第二十三節 『耀晶刀』
「え、なんで?」
「役に立ちそうだったんで、雇ったのさ。ブリュゴーリュとの戦争を前に、使えるものはなんでも使いたいからね。実際、彼女は役に立ってくれている。例えば、例の鎧布と同じ性質の皮革素材を大量生産する技術は彼女が開発したものだ」
リズィ・モーヨン博士は、サルヴァに褒められデヘデヘと気持ちの悪い笑い方をした。
「あぁぁあのぐらいのことなら、ぜんぜん簡単ですよ私にとっては。むしろ、こ、この国の技術水準が、低すぎる、みたいな?」
リズィは視線を彷徨わせ、両手を滅茶苦茶に動かしながら異様な早口で話す。
こんなしゃべり方をする女だったかと考え、ミツキは一瞬首を傾げるが、前回彼女を見た際は尋問やサクヤの脅しでまともな精神状態でなかったことに思い至る。
素の状態の彼女と会うのは初めてだった。
とはいえ、以前と同様、あまり話しやすそうには見えない。
頭は良いものの、コミュニケーション能力は壊滅的なタイプ、という印象を受ける。
顔が悪くないだけに、ドロティアとは別のベクトルで残念な女だ。
そんなことを思いながら、ミツキは会話を試みる。
「ということは、工場の製造施設もあなたが設えてくださったんですね。おかげさまで、どうやら制服が揃えられそうです。感謝します」
礼を言われたリズィは、照れているのかデュフデュフと笑いながら身をくねらせた。
「しかし、あなたとこの王耀晶の剣と、なんのかかわりがあるんですか?」
「あぁあのですねぇ、私は今、ドロティア様にパトロンになっていただいて念願の王耀晶研究に従事させていただいているのですよ」
そういえば、とミツキは思いだす。
以前、尋問の様子を見た際も、この女は王耀晶に異様な関心を示していた。
ミツキは研究者の女からサルヴァに視線を移し、声を潜めて問い掛ける。
「いいのかよ、そんな簡単に外国の人間なんて関わらせて。王耀晶の製法は、この国の秘中の秘なんだろ?」
「もちろん、外部に情報を漏らされないよう対策はしているさ。彼女には、情報を漏洩させようとすれば即死ぬよう、呪いをかけてある。もっとも、これは彼女以外の研究者や職人にも当て嵌まることだけどね」
つまり、自分と似たような制約を課せられているのだとミツキは理解する。
違いといえば、本人の承諾を得ているか否かぐらいだろう。
納得し、再びリズィへ向き直る。
「それで、この剣、えっと耀晶刀、でしたっけ、それが実用的な武器になるっていうのは、どういうことですか?」
「それはですねぇ、実際に研究してみてわかったのは王耀晶は物質でありながら質量が極めて無に近いという性質を持っているということなんですね。どういうことかというとですねぇ、そもそも王耀晶の元となる魔素というのは粒子として観測されながら実は光のような――」
「博士。そこら辺の詳しい説明は素人には難しいので、要点だけに絞って解説していただけますか?」
サルヴァからの指摘に、リズィは一瞬固まると、赤面しながらあわあわと慌てふためいた。
「あぁぁあぁ、すみませんすみません! そうですよねそうですよね、魔導力学理論なんて突っ込んで説明してもわかんない人はわかんないですよねすみません! あぁぁあ、私馬鹿だぁぁ。もうホントになにやってんのかなぁだめだほんとだめだめだぁ。あ、そ、それでですねぇ、とにかく王耀晶は質量が極めて無に近い物質だということなんですね。で、それとは別件でミツキ殿の情報をサルヴァ殿から聞いたうえで何か専用の武器とか力の使い方のアドヴァイスみたいなのはできないかって相談を受けてましてですねぇ、ええっとなんでしたっけ、あぁあ、そうそうひっ〝飛粒〟でしたっけ? あぁぁの力、小さな物体ほど早く強く操れるってことで、それって大きさというより質量の少ないものって言えるわけで、私、それなら王耀晶を操ったらすごいことになるんじゃないかって、サルヴァ殿に回答したところ、じゃあミツキ殿のために王耀晶の武器を作ってあげましょうってドロティア様から言われて、だから作りましたんです」
一気に話し終えたリズィは、夢中でしゃべったため熱くなったのか、ぼさぼさの髪から滴るほどに汗をかき、それを頻りに白衣で拭った。
「な、なるほど」
要するに、鉄球の代わりに飛ばす剣というわけだ。
大きなものほど加えられる力が落ちるという念動の性質上、これまで剣や槍を飛ばすことはなかったが、王耀晶ならその問題が解決されるのだという。
「付け加えると、耀晶刀には〝不壊〟と〝両断〟という二種類の魔法を付与してある。前にも説明したが、王耀晶は付与魔法を半永久的に留め、効力も飛躍的に高める性質がある。ちなみに、その青い色は、魔法を反映して付いたものだ」
サルヴァの補足説明を受け、耐久性にも問題なさそうだとわかる。
「えっと、それじゃあ持ってみてもいいですか?」
「もちろんだよぉ!」
ドロティアの許可を得て、ミツキは二振りの剣を両手で持ち上げた。
「うっ、軽っ!」
質量が無に近いとリズィが言うだけあり、羽より軽い。
柄の金具分の重さしかないのではないかとミツキは感じる。
