8 作戦会議⑤
「神崎さん」
結木が心配そうに声をかけてきた。
「あの、体調が優れんようでしたら……」
「ああ、いえ。大丈夫です」
るりは座り直し、思い付いて白湯に手を伸ばす。
しばらく心配そうに瞳をゆらしていたが、結木も思い直したのか、居住まいを正した。
大楠もいつの間にか元の席に戻っている。
「話を戻します」
気持ちを落ち着けるように白湯を飲み干し、ひとつ息をついて結木は言った。
「今後の対策を考えたんですけど。ボクとしては、月の御剣というよりも神崎明生さんという人と、一遍キチッと話をするべきやないかと思うんです。傍目には狂った所業でしょうし、こっちとしても理解出来んのが本音です。けど彼には彼なりに行動の理由があるでしょう。ただ、ゾロゾロ子分を連れてる状態では落ち着いて彼とは話せませんよね?」
「おい、そーじん」
ややあきれたように、ナンフウがさえぎる。
「お前さあ、怨霊化した月の御剣と、話なんか出来ると思てんのか?」
結木は困ったように眉根を寄せた。
「身も蓋もない奴やな。……思てへん。少なくとも、簡単に話の通じるお方やない気はする」
「思てへんのやったら最初からそんな無茶言うなや。寝ぼけとるんか?」
完全にあきれた口調でそう言うナンフウへ、結木は苦笑いを向ける。
「別に寝ぼけとる訳やない。でも俺が他に出来ることあるか?」
静かにそう言われ、ナンフウは詰まる。
「この呪いからは逃げも隠れも出来へん。今のところは遠慮してはるけど、呪いそのものがなくなった訳やない。そやけど俺は、呪いをどうこう出来る力なんか無いし……もっと言うたら小波の木霊のみんな、大楠先生であっても怨霊化した月の御剣の呪いを弾き飛ばすんは無理や、違うか?」
ナンフウは黙ったまま結木を見ている。顔色が悪い。
否定しないところをみると、彼の言う通りなのだろう。
結木はもう一度息をつき、ナンフウ、と呼びかける。
「そもそも俺が『おもとの守のツカサ』なんて、十四やそこらのガキでも野崎さんが目上扱いする、大層な役に就いたんはなんでや?」
「は?エラいまた古い話やな。そりゃ、泉がお前を選んだからやん」
「ああ。せやけど、それだけでは正式に『ツカサ』とは認められん」
「そやな。『おみず神事』でアッチへ渡って、出来るだけオモトノミコトの近くで、出来るだけ長くにらめっこ出来やなアカン。にらめっこの結果、あのお方に『ツカサと認める』って言わさなアカン。オレは……かなり離れたところから、あのお方を見るんが精一杯やった。ここの部分は、オレとしたら文句なしに、お前はすごいと思う部分や。それ以外は間抜けな天然小僧やったけど」
結木は苦笑した。
「相変わらず一言多いな。まあ、そういうことや。俺は、神としか呼びようにないゴツイお方とも対峙出来てしまう、ヤケクソに近いクソ度胸だけはあるみたいや、ガキの頃から。多分、この世ならざる事態に対処出来る俺の唯一の力が、それなんやと思うねん」
「悪くないと思いますよ」
大楠が不意に言う。
「狂気に捉われた怨霊とはいえ、元は人間です。最終的には強引に浄化するしかないかもしれませんが、互いにわかり合える部分を模索するのは大事なことだと思います」
人と人との付き合いの基本ですね、と、大楠は笑みを含んだまま言い、真顔になった。
「我々としたら、草仁さんへふたつ、ご提案があります」
結木の、そちら側を見る目に真剣さが増した。
「ひとつ。我々で出来る限り、剣の眷属たちを浄化すること。祟り神たる剣本体はともかく、彼に使役されている眷属なら我々でもなんとかなりましょうから」
大楠はふと、彼の前に置かれたグラスに触れた。
触れた途端、グラスの水は半分ほど減っていた。
「眷属たちは剣に逆らえないだけで、剣に心酔して従っている訳ではない筈です。道を示してさえやれば、剣から離れる者は決して少なくないでしょう」
「そこで僕に、彼らの為に『子守歌』を演奏してやってくれと、大楠先生からお願いされたんです」
今までほとんどしゃべらずナンフウの隣に控えていた遥が、そう言った。緊張した面持ちで、彼はグラスに触れた。
グラスの水はほとんど空になっていた。
「草仁さんに近しい小波の木霊の内で、落葉樹は僕だけです。落葉樹はみんな、秋になると葉を落とす為の曲……みたいなもの演奏するんですけど。そういうのが種族ごとにあるんです。葉を落として眠りに就き、春の目覚めを待とうと自分や仲間へ呼びかける曲で、僕は、人間さんで言うフルートのような楽器で、それを演奏するんです」
ああ、と結木は懐かしそうな顔をした。
「高校時代、秋が深まってくると中庭の方から音楽っぽいものが聞こえてくるなあって思てたけど。アレ、遥くんの演奏やったんや。ドビュッシーの『月の光』みたいな旋律の……」
遥は赤面する。
「草仁さんにも聞こえていたんですか?お恥ずかしいです、あの頃は僕、今よりずっと下手だったんですけど」
「いやあ、しみじみしたエエ演奏やったで。眠気誘われるんが、授業中はちょっと難儀やったけど」
結木の言葉に、遥は嬉しそうに笑った。
「……子守歌、ですからね」
大楠が、後を引き取る形でこう続ける。
「子守歌であり、『死』は恐れたりおびえたりするものやない、という諭しでもあります。落葉樹の葉にとっては枝から落ちるということは死ぬということですし、枝や幹からしても葉を手放すのは恐ろしいものです、いくら本能でも。鳥の雛が巣立つ時、恐ろしい思いをするのに近いでしょうね、おそらく」
「オレら常緑樹は、葉を一気に手放すことはないからな」
ナンフウが言う。
「新しい葉と入れ替えるみたいに古い葉を落とすから、人間の髪の毛が自然に抜け替わるんに近いやろうな、多分。落葉樹はそういう意味では、けっこうハードな生き方してるねん。年に一回、小さく死んでるみたいなモンや。ある意味経験者やから、そういうヤツの言うことには説得力があるからな、剣の眷属の中にも耳を貸す奴はおると思うで」
そして、と言い、ナンフウはにやっとする。
「遥の子守歌聴いて眠る気にならん、気の荒れてるような連中は……いっそ、暴れさせてやったらかえってすっきりするやろう。オレが、相手になったる」




