8 作戦会議①
ふわふわとしたあたたかいものに包まれているなと、漠然と感じながらるりは寝返りを打った。
(ふわふわ……雲……)
寝ぼけながら胸でつぶやき、瞬く間に記憶が曖昧になった。
るりは両親に手を引かれて雲の上を歩いている。
目の高さから考えて、多分自分は今、小学生だ。
そっと両親の顔をうかがう。
父はとても厳しい顔をして前を見据えていた。
母は哀しそうにうつむいていたが、るりと目が合わなかった。
あえて目をそらせているのではなく、母にはるりが見えていないような印象を受ける。手を繋いでいるにもかかわらず、だ。
母のたたずまいや哀しい表情は、結木と木霊たちのたたずまいを思わせた。
存在を感じられるのにはっきりとは見えない心許なさが、こわばった母の表情に揺曳している。
言葉もなく、黙々と三人は歩き続ける。
何気なく足元へ目を落とす。
地面は白い。
もっと言うと、霧とか雲にしか思えないもやもやしたもので覆われている。
踏みしめているのかいないのか、ずっと歩いているのにはっきりしないという不思議な感触だった。
空を見上げる。
青い。
ひたすら青い空が視界一杯に広がっていた。
文字通り雲ひとつない。
見ていると吸い込まれそうな、眩暈がするほどの深い深い青だ。
不意に父が立ち止まった。
驚いて、るりと母も止まる。
父は握っていた手をほどくと、るりと母へ、後ろへ下がっているように手で示した。訳がわからないまま、るりと母は下がる。
「我は月夜見命の末裔に連なる月の鏡、神崎真言なり」
重々しい声で父は言う。
「真の言の葉を語り、言の葉を真にする者であれかしと名付けられし者なり。この神の庭にて、我が真名において命じる」
キィィン、とでもいうような耳鳴りがした。るりは思わず目を閉じ、顔をしかめてしまった。
「その本性明き者、明き方へと生命を伸ばす者であれかしと名付けられし者よ。姿を現せ」
耳鳴りは更にひどくなる。耐えられなくなり、思わずるりはしゃがみ込む。焦ったようにるりの名を呼ぶ母の声が、水の中で聞くようにゆがみながら聞こえてくる。
「我が真名において命じる。姿を現せ、神崎明生!」
無音で空気が弾けたような衝撃。
よろめいて尻もちをつき、るりはあわてて目を開けるとそちらを見た。
父の後姿が見える。
息を詰めた。
父は細身で、いつまで経っても学生のような雰囲気のある人だった。
子供の目から見ても、良く言えば若々しい、悪く言えば頼りない、そんな感じの人だった。
しかし、深い青の中で白の大地に真っ直ぐ立つ彼は、常より大きくたくましく見えた。
場の主、という言葉が何故か浮かぶ。
父は今、完全にこの場の主なのだ。
「神崎明生!当代の鏡が命じる、我が前へ疾く来よ!」
悲鳴じみた声が尾を引いて響き……空間から、兄が転がり出てきた。
「おにい、ちゃ……」
呼ぼうとしたるりの口を、母がふさぐような仕草をする。シー、静かに、と、彼女は鋭くささやいた。
『その本性明き者、明き方へと生命を伸ばす者』
母は父の言葉をくり返す。
「忘れないで、るり。それが明生の真名の意味。忘れないで」
忘れないで。忘れないで。
泣きそうなゆらぎのある声で、母は、何度もそう言った……。
「……神崎さん。神崎さん」
呼ぶ声は、父のものでも母のものでもないが、何故か懐かしい。
「神崎さん。大丈夫ですか?」
心配そうな声。るりは重いまぶたを何とかこじ開け、ぼやけた焦点を声の主へ向ける。漆黒の髪の、グレーのスウェットを着た人だった。
「うなされていましたよ。大丈夫ですか?」
そう問う人に答えず、るりは夢で聞いた父母の言葉をくり返す。
「『その本性明き者、明き方へと生命を伸ばす者』」
「は?え?何ですかそれ?」
ソフトフォーカスの視界の中、戸惑った声でそう言う人がいる。漆黒の髪をしたグレーのスウェットの人だ。
「すみません!」
るりは飛び起き、その人へ言う。
「書くものと、紙をお願いします!」




