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第二十二節 『贈り物』

 白銀の棺のような立方体から無数に飛び出したのは、柄尻の金具で連結された一対二振りの刀だった。

 刃はそれぞれが逆方向を向いているため、緩くS字を描いていたような状態で繋がっている。

 ただ、特筆すべきはその特異な形よりも、素材だろう。

 刀身は刃から(なかご)に至るまで、透明なガラスのような素材でできており、柄尻の金具から葉脈のように伸びる細い金属が茎を包み(つか)を形成している以外は何の意匠も施されていない。

 その透明な素材は微かに紫がかった深い青で、よく見ると素材の中に幾何学的な模様が細かく走っているのがわかる。

 宝石の剣といった見た目だが、実のところその価値は並みの宝石などとは比べ物にもならない。


 宝剣は全部で二十四対、つまり連結した状態で十二本あり、ミツキの念動によって馬と並走するように飛行する。

 青い残像を残して己の周囲に浮遊する宝剣をチラと見て、ミツキはその武器を得た経緯を回想する。




 ジュランバー要塞に呼ばれた後、不在のサルヴァに代わって様々な業務を押し付けられていたミツキは、ある日、その元凶からの呼び出しを受け、第三副王領(ノエニア)郊外の城郭都市へと足を運んだ。


「やあ、久しぶりだねミツキ。あれ? 少し痩せたかい?」

「……おかげさまでな」


 第一王女親衛隊員に案内され、笑顔のサルヴァに迎えられたのは、街の郊外にある貴族の邸宅だった。


「どこだよここ? つかオレに仕事を押し付けて、どこをふらついてんだよおまえは。てっきり王都でお偉いさん相手に根回しにでも励んでいるものかと思ってた」

「そういうのもまあ大事だけど、私たちにはもっと優先するべきこともあるのでね」

「優先すべきこと?」


 怪訝な表情を浮かべたミツキは、案内された屋敷内ですれ違った家令の顔に何となく視線を向け、眼を剥いた。


「あ、いつ……第一王女親衛隊の……」


 以前、王宮内にある庭園で顔を合わせた覚えがあった。

 名前は憶えていないが、インテリ風イケメンと感じた男だ。

 あの時は腰巻だけの半裸だったため、顔を見るまでまるで気付かなかった。


「親衛隊がいるってことは……もしかして」

「そうだ。これからすることを考慮して、ティアはここに移した」

「え? じゃあ、オレをここへ呼んだのは……」

「ああ。出征前にティアが君に会いたいと駄々をこねてね」


 途端、ミツキの二の腕に鳥肌が広がった。

 以前、断種されかけて以来の苦手意識が噴出し、手足が小刻みに震える。


「そう露骨に嫌そうにしないでやってくれ。彼女なりにキミのことを慕っているんだから」

「頭でわかっていても、体が拒絶するってことあるだろ?」


 顔は可愛らしいと思うし、あの無邪気な性格が好みという男がいるのも理解はできる。

 しかし、生理的に無理なのだから仕方がない。

 苦笑するサルヴァに続いてミツキは邸宅の中を進んだ。



「ここは?」


 サルヴァが立ち止まったのは、居間のような広い部屋の暖炉の前だった。


「なんで暖炉? 寒くないだろ」

「キミはたまに察しが悪いな」


 サルヴァは暖炉の上の置物を傾けながら、炉の上部に手を突っ込む。

 ガチリと音が鳴り、サルヴァが横に動くと暖炉もスライドした。

 暖炉が横にずれると、地下へ続く隠し階段が現れた。


「後々セルヴィス王に()()()()を考えれば、ティアの身柄は今のうちから安全な場所に隠しておかなければならない。公式には彼女は第三副王領首都の城に滞在中ということになっていて、そっちには影武者も用意してある。本物はこの邸宅の地下隠し部屋に潜んでもらっているというわけさ」

「王にって……何するんだよ」

「それはまた後で話す。キミにも一枚噛んでもらうつもりだからそのつもりでいてくれ」

「……またムチャ振りの予感」


 サルヴァに続いて意外な程深い階段を下りると、地下にはこれまた意外な程に広い空間が広がっていた。

 階段から直通の廊下こそ狭いが、少し歩くと広々とした円形のホールに出る。

 壁際には数脚のソファが置かれ、警備の親衛隊が何人か寛いでいたが、サルヴァの姿を認めると慌てて立ち上がり敬礼した。

 サルヴァは特に反応を返さずホール奥の部屋へと直進した。

 三度ノックして扉をくぐったサルヴァに続くと、中は広々とした、そしてやたらファンシーなインテリアの部屋で、その中心に立つドレスの少女に視線を留め、ミツキは身を固くした。


