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第二十節 『熱狂』

 サルヴァと入れ違うかたちで、ミツキは前へと進み出た。


『続いては軍の副将にして、特務兵長、特別軍事顧問も兼任されておられるミツキ様からのお言葉である。引き続き静聴するように』


 城壁下の兵士の視線がミツキに注がれる。

 募兵に応じて要塞に集結した民兵たちは、ミツキがこの施設の実質的なトップであることを何となく理解はしている。

 しかし、軍での肩書などについては謎が多く、正確な立場を理解している者は一部の士官に限られているのが現状だ。

 ただ、アタラティアから派遣されて来た領国兵によって、先のブシュロネアからの侵攻において、ミツキらが八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せ、敗色濃厚だった戦を大勝利に導いたという噂は要塞内の兵士たちに広がっていた。

 噂は噂だと鵜呑(うの)みにしない者もあるが、〝影邏隊(えいらたい)〟を組織し要塞内の秩序を問題なく維持する謎の青年に、民兵の多くは一目置いている。


 テオによる紹介の後も、ミツキはしばらく沈黙を続け、兵たちのざわめきが収まるのを待った。

 やがて要塞周囲を沈黙が支配すると、喉を押さえつつ、大きく息を吸って声を発した。


『先程、サルヴァ将軍よりティファニア軍敗戦の報を聴いた諸君らの様子を見て、正直なところオレは意外に思った。こいつらは、何をそんなに狼狽(うろた)えているのかとな』


 瞬間、民兵たちにどよめきが走り、短気な者たちから罵声が上がった。

 傭兵や冒険者たちは、皆一様にプライドが高い。

 国や法に縛られず、その身と命ひとつを賭けて生きてきたという自負があるからだ。

 ゆえに、「狼狽えている」というミツキの指摘を侮辱と受け取り憤慨するのは当然だと言えた。


『黙れ。小娘のようにいちいち(はしゃ)ぐんじゃない。いいか? 正規軍が敗れた以上、そんな相手と戦わなければならないということに対して恐怖を抱くのは当然だ。だがな、オレが諸君らの立場なら、むしろ喝采(かっさい)しているところだぞ。何故か? 正規軍が全滅したということは、即ちその正規軍の連中の座っていた椅子が空いたということに他ならないからだ。うだつの上がらない諸君らのような輩にようやく身を立てる機会が巡って来たというのに何ゆえ喜ばない?』


 城壁下の民兵たちのざわめきが増す。

 一瞬飛び交った怒号は鳴りを潜め、兵士たちは互いを窺い合うようにしながら囁き合っている。

 そんな様子を見下しながらミツキは続ける。


『この話を続ける前に、諸君らには、ひとつ言っておかなければならないことがある。オレには姓がない。この国の民は、奴隷制が廃止されて以降、身分にかかわらず姓を名乗ることが許されているのだろう? にもかかわらず、オレが姓を持たないのは、この国の外より連れて来られ、奴隷同然の扱いを受けていたからだ』


 ミツキの告白に、大地を埋め尽くした民兵たちから動揺の声が上がる。

 この国の奴隷制は王家の名において禁じられている。

 それを否定するということは、王家の権威を否定するに等しい。

 ミツキに苗字がないのは、単に考えていないからなのだが、そんなことは勿論この場では口にしない。


『オレと、境遇を同じくする三人の仲間は、呪いによって自らの命を盾に取られ、この国の戦奴(せんど)として戦うことを強制された。そうしてブシュロネアとの戦いのためアタラティアに派遣されたのは、既に諸君らの多くが聞き及んでいる通りだ。だが、オレたちは件の戦で文字通り一騎当千の働きをしてみせた。実際、ひとりひとりが単騎で三千ほどのブシュロネア兵の侵攻を退けているし、ブシュロネア軍に占拠された砦もほとんど四人だけで奪還している。勘違いしないでもらいたいが、オレは自慢話をしたいわけじゃない。そうして手柄を立てた結果、今、オレは諸君らをこうして見下ろしているという事実を知ってもらいたいだけだ』


 兵士たちのざわめきは収まりつつあった。

 傭兵や冒険者の多くは、熱のこもった視線をミツキに向けている。

 ミツキの言葉に偽りがなかったとすれば、それは彼らにとっての理想の未来を体現しているからだ。


『この戦は、ブシュロネアによるアタラティアへの侵略などとは比較にもならんほどの規模なのは間違いない。当然、手柄を立てれば恩賞は破格のものとなるだろう。そして、今のティファニアには国を守護する騎士の存在が圧倒的に足りていない。であるならば、諸君らが自らに国の守護者たり得る資質ありと示すことができたなら、当然のようにティファニアは諸君らを国の守護者として遇することだろう。この言葉が出まかせでないということは、オレ自身の身が証明している』


