11 月のはざかい③
「月のはざかい?何ですかそれ?」
遥の問いにるりは答える。
「月の鏡が作り出す、ある種の禁域です。私が取り仕切れる『場』というようなもの……でしょうね。私が最大限自分の『場』を広げれば、皆さんをはざかいの中へ入れることが可能だと思います」
「え?」
大楠が聞き直す。予想を超えているのだろう。
「月のはざかいには、人間もしくは人間の霊魂しか入れないのではなかったのでは?そう伝え聞いておりますが」
「基本はそうですが、必ずしもそうだとは言えないんです」
答えながら、るりも自分が不思議だった。何故こんなことを知っているのか、自分でもよくわからない。
というよりも、問われるまで意識していない。問われれば、自分のてのひらにあるしわをなぞるように、自ずと必要なものが見えてくる感じなのだ。
「小波は特殊な町で、小波全体が結木さんというひとりの人間であると仮定できます……あくまで霊的に、ですけど」
木霊たちは曖昧ながらも、るりの言うことはわからなくもないという顔になってうなずいた。
結木がオモトノミコト……要するに小波であることを、誰よりも彼らは承知している。
「結木さんをはざかいに招ければ小波全体……つまり、小波に属するあなた方も招くことが可能なのです」
「……なるほど」
うなるように大楠が言った。
「想像もつかない話でしたが……つまり小波でないと成立しない、特殊な状況ということなのですね?」
「ええ」
うなずき、るりは苦笑する。
まるで御剣と決着をつける為にすべてが整っていった、そんな気がする。
父の祈りがツクヨミノミコトを動かしてるりを生かし、『生きよ』の3文字がるりの心を動かして『結木草仁』とかすかに結び付け……、細い細い夢の通い路をたどり、るりと結木は夢で出会う。
さらに時間と経験を積み重ね、ふたりはとうとう現実で出会った。
膠着を抜け出し、新しい現実を生きる為に。
るりは大楠へ視線を向ける。
「小波は今、皆さん方が警戒網を敷いているとおっしゃっていましたね。その中でも野崎邸は元々が神域だった土地ですから、たとえ私が命じていなかったとしても、病んだ御剣とその眷属は動けません。私や結木さんが野崎邸に籠っていれば御剣たちは手出しが出来ませんし、我々が小波から出なければ、彼らも嫌がらせ以上のことは出来ませんからそれなりに暮らしてゆけるでしょう。でも現実問題として、そんな訳にはいきません。持久戦になれば、生身を持たない彼らの方が分があります」
ナンフウがふと目をすがめる。
「だから短期戦でカタつけてしまう訳やな。エエな、そういうの。オレはぐずぐずしてるのキライやし」
結木が口を開く。
「俺もぐずぐずしてるのはイヤやな、野崎さんちの居候で一生過ごす訳にいかんし仕事もあれこれ中途半端や。今は病気で休んでることになってるけど、ずうっと休んでたら当然クビになる。そうなったらおまんまの食い上げや。ちゃっちゃとカタつけて仕事に行かんと」
ナンフウがニヤッとして、デートも出来んしな、とまぜかえすと、結木はちょっと赤くなった。
「まあ、そういうこっちゃ。……取りあえず。明日一日で準備して、明後日の早朝に『おみず神事』の型に則って、神崎さんに『月のはざかい』を敷いてもらう予定です。はざかいの中へ御剣さんとホラーな仲間達をお呼びしますけど、ホラーなお仲間さんは基本、気の毒な人らです。手加減する必要はありませんけど、心を込めて相手して差し上げて下さい」
「お、おいおい、そーじんさんよ」
無意識で身を引くようにし、ナンフウは言う。
「お前さ、そのクソ丁寧な口調、かえって怖いぞ。敵対する組の出入りを迎え撃つ、インテリヤクザの若頭か?」
結木はキョトンとしたが、すぐに苦笑いして答えた。
「別にそんなつもりはなかったんやけど。まあでも、産土神の化身とか言うような胡散臭い男、ヤクザ以上におとろしいかもしれんな」
「やめんかい、冗談になってへんぞ」
目ェ据わっててマジでおとろしいワ、と、ナンフウがぼやくようにつぶやくと
「おとろしいんじゃありません、草仁さんは偉大なんです!」
と遥が言った。ナンフウがうんざりとしたように
「お前がナンか言うと話がズレてくるワ。取りあえず黙っとれ、遥」
こらえきれなくなったのか、大楠は笑い出した。