「やあぁん、みっちぃ久しぶりぃ!」


 両手を前に突き出し自分に駆け寄った少女を、ミツキは反射的に躱す。

 抱き着こうと交差させた腕が空を切り、ドロティアは目を瞬く。


「もおぉ! なんで避けるのぉ!」

「ああいや、なんででしょう?」


 ドロティアが再び両手を構えてにじり寄り、ミツキは後退る。


「ティア、ミツキは忙しい時間の合間を縫って会いに来てくれているんだ。困らせてはいけないよ」

「むぅぅ、みっちぃもサルヴァも意地悪だよぉ」


 サルヴァに諫められたドロティアは、腕を組んで頬を膨らませる。


「それより、今日はミツキに渡すものがあるんじゃなかったのかい?」

「そう! みっちぃにプレゼントをあげるんだった! や・く・そ・く、だからね!」


 ドロティアの発言に、ミツキは首を傾げる。


「約束? えっと、なんの話ですか?」

「あぁん! 忘れちゃったのぉみっちぃ!? お兄様を殺してくれたらぁ、ご褒美をあげるって言ったじゃない!」


 そう言えば、顔を見るため、当時未だ王子だったセルヴィスに、身元を偽って謁見した後で、そのようなことを言われた気もする。

 しかし、結局暗殺は成功していないのだから、その約束は流れたのだろうと思っていた。

 そんなミツキの内心を見透かしたかのように、ドロティアはほほ笑む。


()()()わぁ、()()()のために頑張ってくれた男の子にわぁ、必ずご褒美をあげるんだよぉ」


 そう言って手を叩くと、ミツキたちが入って来た扉とは別のドアから、病院で患者を運ぶためのストレッチャーのような、キャスター付きの台を押した女が現れた。

 台の上で布を被せられているのがプレゼントなのだろうが、ミツキの目は女の顔の方に引き付けられた。

 どこかで会ったような気がする。

 ミツキの視線に晒された女は、挙動不審げに視線を彷徨わせると、何かを誤魔化すように薄笑いを浮かべて俯いた。

 そんな女の様子になどかまわず、ドロティアは台に駆け寄りミツキを手招きする。


「ほらほらみっちぃ! これがプレゼントだよぉ! 中身はなにかなぁ? 自分で布を取って確認してねぇ!」


 ミツキはドロティアのテンションに若干引きながら、台に近寄る。

 被せられた布は、下に隠されたものの形を浮かび上がらせている。

 どうやら、細長い物体であるのは間違いなさそうだ。

 形状からもなんとなく中身は想像できた。

 おそらく、剣だろう。

 しかし、布を取って現れたものに、ミツキは意表を突かれた。


「これは……宝石、の剣ですか?」


 タンザナイトのような深い青に透き通る一対の剣を見て、ミツキは息を呑んだ。

 おそらく、物凄く高価なのだろう。

 しかし、正直なところ、貰って困る類のプレゼントだとも感じていた。

 こんなもの、いったいどこに置けばよいのか。


「ただの宝石じゃないよぉ」


 ミツキの顔を覗き込み、ドロティアが悪戯っぽくほほ笑む。


「ええ、その、すごい工芸品ですね。職人もここまで宝石を研磨するのには途轍(とてつ)もなく手間がかかったでしょう」

「あぁん! そういう意味じゃなぁいのぉ!」


 何か的外れな回答をしてしまったらしく、ミツキの反応を見てドロティアがもどかし気に顔を歪める。

 戸惑っているミツキに、横からサルヴァが声を掛ける。


「ミツキ、これは王耀晶(ヴェリスティザイト)製の剣だ」

「なっ!?」

「そう! みっちぃへのプレゼントはぁ、王耀晶の剣、耀晶刀(ヴェリスサージュ)でしたぁ!」


 そこでようやく、ミツキはこの剣がとんでもない代物であることに気付く。

 小石程度の欠片でさえ小城が建つという物質でできた剣だ。

 どれほどの価値があるのかなど、想像もできない。


「い、いやいや、いただけませんよこんなもの!」


 完全に己には過ぎた代物だと考え、ミツキは相手の立場も忘れて突き返そうとする。

 持っていたところで換金できるわけでもない。

 それどころか、価値を知る人間から狙われ危険な目に遭うリスクさえあるだろう。


「遠慮するなよミツキ。それに、耀晶刀はただの装飾品じゃあないんだ。実用性を考慮した武器として作られたのさ」

「実用? これが? え、どういうこと?」

「そうだな、そこら辺の詳しい説明は博士に任せよう」


 サルヴァに話を振られ、台を押してきた女は、再び挙動不審な様子であわあわと慌てる。


「博士?」

「ああ、ミツキが会うのは二度目だったね。リズィ・モーヨン博士。カルティアからの亡命研究者の生き残りって言った方が早いか」

「あっ!」


 説明され、ミツキはようやく女のことを思い出す。

 この女こそ、ミツキらを召喚した集団の一味にして、サクヤとともに尋問したカルティアの学者だった。

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