序 ②
俺は夢を見る。
とても綺麗でとても切ない、同じ夢を。
いつ頃から見ているのかは、大体覚えている。
俺は十七歳の秋に一度、死にかけた。
所謂『臨死体験』というのをがっつり経験した。そこから現世?に戻ってきて、安定して暮らせるようになってからだ。
俺は夢の中で、何故か一本の木になっている。
辺り一面柔らかな草に覆われた、初夏らしい気候のさわやかな草原。
その中にある小高い丘の上に俺はいる。
俺は精一杯、腕……つまり枝を伸ばし、明るくてあたたかい、気持ちのいい陽の光を浴びる。
清々しい風が枝葉をゆさぶる。
俺は、あたたかい陽と清々しい風の中、幸せな気分でまどろむ。
ふとまどろみから覚め、少し離れたところに女の子がいるのに気付く。
茶色っぽい髪色で焦げ茶の瞳の、つんとした小さめの鼻に薄紅の小さな唇という、どことなくアンティークな西洋人形を思わせる可愛らしい少女だ。
彼女は何故か、とても寂しそうな顔をしていた。
目に涙をため、唇を噛みしめ、じりじりと後ずさりするのだ。
まるで、本当はこちらへ来たいのに、来てはいけないと思い詰めているように。
じり、じりと後ずさる彼女。
一歩一歩遠ざかる度に、彼女の姿が見えにくくなってゆく。
単に遠ざかるから……だけではない。
彼女の周りに黒い靄のような物がただよっていて、遠ざかる度にそのあやしげな靄が濃くなってゆくのだ。
(行くな!)
俺は叫ぶ。が、残念ながらその叫びは空気を震わせることはない。
木に、声帯はないのだから。
(行くな、行くな!)
俺は身をよじって追いかけようとする。が、叶わない。
木に、脚もなければそれを動かす筋肉もないのだから。
俺にとって『脚』として認識されている部分は、堅い大地に埋まり、土塊を握り込んで水を吸い上げる『根』だった。
俺は声にならない声で少女へ向かって叫ぶ。
そっちへ行くな、行くな。絶対君の為にならない、と。
だけど彼女は後ずさり続け……黒い靄の向こうに、消える。
口惜しさと己れの無力さに、俺は声にならない声で咆哮する。
いや、慟哭なのかもしれない。
目覚めた時、目尻に決まって涙が伝っているのだから。