 兵士たちの間に再びどよめきが起こる。

 しかし、今度は、動揺よりも歓声に近い。

 もうひと押しだなと考えながらミツキは言葉を継ぐ。


『それだけではないぞ? この戦で相応の武功を上げた者には、金貨ばかりでなく土地を与えると、この軍の後ろ盾であるドロティア殿下はオレに約束してくださった。わかるか? 根無し草の諸君でも、活躍如何で領主にもなれるということだ』


 これは嘘ではない。

 実際にミツキが献策し、ドロティア、というか実質サルヴァの承認を受けたうえでの発言だ。

 ただし、与える土地というのは、領主もろともブリュゴーリュ軍に蹂躙された東方副王領の土地に限られる。

 即ち、ティファニアはフリーの傭兵や冒険者の中から、功を立てた優秀な軍人を、土地に腰を据えた武将として取り立てることができるわけだ。

 また、新領主に復興を丸投げできるという利点もある。

 今後の国土防衛を考えれば、正規軍の大多数と東方副王領の領国兵のほとんどを失ったティファニアにとって、この方策は大きな利になると予想できた。


 ミツキの言葉を聴いた傭兵や冒険者たちは、おおいに沸き上がった。

 根無し草の多いアウトローたちにとって、多くの場合、正規軍への登用や、領主となることはまさしく夢のまた夢だった。

 正規軍、特にティファニアの王領軍に採用されるためには、一般的には市民以上の身分が必須であり、限られた者以外には門戸が開かれていなかった。

 あるいは、領主となるのはさらに難しく、いくら金を稼ごうと土地の所有には国か副王領からの免状が必用であり、これを取得することからして容易ではなかった。

 ゆえに、当然、私兵たちのモチベーションは急激に上がった。

 また、成功者としての生き様の体現すると同時に、自ら王女に兵たちの報奨について言質をとったというミツキに対する民兵らの信頼は確固たるものになったと言えた。


『ブリュゴーリュ軍はティファニアから多くのものを奪った。だが、次に奪うのは諸君だ。ブリュゴーリュ兵をひとりでも多く血祭りにあげ、その手を赤く染めるが良い。見返りとして、我々は諸君らに地位と名誉と財産を約束しよう。無論、すべての者がその栄誉に浴することができるわけではないが、それは諸君らが今まで生きてきた道と何ら変わる所がなかろう? であれば諸君は、この好機にこそ自らの力を存分に示すべきだ。この一戦こそ、諸君らのつわものとしての総決算であると心得よ!』


 喝采を上げる眼下の兵士たちを見下ろし、こんなものかなとミツキは思う。

 反応は悪くない。

 しかし、せっかくなのでダメ押ししておくかとも思う。

 そのための仕込みも済ませてある。


『そのうえでなお不安に思う者は、我が軍の力を見るが良い! 全軍、左に傾注!』


 そう叫んで、掲げた右手の指を鳴らす。

 合図に反応したかのように、兵士たちから見て左の地平線で一瞬ネオンブルーの光が瞬いたかと思うと、次の瞬間には天を突くかのような竜巻が起こり、突風が兵士たちの身をも揺らした。

 呆気にとられた兵士たちは、僅かな間を置いて、それが魔法によって起こされた現象であることに思い至る。

 しかし、その威力は、遠目から見ても人の手で起こせるものでないのが一目瞭然だ。


『次、右に傾注!』


 再び左手の指を弾くと、今度は緋色の閃光の後に、遥か遠方に火山でも噴火したかと思う程の巨大な火柱が上がる。

 押し寄せる熱波に、兵士たちは手をかざして耐えている。


『今のは我が軍の特務兵であるトリヴィアとオメガによって放たれた魔法だ。ふたりはこの魔法を無詠唱で、しかも連続で使うことができる。わかるか? たとえ祝福持ちであろうとこの魔法の前では赤子と変わらん。これ程の軍神を擁する我が軍がブリュゴーリュ軍に敗れるなど諸君はあり得ると思うか?』


 城壁下の私兵たちは、皮膚を炙る熱波に高揚し、拳を突き上げ雄叫びを上げている。

 その様子を確認したミツキは身を翻すと、後方のサルヴァへと歩み寄った。


「上出来だったろ?」


 そう問うたミツキに、サルヴァは苦笑すると、短く返答した。


「やり過ぎ」


 その後、私兵たちの興奮はしばらくの間収まらず、テオが軍人服務規程の説明をするまでにかなりの時間を費やすこととなってしまったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] とはいえ、未だに死の呪いに縛られたままである、と。
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