剣として扱うなら、軽さは利点にもなるが、斬撃に重さを乗せられないということは、欠点にもなりそうだと感じる。
念動で飛ばすだけなら良いが、持って使うのはかなり難しいかもしれなかった。
「ん? ……この剣の形」
剣の形状を見て、ミツキは驚く。
縦に置かれていたのを上から見ていたため持つまで気付かなかったが、完全に日本刀だ。
戸惑うミツキに、ドロティアが燥いだ声を上げた。
「剣のデザインわぁ、わらわがしたんだよ? わらわわぁ、人にプレゼントする時、絶対に相手の好みを外さないんだぁ!」
それはつまり、〝人見の祝福〟で相手の好みまで見通すということだろうかとミツキは推測する。
単純に才能を見極めるというばかりでなく、かなり応用の効く能力なのだということに、あらためて驚かされる。
「あ、あ、それでですねぇ、剣だとただ飛ばしても刺さるだけなんで、ちょっと工夫してみたんですよぉ。その柄のとこの金具、それで二本の耀晶刀を繋げられるようになってまして、ただし刃の向きは逆になるようになるんですね。ちょ、ちょちょ、ちょっとや、やって、が、合体させてみてくれますか、あぁ、合体は違うか、何言ってんだ私あぁもう」
リズィ博士に言われた通り、ミツキは柄尻を合わせて二振りの刀の金具を嵌め込んだ。
確かに、刃がそれぞれ逆方向を向いた状態で、刀は繋がった。
「これ、使い方わかったかも」
ミツキが手を放すと、刀が宙に浮く。
詠唱無しで、つまり魔法も使わずに、物体が宙に浮いたのを目の当たりにして、ミツキ以外の三人が息を呑む。
「この形状ってことは、多分、こうするんだよな」
ブンッという音とともに剣は回転し、中空に透明の青い円盤が出現する。
おそらく、この使い方で正解だろうとミツキは思う。
確かにこれなら、敵を刺し貫くのではなく、切り裂くことができる。
ミツキは部屋を見回し、寝台の横の籠に盛られた果物に目を留める。
「あの、ティア様」
「なあにみっちい」
「あの果物、ひとついただいてもよろしいでしょうか」
「いいよぉ」
ミツキの意図を察したサルヴァが、ドロティアの返答を聞いて果物を掴み上げた。
「私が放るから、ミツキはそれの操作に集中してくれ。それと、念のためティアと博士は離れてくれ」
ふたりが部屋の隅へ移動したのを確認したサルヴァは、ミツキ目掛けてリンゴのような果物を投げた。
ミツキは果物の前に回転して円を描く耀晶刀を移動させる。
「あ、あれ?」
どういうわけか、果物は刀をすり抜け、ミツキは咄嗟にキャッチする。
「おかしいな。たしかに刃があたうおっ!?」
自分の手の中で、果物が中心からずるりとずれ、ミツキはおもわず声を上げた。
切れ味が鋭すぎて、受け止められた際の衝撃が加わるまで、切断面が離れなかったのだ。
その刃の性能に、ミツキは喜ぶよりも恐ろしいと感じる。
取扱いに気を付けなければ、誤って自分の指でも斬り落としかねない。
ゆっくりと回転の速度を落とし、完全に静止したところで、ミツキは耀晶刀の柄を握って分離した。
「すぅっごいよく斬れたねぇその剣。気に入ってくれたみっちぃ?」
ミツキから受け取った真っ二つの果物に齧り付きながら、ドロティアが問うた。
「はい、とても。こんなけっこうなものを、セットで二振りもいただけるとは」
「二本じゃないよ?」
「え?」
ドロティアの言葉に、ミツキは首を傾げる。
「あぇえぇっとですねぇ、とりあえず作れるだけっていうご注文だったんで、十二対、二十四本作製したんですよぉ。私は今回はじめて王耀晶を精製しましたが、おかげさまで貴重な体験をさせていただきましたよぉ、デュフフ」
「マジですか」
一対でもとんでもない価値であろうことは間違いないのに、それが十二対。
もはや国が買えてしまうのではないかと考え、ミツキはむしろ怖くなる。
「それとぉ、これはおまけだよぉ」
そう言ってドロティアはミツキの手を取った。
全身に鳥肌が立つが、さすがにとんでもないプレゼントを貰った手前、どうにか振り払うのを我慢する。
ドロティアはミツキの中指に指輪をはめた。
カレッジリングのように、大振りの宝石が留められている。
石の色は無色透明だ。
「あ、あ、えっとですねぇ、それは耀晶刀を作る時に端切れが出たんで、ドロティア様に頼まれて作ってみたんですよぉ。それでですねぇ、プレーンな王耀晶なんで、お好みで魔法を付与すると、いいんじゃないですかねぇ」
これ一個でも、相当な値打ちものだろう。
さすがに、ここは礼を言うべきだ。
ミツキは未だに手を放そうとしないドロティアに向かって、笑顔を作りつつ口を開く。
「ティア様。過分な贈り物を賜り、身に余る光栄です。このうえは、いただいた宝剣をもってブリュゴーリュからの侵略者どもを打ち払ってご覧に入れましょう」
ミツキからの感謝を訊き、ドロティアは媚びるように微笑む。
「いやぁん、さすがわわらわのみっちぃだよぉ! ねえねえ、やっぱり戦から戻ってきたらわらわの騎士団に――」
「お断りします」
にべもないミツキの返答に、ドロティアはフグのように頬を膨らませるのだった。