。
三人がかりとはいえ、出征直前にはトリヴィアとまともに打ち合えていたような手練れで、騎兵縦隊ではサルヴァの背後に配置していたはずだった。
さすがだなと感心していたミツキは、そういえばそのサルヴァはどこだと周囲を窺う。
すると背後から楽し気な笑い声が聞こえ、振り返った。
「ふはは! 見てくれミツキ! 大漁だ!」
返り血に塗れたサルヴァが、槍を振り回しながらミツキに近付いてきた。
その槍は、敵の兜首を〝串団子〟のようにいくつも貫いている。
「お、おまっ、なにやってんだ!?」
「なにって、こうしてるんだが?」
横から迫って来た敵騎兵の頭部に向け、サルヴァは槍を突き出す。
頭部を貫いた槍を手の中で素早く捩じり押し込むように持ち上げると、敵の首が捥げ、槍に貫かれた首がひとつ増えた。
捩じ切られた首から垂れ下がる脊椎を見て、ミツキは表情を歪める。
「遊んでんじゃねえ! 普通に殺せ!」
「遊ぶなってぇ? それは無理だよミツキ。戦争がこんな楽しいとは思わなかった! こんなことなら私もブシュロネアとの戦争に参加しておくんだったよ!」
そう楽し気に叫ぶと、新しい遊びを覚えた子どものように敵へ向かって行く。
明らかに舞い上がっているが、さすがは第一王女親衛隊隊長だ。
ゲーム感覚で次々と敵を討ち取っていく姿は、ジャメサたち手練れにもまったく引けを取っていない。
とはいえ、作戦はあくまで突撃してきた敵の中央を突き破ることだ。
左右から迫る敵騎兵に対応するため、縦隊がばらけつつある。
一度態勢を立て直した方が良さそうだ。
ミツキは喉に手を当て、蟲の通信で仲間へ指示を出す。
『前方のふたり、突出し過ぎだ。サルヴァも一旦オレの後ろに戻れ。前に飛ばした耀晶刀を戻して再度進路を切り拓く。一気に駆け抜けるぞ!』